第22話 壊れた覚悟と過去
「良かったのですか?」
とある狭い一室に、二人の男女のプレイヤーがいた。
「実力自体はそこそこある。敵を生け捕りにできるくらいだからな。ただ、……お前はゲーム初期からあいつと知り合いだったらしいな。なら気づいているだろ。あいつ、壊れてるぞ」
「それは……」
「目的が同じだから敵になっていないというだけだな。全く、心の不安定な奴は何をするか分からん。裏ギルドの連中に任せておけばいい。あそこは同じように不安定な奴が多い」
「それでも心配です。彼は、キラ君は確かに冷静に戦っているように見えますが、本当の彼はとても弱い。精神性はまともすぎるんです。一緒に命を賭けて戦ったからこそ、その弱さが分かります」
「ただ覚悟はできていた、だから危険なのだ。使い方次第で武器にも敵にもなる。そこでお前が適任だ。お前なら、警戒されずにキラに近づくことができる。奴が血迷った時、始末する仕事を忘れるな。これからも監視、頼んだぞ」
「そうですね。でも、そうならないようにします」
「それはそうだ。誰だって、殺さない選択肢があるならそれがいい」
スミとランドルフは、重い空気感の拭えない部屋の中にいた。
―――
俺は今、屋敷の地下に来ている。地下もかなり広く、部屋もたくさんある。
ランドルフに地下で待っていろと言われたのだが、どんな人物が来るかは伝えられていない。
向こうは俺のことが分かるのだろうか。
だが地下は部屋の数に反比例して人通りが少ない。
集会が終わった後の屋敷には、多くのプレイヤーが屋敷を行ったり来たりしていた。人自体は少なくないが、地下に来る人は少ないのだろう。
その時、後ろから突如肩を叩かれた。
俺は驚いた。一切足音が聞こえてこなかったからである。
振り返ると、そこにはくせ毛の黒髪の男が立っていた。
身長は少し高く、柔和な笑みを浮かべている。
「やあ、君がキラだネ。初めまして。僕はリュウだヨ」
「初めまして、キラです。ええと、ランドルフさんから話があったと思うんですけど……」
「うん、聞いているヨ。案内しよウ。ついて来テ」
彼は俺の前に来ると、そのまま歩き始めた。俺はそれに続いて歩いて行く。
彼はずっと笑顔を浮べていて、決して崩さなかった。
「聞いたヨ、君もう何人もテロリスト殺したんだっテ? すごいネ! 人を殺すのは相当覚悟がいるかラ、これは活躍が期待できるヨ」
「……いえ、そんなことないですよ」
このゲームには自動翻訳機能がついている。だが、男の話し方には違和感を覚えた。
方言なのだろうか。
するとリュウはすぐに俺の方を見て、
「あっ、気づいタ? 自動翻訳機能切ってるんダ。実は日本語勉強中でサ。日本に留学に行ったこともあるヨ! 美味しいご飯いっぱいあっタ」
なるほど。少し不自然に感じたのは、翻訳機能を使わずに話していたからだ。
俺は英語がすごく苦手なので、母語ではない言語を話せる人は素直に尊敬できる。
「日本語上手ですね。何年くらい勉強したんですか?」
「んー、三年、四年? はっきりどれくらい勉強したかは忘れちゃっタ」
たわいもない雑談をしていたが、突然リュウは立ち止まった。
俺の方を向くとリュウは言いにくそうに、
「聞きにくいんだけどサ。初めて殺したとき、どうだっタ?」
「……え?」
初めて殺したとき。
それは警告マークがついた時ではなく、人の命を奪った時という意味だろう。
だが俺はその時のことを思い出したくない。
あれは今でもずっと夢に出て来る。悪夢の材料の一つなのだ。そんなものわざわざ掘り返したくもない。
「ごめんネ。でも大切なことなんダ。」
―――
十一カ月前。第六の町。
テロ勃発から一か月後。
俺は個人でテロリストの情報を集めていた。
個人と言っても、完全に孤独な活動をしているわけでは無い。人との情報交換は大事だ。
一人で無理そうなところは、ギルドに依頼をして協力してもらったりしている。
情報はまだ全然集まっていないが、数人のテロリストが見つかったと、協力してもらっていたギルドメンバーから聞いた。
アジトなどの詳しい場所までは不明だが、そこを突き止めるのが気配を消せる俺の出番だ。
場所を突き止めるまでが仕事。それ以降は攻略ギルドなるものに任せよう。
最近、トッププレイヤーたちを集めて作っているギルドがある。ボス戦攻略を目的とし、彼らは攻略ギルドと呼ばれている。
旧トッププレイヤー(テロ勃発前)たちは、ほとんどがテロによって命を落としている。今のトッププレイヤーたちは、その後に実力をつけた人と言う事になる。
俺にも誘いが来たが断った。俺の暗殺者ジョブ的に、対モンスター戦には向かないからである。
この前の第四のボス戦で、それは嫌と言うほど叩きつけられた。あれはたまたまスミのスキルと噛みあい、時間稼ぎをしてくれた人たちがいてくれたから勝てた。
俺でなければ、もっとスムーズに勝てただろう。
まあそのことは一旦置いておこう。今は情報集めだ。暗殺者の仕事は基本地味で目立たない。
縁の下の力持ちというポジションがちょうどいい。
「おい! 待たせたな、ボク達特性☆情報モリモリマップが完成したぞ!」
「悪いな、助かるよ」
俺は目の前の、髪の長い少女から手書きのマップを受け取る。
彼女は俺が良く手伝ってもらっているギルドのリーダーで、一応トッププレイヤーレベルの実力者だ。
黒色の髪に、濃い紅色の瞳。名前はクロ。
ギルド名はお助けギルド。モットーは、「あなたの目的達成をちょっと楽に」だ。
その名の通り、要件を伝えるとそれに即した協力をしてくれる。
彼女たちは四人の少人数のギルドだが、評判はかなり良い。俺も一人では突破が厳しそうな場所は、良く手伝ってもらっている。
「ありがとな。報酬はギルドに振り込んでおくよ。じゃあね、また頼るかも」
「いつでも頼ってくれていいよ! なにせボクたち強いし! 今回ももっと頼ってくれていいのに」
彼女は自信満々だったが、やはり尾行や盗み聞きなどは人が少ない方がやりやすい。
決して彼女たちを信頼していないわけでは無い。
「ありがとう。またこんど、他のギルドのメンバーも誘って美味しいご飯を食べに行こう。NPCがやってるんだけど、安くてウマい店見つけたんだ」
「楽しみにしとく! ……というかさ、本気でうちのギルド入らない? 他のメンバーも賛成してるしさ。こんな世界だけどきっと楽しいよ! キラのその気配消せたりする能力、超便利だし!」
彼女たちからギルドの誘いを受けたのはこれで二回目だ。
一回目は、向こうもその場のノリ的な感じだったので、お茶を濁して、やんわり断った。
だが二回目ともなると、ちゃんと返事を返すのが礼儀だ。
「……ごめん、それはできない。どんな人にも向き不向きってのが、あると思うんだ。俺はたまたま暗殺者ジョブっていう、目立たない戦い方しかできないから、こんなことしかできない。でも君たちは違うだろ? 俺なんかより、もっと格好いい戦い方じゃないか」
するとクロは、断られたとは思えないいい表情で、
「へへ、照れるなあ。お前も超かっこ良いぞ! 気配の消し方もまた教えてくれ! 約束!」
「認識疎外の装備とコツさえつかめば、誰でもできるようになる。また教えるから、それまでに素早さのステータス上げといてくれ」
クロはぐっと親指を突き出した。
その表情は自信に満ち溢れていて、俺も彼女のそういった部分を見習いたいと思った。
彼女と別れて、門の近くまで来た。
クロからもらったマップを確認する。
一応最初からフロアマップのようなものは見ることができるが、現在地が見れるだけだ。
このようにたくさん情報が書かれてあるマップは貴重だ。
さて、今日も気を付けて日陰者に徹しよう。
いづれはただのアジトじゃなくて、幹部の場所も突き止めてやる。
俺は意気込んで門に触れようとする。だがその前に声を掛けられた。
「おーい。今から仕事? 働き者だねえ」
俺が振り返ると、そこにはスミが立っていた。
手を腰に当て、少しかがむような姿勢で俺を見ていた。
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