第21話 臆病

 扉が静かに叩かれる。


 この部屋の空気が死んでいなければ、ノックの音は聞こえなかっただろう。


 扉が開かれ、外から一人の男が中へ入って来る。


 金色の髪、鋭い目つき、青い瞳。ガタイの良いその男は、俺とテロリストの男を一瞥すると、すぐにスミの方に向き直った。


「話があると言われてきたが……お前の仲間はずいぶんと愉快なようだ。警告マーク持ちに素性を隠す者。真っ当な客人には見えないな」


「すみません。ですがまずは、こちらに敵意が無いことを知って頂きたいと思います」


 俺は立ち上がり、認識疎外のフードを取る。それと同時に俺のステータスウィンドウの情報が公開される。


 警告マークが表示された。


 だがその男は全く反応を示さない。まるで予想していたかのようだ。


「僕の名前はキラと言います。警告マーク持ちではありますが、決してテロリストの仲間という訳ではなく……」


「俺は攻略ギルドリーダー、ランドルフだ。御託はいい。要点をまとめて結論を言え」


 ランドルフは冷たく言い放った。


 この男は機械なのではないかと思うほどに淡々と話を進める。


「攻略ギルドは、トッププレイヤーたちによるギルド。目的はボスを倒しこのゲームを終わらせること。ですよね?」


「ああ」


「ですがこの世界の敵はコンピューターのボスだけではない。テロリスト、WARの連中もいる。この世界における奴らの目的は、僕たちプレイヤーをこの世界に足止めしておくこと。現実世界での侵略を円滑に進められるように。つまりこちら側への妨害自体が目的だと思われます」


「……それで?」


「攻略ギルドは言うなら、テロリストたちにとっては最大の敵であり妨害対象なんです。ですがご存じの通り警告マークと言う表示がある以上、むやみにこちらがテロリストを殺し過ぎると、区別がつかなくなる。だから攻略ギルドは警告マーク持ちを町に入れず、敵として始末する。確かに合理的ですが一つおかしい点がありますよね」


 するとランドルフは面白くなさそうに頭をかいた。


「おかしい点? それは誰がテロリストどもを始末しているかってことか? それとも目の前の警告マーク持ちを俺が殺さないのはなぜかと言う事か?」


 ずいぶんと皮肉のきいた回答だ。


 だが今ので確信した。スミの話でも信憑性はあったが、ギルドのリーダーであるランドルフが口にしたというのは大きい。


 あるのだ。表に立たたず、テロリストを始末することを目的とした、いわゆる「裏ギルド」が。


「あるんですよね? テロリストを始末するためのギルドが」


「ああ、ある」


 拍子抜けするほど、ランドルフはあっさりと言った。


「別に隠しているつもりは無い。テロリストと戦うことは、人と戦うということだ。当然警告マークという矛盾が生まれる。そこを考える人間ならば誰だってそう考え着く。まあ明るみに公表することはないがな」


「僕をそこに入れてくれませんか」


 俺は今日の一番の論題に入る。


 俺は今まで、暗殺者と言う個人戦向けのジョブに加え、情報集めという目的のために仲間と行動することは少なかった。


 もちろん、スミなどには何度か協力してもらったことはあるが、町の中でのことなどごくわずかだ。


 だが情報がそろい始め、いよいよ全面的に戦いが始まって来るというタイミングで、組織を持たずに個人でやっていくのは難易度が高い。


「……キラと言ったか。ついて来い、二人で話そう」


 するとランドルフは部屋の扉を開けた。


 どうやらディープな会話をしてくれるらしい。


「いいんですか? 僕は警告マーク持ちですよ」


 するとその時、初めてランドルフの表情が変わった。少しだけ口角を上げたように見える。


「どうせ町の中だ。それにお前を殺そうと思えばいつだって殺せる」


 スミは心配そうに見つめていたが、俺はランドルフについて行くことにする。


 テロリストの男はうつむいたまま動かない。こいつはスミに任せておくとしよう。


 俺はランドルフの後ろについて行った。



 ランドルフに連れられてきたのは、屋敷の奥にある小さな部屋だった。さっきいた部屋よりも一回り小さい。


 部屋の中は閑散としていて、物がほとんどなかった。


 机の椅子にお互いが向き合うように座る。


「さて、続きを話そう」


 ランドルフは落ち着いていた。


「俺たちは裏ギルド、と呼んでいる。この意味が分かるな」


「はい」


 裏ギルドの名称はそのままなのか。まあ分かりやすくていいのだろう。


「裏ギルドは確かに存在する。テロリストを始末する集団、もちろん全員が警告マーク持ちだ。だがな……」


 彼は少しためて、一段階声のトーンを落とした。


「警告マーク持ちが誰でも入ることができると思うなよ。裏ギルドといっても信用に値する人物しかいない。お前のように怪しい人物が入る隙など無い」


 当然そうなるよな。


 俺だってすぐに認めてもらえるなんて思ってない。だがこれはチャンスだ。


 俺は丸腰で来たわけでは無い。対価がある。それをエサにして交渉する。


 最低でも、攻略ギルドに俺の存在を認めさせる。今までのように自由に町に入ったりすることはできないだろうが、突然襲い掛かられるようなことは防いでおく。


「分かりました。なら取引しませんか? こちらも何も持たずに来たわけではありません」


「……話だけは聞いてやろう」


 俺はアイテムウィンドウから、一つの手帳を取り出した。


 その手帳は、一年間俺がテロリストに関して集めた情報が記されてある。


「これは一年間、僕がテロリストに関して集めてきた情報です」


 だがランドルフはそれを一瞥すると、ため息をついた。


「そんなもの、信用できないな。お前がテロリストではないとどうして言い切れる? その手帳の情報が間違っていないとどうして言い切れる? お前を仲間に引き込むことが有用だと、どうすれば判断できる?」


 確かにその通りだ。彼の言っていることは何一つ間違っていない。すべて正しい。だが


 俺には、失敗を恐れてリスクを取らない、安定的な方法をとろうとしているだけに見える。


 確かに安定した方法というのは大事だ。それが人の命を預かっているならなおさら。


 だがここはもう敵が多すぎる。何があってもおかしくない世界だ。いつまでも安定させたままではいられない。


 一つのミスでいのちが消える。これも事実だ。だから彼は慎重にならざるを得ない。


 だからチャンスだ。彼は平常を装っているように見えるが、実際にはかなり思考を凝らしているだろう。


「もう一人いた警告マーク持ち。彼はテロリストです。情報源になると思い、僕が生け捕りにしました。その際、やむを得ず他のテロリストを殺してしまい、警告マークがつきました。それがテロリストの敵、という証明になると思います」


 するとランドルフは背もたれに大きくもたれかかり、何かを考えているポーズをした。


 しばらくの間そのままの姿勢だったが、ぽつりと口を開いた。


「……お前は何が望みだ」


「テロリストを全員殺して生きて元の世界に帰りたいです」


 するとランドルフは、仏頂面を崩し、大きな声で笑いはじめた。


 俺は急に笑い始めたランドルフに意味が分からず、戸惑いが隠せない。


 恐らく俺の表情も、鏡で見れば不自然な顔になっているはずだ。


「ククク、違う。俺たちに何をして欲しいかだ」


 あ、そういうことか。


 てっきり俺の目標を話すのかと思っていた。恥ずかしい。


「裏ギルドに所属させてください。それができないなら、俺のことは攻撃せずに放っておいてもらえると助かります」


 二択。

 これは相手に選択させる際、とても効果的な問いかけ方法だ。


 一つは自分の高望みを、もう一つは自分の最低限の要求を入れる。そうすることで、相手は譲歩して最低限の要件を飲むことが多い。


 何も示さない提案より、選択肢を作った方が自分の要求を飲ませやすいのだ。


 俺は攻略ギルドと敵対することは避けたい。むしろそれが今回、大きな議題となっている。だが、彼は意外なことを言った。


「お前が連れてきたテロリストは、確かに情報源としては貴重だ。少なくとも、このゲームの世界で生死をかけて戦えば、生け捕りにするのはかなり難しいからな。まあ奴が情報源として機能するのかは、この際置いておこう」


 俺はゴクリと生唾を飲み込む。


「俺には分からん。俺の選択で大勢の人間が生き延びた。だが俺の選択は大勢の人間を殺した。俺は攻略ギルドのリーダーではあるが、裏ギルドのリーダーではない。そいつに判断をゆだねるとしよう。俺を決断の出来ない臆病者だと笑ってくれてもいい」


 彼は先ほどとは一転して、弱弱しい表情を見せた。その顔は、何人もの仲間の死を見てきた人間の顔だ。


 人の死は人を強くする。ただし心理的には深いダメージを負う。


 ランドルフは自分のことを臆病者だと言った。


 俺だってそうだ。俺はランドルフ以上の臆病者だ。だから彼の本心が、今少しだけ見えた気がした。


「笑いませんよ。僕も、選択するのが怖い臆病者ですから」


 するとランドルフは立ち上がると、俺の目を見た。


 青い瞳が、俺の心の奥底を覗き込んでいるような気がした。


「お前が俺たちの敵でないことを、強く願っている」

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