第23話 隠しエリアと虫嫌い

「スミ……」


「やあ、奇遇だね。今日もアジト探しかな?」


「……ああ、まあね」


 実のところ、俺はスミが少し苦手だ。


 別に嫌いという訳ではない。一カ月前に、俺を奮起させてくれたのも彼女だし、お助けギルドを紹介してくれたのも彼女だ。


 現在彼女はトッププレイヤーとして、攻略ギルドに所属している。


 彼女にはとても感謝している。


 だが苦手な理由は何だろうか。自分でも良く分からない。


 ただ、彼女はどこか人の心を見透かす力があるように思える。完全に俺の偏見だが、それが苦手な理由なのかもしれない。


 うまく言葉にはできない。

 なんというか、こう、こちらは向こうのことをうまくつかめないのに、向こうはこちらのことを把握している、みたいな。


「スミはどこかに行くのか?」


「今はスカウト中。トッププレイヤーレベルの実力がある人を探してるんだ。テロ以降、実力者もだいぶ増えたからね。死活問題だし、当然と言っちゃ当然なんだけど」


 実力者が増えるのはいいことだ。PVPを主戦場にしていた人たちも、この非常事態になったことを受けて、最近はモンスターを狩っているらしい。


 PVPではレベルは上がらないため、彼らはテロ後にはかなり苦労しただろう。


 彼らも力になってくれれば、ボス戦も倒しやすくなることだろう。テロリストを皆殺しにしたところで、このゲームからは脱出できないのだ。


「ってことで攻略ギルドに入らない?」


「ギルドの勧誘は今日二回目だ。スミからは三回目。俺は攻略ギルドには入らないし入れないよ」


「ジョブがモンスター向きじゃないって話? 気にしないでいいって。足りないところはみんなで補い合う、それがギルドでしょ。それにキラ君のスキルは使いようによってはかなり強いから」


「……ごめん」


「……そ。まあ気にしないでいいよ。勧誘は今ので終わりにするからさ」


 テロが起きていなかったら、俺はきっとスミに誘われるままに攻略ギルドに入っていただろう。


 ゲーム好きの仲間たちと攻略法を探って、ボスを攻略する。それはきっと楽しいだろう。


 今だって、攻略ギルドに入ってしまえば楽かもしれない。


 でもそれはできない。俺を助けてくれた人は、ボスに殺された。そしてその殺された直接の原因はテロリストたちによるものだ。


 だから俺はテロリストたちを殺さなくてはならない。それが俺の命を救った人たちへの恩返しでもあり使命だ。


「それで? 今日はどこに行くの?」


「ああ、第六のフィールドを探索しようかと思ってるんだ。お助けギルドに作ってもらったこのマップ、隠しエリアへの行き方とかも書かれてるから試してみる。本当は統一された強力なギルドが、先導して情報を集めてくれるのがいいんだけど」


「攻略ギルドが完成したらそっち方面もやると思うよ。どう頑張ったって、テロリストあいつらとは絶対に戦うことになるし。町の治安維持なんかもね」


「それじゃ駄目なんだ」


 攻略ギルドは、これからゲーム攻略の要的存在になるだろう。


 そのメンバーが警告マーク持ちでは示しがつかない。だから攻略ギルドはきれいでなくてはいけない。


 だから駄目だ。他にギルドがいる。


 警告マークがついても、人目に付かないようなギルドが。表の舞台を支える裏方のギルドが必要なのだ。


 だがそんなものを設立する必要があっても、設立したい人間がいるはずもない。自分からこんな監獄のような世界で、さらに不自由な生活を望むものなどいるわけが無いのだ。


 するとスミはふっと笑うと、


「まあ、何となく理由は分かるけどね。あえてここでは言わないでおく。ただこれから君がすることを手伝わせてよ。おっと、遠慮しないで、友達でしょ?」


 その言葉には、NOとは言わせないという圧力があった。


 彼女の笑みも、心なしか圧力を感じる。


「……でも、危ないから止めた方が」


「だから、だよ。友達が危険な目に合うのを、みすみす見逃せない」


 彼女の発言には正当性があるのだが、なにか別の目的があるような気がする。


 ただ、彼女は以前好奇心が身を滅ぼしたと言っていた。だから俺も、好奇心だけで動くのはよそう。


 友達だから心配してくれている。これで十分だ。


「分かった。でも危険だと思ったらすぐに逃げる。これは徹底しよう」


「そうしよう。君の指示にはちゃんと従う」


 こうして俺たちは、お助けギルド特性マップを頼りに、フィールドを探索することにしたのだ。



「うーん、それらしきスイッチなんてないけどなあ」


 スミが困り顔で壁を叩く。


 今はボスのダンジョンがあった神殿の中に来ている。


 今の最前線は第七の町なので、かなり最近戦った舞台でもある。俺もサポートとして、少しだけ参加した。


 とはいえ現トッププレイヤーのボスとの戦闘にはついていけないので、あくまでサポートだ。アイテムを使ったり、回復ポーションを素早く届けたり。


 基本的にテロリスト関連のこと専門だが、関われそうならボス戦にも協力はする。


 神殿の中は埃っぽい砂が一杯で歩きづらい。


 マップには、この神殿のとある壁の一角がスイッチになっており、そこを押すと隠しエリアに行けるらしい。


 こんなのを見つけ出すなんて、世の中にはとんでもない人たちがいるものだ。


「スミ、モンスターの足音が聞こえる」


「うん。左後ろ、あと数秒」


 するとスミの言った通り、左後ろ側からモンスターが走ってきた。


 モンスターは大きな赤いクモが三匹。彼らの名を赤星蜘蛛レッドスタースパイダーという。


 名前が長いので、大体の日本人プレイヤーはアカグモと呼んでいる。


 奴らは全身が赤く、お尻に黒い星形のマークがあるのが特徴だ。素早く動き、毒を使ってくるので厄介だ。


 加えて見た目がキモイ。まあでかいクモだしな。俺は虫は得意な方ではないが、何とか戦うことができる。


 苦手な人は見ただけで絶叫するだろう……


「にぎゃあああああ!」


 スミが絶叫した。


 そういえばスミって虫が苦手だったっけ。


 スミは俺の方に走って来ると、すぐに俺の背中に隠れた。


「キラ君! 早くやっつけて!」


「え!? スミは戦わないの!?」


「一瞬いけるかもとか思ったけど、やっぱり無理!」


 スミは俺の背中をバシバシ叩く。いつもの飄飄としたイメージとは大違いだ。あのミステリアスな雰囲気はどこに行ったのだろうか。


 という訳で一人で殲滅することが決定した。


 いや、一人だとかなり厳しい。アカグモは防御力が高く、俺はクリティカルを出さないとなかなかダメージが与えられない。


 だから慎重に戦う必要があるのだが、それが三匹だ。一匹ずつクリティカルを狙って仕留めるのは、難易度が高すぎる。


 それに奴らに噛まれると毒状態になって、動きにくくなってしまう。


 仕方ない。苦手克服のチャンスだ、スミにも手伝ってもらおう。


「スミ! 戦わなくてもいいから、俺が少しでもダメージを受けたらすぐに回復ポーションを使ってくれ! あと解毒ポーションも!」


「りょ、了解!」


 ポーションには回復量が決められている。だからダメージを受けたらすぐに使うというのは、本来もったいない使い方なのだ。


 だが背に腹は代えられない。ダンジョンのボスはいなくなっても、普通のモンスターはいる。

 これから何度も戦闘を続ける可能性があるのだ。


 だからひん死の状態にはなりたくない。


「よし、行くぞ!」


 俺は地面を蹴り上げ、砂埃が舞った。


 正面にいるアカグモにナイフを向け、振りかざす。


 だがアカグモは思っていたよりも動きが速かった。ナイフの刃の部分を牙で防がれ、他のクモが迫ってきた。


 一旦引こうとした時、足が絡まって体勢を崩してしまった。地面にしりもちをついた後、すぐに体勢を整えなければならない。


 もう目の前にアカグモが迫ってきていた。


 壁を掴み、急いで体を起こそうとした時。


 ガコンッ


「ん?」


 壁の一部分が不自然にへこんだ。次の瞬間足場が崩れていき、大きな穴となったのだ。


「うわあああああ!?」


 俺は真っ暗な穴に吸い込まれるように落ちていった。


 あの突然の浮遊感と体が急に軽くなったような気持ち悪さを、一生忘れることは無いだろう。

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