第17話 効率的な罠
あれからそこそこ歩き、森の中を歩いていた。
このゲームは、町によってフィールドが変化する。森の中や、火山だったり、海だったりする。
この二十の町は、岩のフィールドだ。至る所に、大きな岩がゴロゴロ転がっている。だが一部の区画に、そこまで大きくない森がある。地面は土と言うより、砂利のようなもので埋め尽くされてある。
それでも木はたくさん生えているので、不思議な光景だ。
じゃりじゃりと音を鳴らしながら歩く。気配は消せても、どうしても足音はなってしまう。もちろん極力鳴らさないようにはしているが、ゼロにはできない。
もし気づかれた場合には、速攻で対処する必要がある。大人数に気付かれた場合は、何とかして町まで逃げる必要がある。
ただ逃げてしまうと、アジト探しがまた振出しに戻ってしまう。再び見つけ出せる保証はないため、できるだけ逃がしたくはない。
「……ん?」
よく見れば、周りは同じような風景が広がっていて、方向感覚が鈍っていた。俺はまっすぐに歩いていたつもりだが、同じところをぐるぐると回っていたのかもしれない。
マップ機能を見てみても、薄暗くぼんやり表示されているだけであてにならない。
普通ならパニックになり、恐怖する場面だ。方向がつかめなくなり、いつモンスターに襲われるか分からない。持っているアイテムが尽きれば絶体絶命、気を抜けば死ぬ。そんな場所だ。
だがこれはチャンスだ。WARの連中が、真っ当な場所にアジトを構えるとは思えない。人が勝手に迷ってくれる場所なんて、奴らからすればうってつけな場所のはずだ。
すると、ぽつんと立っている木製の小屋が見えた。
前にこの辺りを見に来た時はなかったはずだ。とはいえ地図が機能不全になっているので、確証はない。
俺は足音をできる限り鳴らさないように、小屋に近づいて行く。
扉の前まで歩いてきたが、ここで堂々と開けるようなことはしない。まあ当たり前だよな。開けたら袋の鼠にされて、フルボッコにされたなんて、ダサすぎて誰にも言えない。
俺は窓の下にかがんで聞き耳を立てた。壁に耳を押し当てるとわずかに中の声が聞こえた。
だが薄っすら声が聞こえるだけで、はっきりと聞こえるわけでは無い。
「よく聞こえないな……」
情報を盗み聞くことに失敗したなら、次にやることは一つ。
そう、いかに楽に殺れるかだ。
死力を尽くしてギリギリ、みたいなのは最終手段。どうしようもない時にだけ、がむしゃらに戦うことが許される。
殺し合いに無駄は命取りとなる。
取り返しのつかないミスは、絶対に避けなければならない。
というわけで、人数を把握しよう。声が聞こえると言う事は、多人数であることが分かる。通話機能の可能性もあるが、声の方向がばらばらだ。
通話機能では音声が出る場所は、自分のウィンドウのみ。つまり、もし通話機能なら、音声が聞こえる場所は一つだけになる。
声は多方向。つまり三人以上。
一人は情報を吐かせるため、できるだけ生け捕りにしたい。二人を殺し、一人を捕縛。なかなか難しい難易度だ。
それに、ここはどうやらWARの本部という訳ではないようだ。下っ端の隠れ家的な場所なのだろう。
……よし、行くか。
警告マークを気にするのはもう終わりだ。裏ギルドの情報も得ている。
俺は自分のウィンドウを見て、装備に不備がないかを確認する。大丈夫、不備はない。
立ち上がり、扉をたたく。すると少しだけ洩れていた声が、一斉に静まり返る。
しばらくの間そのままだったが、少しすると中から足音が聞こえた。
テロリストどもは、扉を開けることはしなかったが、代わりに一つだけ質問をした。
「コップの水は誰の為に?」
奴らがお互いを判別するための暗号なのだろう。しまったな、さっきの奴に暗号を聞いとくべきだったな。まあ暗号があるなんて今知ったが。
……待てよ。俺は攻略ギルドに参加はしていないが、交流自体はしている。情報交換は、生き残るための基礎中の基礎だからな。
攻略ギルドの連中は、基本的にダンジョン攻略が仕事だ。だがその道中で、テロリストの連中とも対峙しているらしい。
WARの奴らのゲーム世界における目標は、このゲームをクリアさせないことだ。足止めをして、現実世界に人が戻らないようにしている。
ならばその宿敵ともいえる攻略ギルドを妨害するのは理に適っている。
そんな攻略ギルドの連中に、俺はWARのアジトを探していることを伝えている。
情報交換の時、あいつらは俺に大事な暗号のことを伝え忘れるか?
もちろん知らなかった可能性もあるが、どうも引っかかる。
「……俺たちに」
コップの水は俺たちに。
意味の分からない文章だが、おそらくこの暗号は意味のあるものでは無く、即座に対応して何か言えるか、と言うものだろう。
たぶん、きっと、恐らく、そうに違いないはず。
すると扉がゆっくりと開かれた。
さあ、また覚悟を決める時だ。俺は今から、直接自分の手で人を殺す。
大丈夫。俺ならやれる。深呼吸だ、心を落ち着かせろ。
奥歯を噛み締める。
生き残るためだ、躊躇しない。
俺は開けてくれた人の顔を見る前に、
「レッド・ナイフ」
相手の首筋にナイフを突き刺した。
「うえ? ああっ」
何が起きたか理解できない、と言った顔だ。目の前の男は、目を見開き、口を大きく開けたところで、HPがゼロになりその場に倒れた。
これで俺も晴れて犯罪者プレイヤーの仲間入りだ。
警告マークが、俺のウィンドウに表示される。
すると部屋の中にいた二人の男たちは、一斉に武器を装備した。
「誰だっ!」
一人は斧、一人は短剣か。
特技を活かした速さ勝負なら、相手は遅い相手の方がやりやすい。
斧を持ってる奴を生け捕りにしよう。
先に短剣の男を始末し、その後に斧の男を戦闘不能状態にする。そうしよう。
だが小屋の中だと身動きがしにくい。動きが鈍い状態だと、斧の男に対処できない。力ではどうしても敵わないからな。
という訳で、すぐさま小屋の扉を閉めて外に出る。
すると当然、男たちも俺を追って外に出て来る。
自分の有利な戦場で戦う。これがどれだけ重要なことか。
外は決して開けた場所とは言えなかったが、俺にとっては都合がいい。木などの障害物がある方が、姿を隠しながら弱点を狙うことができる。
暗殺者ジョブは、素で戦ってもあまり強くない。とにかく工夫を凝らして動かなくてはならない。
正面に二人。一対二は少々不利だ、攻撃を仕掛けるのは二人を引き離してからにしよう。
さっきの道に迷ってしまう森、迷いの森と名付けよう。俺はそこに入り、大きめの樹木に隠れる。
だが決して逃げているわけでは無い。迷いの森は、視界が良くない。そのうえ樹木がたくさん生えている。
一度隠れてしまえば見つけるのは難しくなる。
「あいつどこ行った!?」
「絶対に逃がすなよ!」
俺探しが始まる。すると少しづつ奴らの距離は離れていく。
人間は自然と効率のいい行動をしがちだ。日々効率よく生きていると、体が無駄を省こうと動くのである。
彼らも例外ではない。同じところを二人で見るより、二手に分かれて広い範囲を探した方が効率的である。
だがそれは考えた結果での行動ではない。本能に従っただけなのだ。
本来の目的は、仲間を殺した俺を殺すという目的だったはずだ。だが今は、俺を見つけ出すと言う事が目的になっている。目的がすり替わっているのだ。
奴らがそれに気が付くことは無い。
俺はひっそりと奴らを始末できる、その時を待っていた。
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