第16話 クソ野郎
奴に飲ませたのは、俺特製の回復ポーションだ。
ポーションやアイテムと言うのは、町などで素材さえあれば作ることができる。NPCに頼むでもいいし、そういうアイテムを作ることができるスキルを持っている人に頼むのも良い。
とにかく、素材を合成してアイテムを作ることができる人なら誰でもいい。
俺は町にいた薬屋のNPCに頼んで、素材を渡して作ってもらった。
その時点ではただの回復ポーションだ。だが、俺はそのポーションに、シビレダケと言う素材を入れた。
シビレダケは黄色いキノコで、どこにでも生えている素材だが、入手するのは難しい。触ると感電し、三分間動けなくなってしまうからだ。
モンスターの多い場所で、うっかりシビレダケに触れてしまうと、絶体絶命の大ピンチに陥りかねない。
ただし、対策方法もちゃんとある。その方法は、念のため周りのモンスターを一掃し、直接触れないように手袋などをしてから取るというものだ。少しでも素肌に当たるとアウトなので、慎重さが求められる。
俺はそれを何個か取ってアイテムウィンドウにしまっておき、今回回復ポーションに混ぜたのだ。
触るだけで三分間も動けなくなってしまうのだ。それを飲んだのなら、どれだけ動けなくなるのだろうか。今回は実験の意味もある。
「てめえ……なんの、つもり、だ」
目の前で動けない男が、痺れた口で恨み言を言っている。
「警告マークがつくと非常に厄介なんでな。だから俺は直接お前を殺さない。逆に言えば、直接俺が殺さなければいいのさ」
俺はアイテムウィンドウから、一つのアイテムを取り出す。そのアイテムは、蚊取り線香のような見た目をしていた。
それにしても便利だよな、アイテムウィンドウ。アイテムならどんなものでも入るし、さながら四次元ポケットだ。現実世界に戻っても、これは欲しいな。
とまあそんな話は置いといて、この蚊取り線香の話をしよう。これは外注を駆除するものでは無い。むしろ集めるものだ。
このお香を焚いていると、周りにいるモンスターが集まって来るのだ。
ただ、この辺りを見て回った時、そこまでモンスターの数は多くなかった。どれくらい集まるのかは分からない。それに、実際使うのも初めてだ。
「じゃあ、テロリストどものアジトの場所を吐く気になったら呼んでくれ」
モンスター集めのお香の端をこすると煙が出始めた。
そうして、俺はすたすたとその場から離れる。
「お、おい、待て! お前、人の命、を、なんだと、思ってるん、だ!? 死んじ、まう、たす、けてくれ」
「……」
俺はそこから少し離れた場所で、その様子をうかがうことにする。気配を消し、初期からずっと使っている、認識疎外(弱)マントで体を覆う。
岩に隠れ、その時をじっと待つ。
すると、モンスターの姿が二匹見えた。ロックスパイダーが二匹、男の元へ向かっている。
ロックスパイダーは、二十のフィールドでは一般的なモンスターで、全身が石に覆われているクモだ。
動きが早く、攻撃も通りにくい。ただ、HPは低いため、石を削って攻撃すれば簡単に倒せる。しかし、男は今何もできない。自分が攻撃されている所を、眺めることしかできない。
ロックスパイダーたちは男に噛みつき、男のHPを着々と減らしていった。
「ぐ、ぎゃあああああ、あ、だ、誰か、助け、ろおお!」
ロックスパイダー自体の攻撃力は高くない。だが低くも無い。
男はレベルもそこそこ高く、HPも高いのだろう。だが明確に減っていく様を見るのは、精神的にかなり堪える。
俺は自分のステータスウィンドウを見る。HPは自分の命、そしてMPはスキルを発動するための体力、そう考えている。
男は自分の命を助けることも、スキルを使うこともできない。
さて、奴は情報を吐くだろうか。奴は絶対にWARの連中に違いない。
確信できる情報は、今のところ残念ながら勘しかない。だが、俺の背後をつけながら、気配を消していたのだ。明らかにやましいことがあるに違いない。
俺も良く気配を消したりはするが、それはモンスターに対してのみだ。不自然に気配を消して、プレイヤーに不信感を抱かせるようなことはしない。
男は断末魔を断続的に上げ続けている。恐らく戦い慣れしている奴ではあるのだろう。ただ、自分の命が削れて行き、死のタイムリミットが迫っているのが目に見えてわかる。精神が蝕まれて行ってもおかしくない。
「分かった、話す、話す、から、助けて、くれ!」
奴のHPをみる。大分削れていて、あと数分放置すれば、男は死ぬだろう。
ちょうど良い時間だな。
俺は男の元に駆け寄り、群がっていたロックスパイダーのうち一匹にナイフを突き刺す。一匹のHPを削りきると、もう一匹がこちらにとびかかってきた。
うまくそれを回避すると、ナイフを投げてロックスパイダーに突き刺す。だが傷の深さが足りず、ダメージが与えられていない。
俺は跳躍し、ロックスパイダーのもとへ瞬時に移動する。拳を握りしめ、聞き手である右手で、思いっきり突き刺さってあるナイフを殴った。
するとナイフは奥に深く突き刺さり、ロックスパイダーのHPを完全に削り取った。
モンスターの死骸は光となって消滅し、地面に落ちているナイフを拾う。
お香の煙も、指で折って止めた。
「じゃあ、話してくれ」
「ああ、今は、二十の町、ここの、フィールドの、森林の、小屋、だ」
「周辺には何もなかったぞ」
「崖に、隠れてる、んだ。崖、その下に、倒れてる、木がある。その、向こう側、だ。これで、いいだ、ろ」
「……」
こいつの言っていることが、正しいのか正しくないのか、今は判断できない。嘘をついている可能性もある。
だが、精神的に恐怖を味わった人間は、思った以上にもろくなる。
痛みが無くても、人は恐怖を必要以上に感じると、心が歪んでいく。そこから本能的に逃げたくなる。
だから、どれだけ訓練しようと、心が折れた人間はひどく弱い。俺は、今までにそういう人を何人も見てきた。俺もそのうちの一人だった。
「分かった。お前の情報を信じてみよう」
「あ、ああ。はやく、状態、異常を、治し、てくれ」
「治す必要はない。どうせ、お前はここで死ぬ」
「は!? 話が、違う! ふざ、けんな、クソ野郎が! 死ね、死ねよ! クソがァ!」
「敵の言葉を信じるなよ。ま、運が良ければ生き残れるさ」
男の傍に、モンスター集めのお香を焚いておく。
俺はそのまま町まで歩いて行くことにした。
俺の後ろで、男が途切れ途切れに声を発し続けていた。
「ま、まて、嫌だ、死にた、くない! 助け、てくれ! 誰か、誰、かああああ!」
どうして、何の罪もない人を殺しまくった人を助けないといけないのか。そんな奴を助けたところで、こちらには何の利点にもならない。
よく不良が更生して褒め称えられる物語があるが、そんな人間よりも、最初から真面目に生きてきた人間の方が、何倍もすごいに決まってる。
それにあいつは人殺しの仲間だ。そんな奴が生きたいから助けてくれ、だなんて虫のいい話がある訳ないだろう?
一人の命で、彼らの命の償いにはならないが、せめてもの弔いだ。
大丈夫、心配しなくてもすぐにみんな同じところに送ってやるよ。
「クソ野郎」
お香に焚きつけられたモンスターたちが集まってきていた。今度は、先ほどよりも多くの気配を感じる。総数としては少ないが、動けない状態なら脅威になる。
モンスターの数が少なかったのは、恐らく、その男がアジトのある周辺のモンスターを狩っていたのだろう。
それにしてもラッキーだ。まさか、今日こんなにも早く見つけることができるなんてな。まあ、まだ実物は見ていないわけだが、あるはずだ。
それほどに、命を天秤に乗せた回答と言うのは信頼できる。
後ろから響く、モンスターの足音と、男の汚い断末魔を聞きながら、アジトがあるらしい森林の奥地へ向かった。
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