第19話 再会は警戒心と共に

 斧の男が死に、短剣の男がひるむ。その瞬間に距離を詰め、短剣をいなしつつ、何度もナイフを体に突き刺した。


 HPを完全に削り取るまで。


 もちろん短剣の男も抵抗をした。俺も何度か攻撃を受け、HPはその都度削られていった。


 だが速さ勝負では相手にならない。相手が俺のHPを削り切るまでに、俺が相手のHPを削り取る方が早い。時間の問題だ。


「命だけは、た、助けてくれ! まだ死にたくない!」


 短剣の男は俺を殺すことを諦め、短剣を落として手を上げた。どうやら降参するつもりらしい。


「団長の居場所とかは知らねえけど、他のアジトの場所とかなら教えられる。だから、な? 頼むよ」


「……」


 さて、どうしようか。


 生け捕りにすることは半ば諦めていたが、向こう側から降参してくれるのならありがたい。情報も手に入れることができそうだ。


 ただ、情報に確実性が欲しい。自分の命恋しさで、仲間を売ろうとしているような奴だぞ? 


 そんな奴の情報の信憑性は低い。


 かと言って、貴重な情報源を捨ててしまうのももったいない。何か上手な活用方法が無いだろうか。


「……あ、良いこと思いついた。仕方ないからまだ殺さないで置いてやる。ただ妙な動きをすれば容赦なく殺す」


 一つのミスが命取り。何度も経験してきたことだ。


 俺はウィンドウを開き、フレンドリストに登録されている人物にメッセージを送った。


 その人物が協力してくれれば、この状況を良いものにできるかもしれない。


 なにせ今の俺は、一人で町に戻ることはできない。傍から見れば追い詰められている状況ではある。


 するとすぐにメッセージが届いた。


 どうやらすぐにこの辺りまで来てくれるらしい。ただ、迷いの森で迷ってしまうと厄介なので、ここから出ることにする。


 その方が見つけやすくていいだろう。


「迷いの森から出る。一切武器は持つなよ。アイテムもだ」


「……分かってる」


 俺たち二人は、迷いの森から出るべく歩き始めた。


―――


 攻略ギルド本部。一番広い第一の町の、一角にある屋敷にそれは存在する。


 第一の町は、広くたくさんの人たちがいるので、情報を集めるにも便利だ。加えて、誰でも必ず一度は通る町なので、気軽に訪れやすい場所でもある。


 建物は、購入しなければただのオブジェクト。だが、資金をためて購入すると、財産として手に入れることができるのだ。


 そこで週に一回、トッププレイヤーたちによる会議が行われる。議題はもちろん、どうやって次のボスを倒せるか。ひいては、どのようにしてこのゲームを終わらせられるかだ。


 ボスだけではなく、テロリストたちによる妨害も視野に入れなくてはならない。


 そんな難しい会議の中に、彼女はいた。

 短い水色の髪に、猫のようなくりっとした目。プレイヤーネームはスミ。


 スミは少し眠そうな表情をしていたが、メッセージが届いたので確認する。


 メッセージを確認すると、彼女は眠気が吹き飛び、突然立ち上がった。


 周りにいた会議の参加者も、その突然の奇行に驚き、全員が彼女の方を見た。


「すみません、急用ができたので抜けます!」


 すると一番奥にいた、金髪の目つきの鋭い男が口を開いた。


「それはこの会議よりも大事なことなのか?」


「はい、大事です」


 スミは即答した。


 すると金髪の男は、特に表情を変えることもせずに「分かった」、と一言だけ声を発した。


 スミはその言葉を聞くと瞬時に部屋から飛び出し、屋敷の中を爆走した。向かう場所はスポーン地点。そこから第二十の町へ向かう。


 スポーン地点は各町に一つしかないので、いつも少数とはいえ人が並んでいる。今日も例にもれず人が並んでいた。


 スミは列に並ぶが、しきりに足踏みをして落ち着かない様子であった。


 列は着々と進んでいき、スミの番になると、彼女はスポーン地点に飛び込んだ。


 メッセージの送り主は、キラと言う人物。一年前に共闘し、それからも何度か会って、情報交換などは行った。


 普段なら約束を取り付けて会うことが多いのだが、今回は別であった。なぜなら彼の指定した場所はであったし、来てくれとも書かれてあった。


 彼が急ぎの用をメッセージで送って来るのは初である。それに、町の中ではなく外と言うのが、スミには引っかかっていた。


 第二十の町に降り立つと、彼女は町の門まで走った。

 門を触れる工程も、乱雑に体当たりするかのように触れた。


 彼女は外に出るのと同時に、槍と認識疎外のフードを装備する。キラに会う前にモンスターにやられてしまっては話にならない。


 慎重に急ぐ。


「やれやれまったく、突然呼び出したかと思えば用事も書かないなんて。女の子に心配かけさせるとは、キラ君もまだまだだね」


 所々モンスターも現れたが、できる限り無視して進む。目的の場所は町からかなり離れている。


 しばらく進むと、森が見え始めた。


 目的の場所は森のあたりだが、あの森は人を惑わせる。実際にスミは入ったことは無いものの、そのこと自体は知っていた。


 だから、スミは焦っていた。もしかしたら、キラは森で迷ってしまったのではないかと。


 人は土地感覚がつかめない場所では、十分に力を発揮することができない。


 もしキラが森で迷ってしまい、モンスターたちと戦っているなら消耗戦になる。モンスターたちに対して消耗戦は、かなり不利だ。


 早く助けに行かなければ手遅れになるかもしれない。


 そんな思いが、スミの足をせかす。


 だが、スミが森に着くと同時に、誰かが森から歩いてきた。それも一人ではない。二人いる。


 テロリストの連中かもしれない。


 スミは槍を構え、そばにある木で気配を消す。いつでも戦える準備をする。


 だが、その人影は徐々に知っているものへと変化していった。灰色の髪にボロいマント。


 その姿はキラそのものだった。だが彼の前に歩いている男は知らない人物だった。何があったのかは分からないが、ひどくおびえているように見える。


 ともかく、自分の目的の人であると分かると、スミは肩の力が抜けた。


「良かった、無事だったんだ……」


 だが、スミに衝撃が走った。


 直後、スミは後ろへ一歩後ずさり、槍を構えなおした。


 なぜなら、警告マークが見えたからだ。


 一つは見知らぬ男から。もう一つはキラに表示されていた。


「……やあ、久しぶりだな。スミ」


「……そうだね、久しぶりキラ。久しぶりに見たら物騒なものつけてるじゃん」


「……」


 キラの表情は、スミからは良く見えない。


「その前にいる男は何? おびえてるみたいだけど」


「テロリストの仲間だ。生け捕りにした。もしかしたらこいつから情報を引き出せるかもしれない」


 見れば、テロリストの男のHPはほとんどなかった。


「やけに俺を警戒するんだな。やっぱり警告マークこれは不便だ」


 キラであることは間違いないはずだ。


 姿形を偽装することはできても、ウィンドウの情報まで偽装することはできない。

 だから偽物である可能性はほとんどない。


「ちょっと話がしたい。この辺りはモンスターが出るから、ちょっと歩こう」


 あたりを見渡せば、ちょこちょこモンスターがいた。


 だが襲ってくる気配はない。自分より数段階レベルの高い相手は、自分から襲わないように設定されている。らしい。


 というのも、モンスターによっては例外が多数あり、あまりこの設定は信用ならない。こちらが数で不利になったら、弱いモンスターでも脅威になる。


 弱いモンスターは数で勝負してくる。だから、一体一体のレベルはあまり関係ないのかもしれない。


 だからモンスターに囲まれる前にその場を離れるというのは、賢明な判断だ。


「分かった」


 不気味な緊張感の中、三人は森を後にした。

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