第18話 犯罪者同士

 あと少し、こっちにこい。そうだ、いいぞ、よし……。


 短剣の男がこちらに歩いて来ている。焦る必要はない。じっと待つんだ、一撃で仕留められる距離に来るまで。


 自然とナイフを強く握りしめていた。人の命を奪うナイフは、俺にとってはお守りのようなものだ。


 短剣の男が射程圏内に入った。あとは奴の視線をかいくぐるだけ。できれば、全く別の方を見てくれたら助かるな。


 そっと移動し、奴の進行方向とは逆の方向に移動する。つまり背面を取る。


 気づかれないように近づき、ナイフを振る。しかし、


 ガギンッ!


 甲高い衝突音が響いた。


 背面から首を一突きしようと思っていたが、後ろも見ずに短剣で防がれてしまった。


「ハッ、そりゃあ弱点狙ってくるよなあ! お見通しだぜマヌケめ」


「チッ」


 いったん離れ、再び隠れようとする。だが、後ろの方からも気配がした。


「逃がさねえよ」


「……」


 いつの間にか、俺の後ろに斧の男が立っていた。


 これで俺は短剣の男と斧の男に挟まれる形となってしまった。結構不利な状況である。


 素早さならここの二人に負けない自信はあるが、挟まれてしまうとさすがにキツイ。


 だから、生け捕りにするのはあきらめるしかないかな。


「うらあッ!」


 斧の男が斧を振りかぶる。短剣の男も距離を詰めてくる。


 俺は短剣をナイフでいなし、斧を横へステップを踏んで回避する。だが反撃の隙が無い。


 避けても次の攻撃が俺に迫りくる。このまま避け続けていてもジリ貧だ。


 なんとかして逆転の一手を……


 その時、突如大きな衝撃が体に走った。


「うぐッ!?」


 武器での攻撃は防いだものの、身体での攻撃は回避できなかった。斧の男の蹴りが、俺の腹あたりに直撃した。


 痛みは無いとはいえ、衝撃はもろに受ける。一瞬、意識が混濁した。


 HPが減っていく。


 マズい、このままだとやられる!


 なんとか足で地面を蹴り、転がりながらもなんとか体勢を立て直す。


 仕方ない、一か八かだ。


「なんだ? お前、何の真似だ?」


 俺はナイフを持っている右手を上げて、棒立ちになる。ぱっと見、小学生が信号を渡るときのポーズにも見えるだろう。


 あきらめたかのような恰好を取る。


 が、もちろん完全にあきらめたわけでは無い。先ほどのシビレダケの毒をこっそりと左手に取る。


「やめだ、やめ。俺の負けだ。二対一で勝てねえのは分かりきってる。降参するよ」


 すると二人は困惑の顔を見せた。


 まあいきなり襲撃してきたやつが、急に投降したら困惑するのも無理はない。


「ああ? お前、そもそも誰なんだ? なんでジェッツをやった?」


 ジェッツ? ああ、最初に俺が扉の所で殺したやつか。


「みんなを守るため、とかでいいか? 大体この世界にいる奴、お前ら以外は全員WARのことひたすら憎んでる。お前らなんて死んで当然ってことだ」


 さあどう出るか。激昂して俺に飛びついてくるか。そうなったらまだ、少しだけ希望はある。


 だが、二人の反応は俺の予想のつかないものだった。


「おいおい、俺たちには恵まれない人間を救うために戦ってるんだよ。いつまでたっても誰も解決する気もねえ、貧困とか差別とか。全世界の恵まれてる人間や国だけを効率よく落とす。団長のその素晴らしい考えに賛同しただけだ」


「そうだ、俺たちは弱いものの味方だ。考えなしで正義ごっこしてるテメエらとはわけが違う。それにもうお前も人を殺してる。その警告マークが何よりの証だ。お前も人殺しのテロリストだよ、キラ」


 俺も同じ人殺し。確かにそうだ、それは間違っていない。人を殺したのは事実だし、そこに弁解の余地はない。


 だが奴らは死ぬべきでない人たちを大勢殺した。それはたとえどんな理由があろうと、決して許されない行為だ。そんなことを平気で起こすこいつらは害獣だ。俺はそれを駆除したに過ぎない。


 それに面白いことを言っていたな。


 世界の恵まれない人たちを救う? 馬鹿言うな。お前たちの団長は確かに高尚な考えの人間なのかもしれないが、お前らはただ暴れたいだけだろう?


 その汚ねえ濁った瞳が全てを物語っている。


 だが、このテロ事件で被害が大きいのは、先進国や富裕者が多いのも確かだろう。VRMMOのマシンも安価ではない。それにこんな娯楽にお金を使えるのは、お金を持っている人だけ。


 つまり先進国や富裕者に絞られるという訳だ。


 だから奴らの主張も根っからすべて嘘だということは無いはずだ。


 それでも俺は奴らを許す気など毛頭ない。


 可能な限り地獄に送ってやる。たとえ俺が死んでも、俺には託された命の重みがある。使命を果たさなくてはならない。


「……実りのない会話だった。でもいい暇つぶしにはなった、丁度時間も稼げたしな」


 俺は右手を下ろし、ナイフを構える。


 すると同時に奴らもこちらに向かってきた。早い。完全によけきるのはあきらめよう。


 まず斧の攻撃を回避する。斧は攻撃力が高いため、一撃で致命傷になりうる。


 短剣の攻撃、これは完全にはいなせないな。受けるしかない。


 体をひねり、受けるダメージを最小限に抑える。短剣が左肩のあたりを切り裂き、俺のHPが削り取られる。


 その体をひねった勢いで、右手に持っているナイフを振る。


 だが短剣の男はそれをいなす。


 短剣の男は素早い動きで、射程範囲に近づいてきた。


 だが俺は即座にに持っていた小型ナイフを、短剣の男の右足に突き刺した。


「ハッ、そんなちっせえナイフでダメージが入るかよ!」


 その言葉通り、短剣の男のHPはほとんど減っていない。


 男は一歩を踏み出し、短剣を振るい、俺を切り裂く……ことはなかった。


 男は一歩を踏み込んだ瞬間、ぐらりと大きく揺れて地面に倒れた。


「何だ、体が、動かねえ!?」


 俺が突きさしたのは、シビレダケの毒が塗ってある小さなナイフだ。もちろん、直接体内に取り込ませたわけでは無いため、効果時間は短いだろう。


 だがこれで一人は潰した。


 あとは動きの遅い斧の男だけ。毒の効果時間が切れる前に、奴を仕留める。


「変なもん使いやがって。卑怯だぞっ!」


 斧の男が叫ぶ。


 卑怯ね。別に真っ向勝負だけが正しいとは思わない。それに俺も、こいつらも犯罪者だ。卑怯上等、目的の為なら手段を選ばない。


 俺は毒の塗った小ナイフを、短剣の男に投げた。それを動けない短剣の男に代わって、斧の男が防ぐ。


 やっぱり、守る者がある人は弱いな。元から遅いのに、余計に隙だらけだ。


「ウグッ」


 ナイフを斧の男の腹部に突き刺す。もちろん彼はそれを振り払おうとしたが、もう既に懐に入り込まれている。時すでに遅しってことだ。


 斧の攻撃をよけ、何度もナイフを刺し続ける。避けて刺す、避けて刺すの繰り返し。


 斧の男のHPが四分の一を切った時、短剣の男が立ち上がった。


 再び二対一に逆戻り。だが斧の男はもう虫の息。一対一なら短剣の男も怖くない。


 狙うべきは斧の男を仕留めること。そして一対一に持ち込む。


 その時、斧の男はアイテムウィンドウから回復ポーションを取り出した。だが使わせない。


「バスター・キル」


 次の瞬間、斧の男の首が宙を舞った。

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