第15話 背後の気配
「特に異変は無いな」
俺はフィールドを駆け巡り、調査を続けていた。第二十の町のフィールドは、大きな岩だらけで非常に歩きにくい。
だが、あまり変わったところは見当たらない。強いて言うなら、少しだけモンスターが少なくなっていることだけだろうか。
だがその時、俺はようやく一つの異変に気付いた。
プレイヤーが全く見当たらない。
確かに危険にはなったし、死ぬ恐怖は付きまとう場所なのは確かだ。だが誰もいないのはおかしい。このぐらいの町のモンスターなら、戦闘に慣れた人なら丁度いいレベル上げになる。
トップ層の町のフィールドなら分かるが、これは異変と言っても差し支えないだろう。
「とはいえ、何をすればいいんだ」
周りに何もないのが異変ではあるが、何もできない。
その時、俺は人の気配を唐突に感じた。唐突という事は、それまでは気配を消していたと言う事だ。
気配を消すことは誰でもできるが、ここまで完璧に消すことはできない。恐らくスキルを使っているのだろう。
それに、気配を消すのはモンスターと戦う時。もしくは、人同士で殺し合う時だけだ。見渡す限り、気配を消さねば勝てないような、強いモンスターはいない。
そして、俺を除いて人がいない。
狙いは俺か?
すぐさま俺は、岩に背中を預け姿勢を低くする。息を殺し、慎重に周りを見渡す。
プレイヤーの姿は見えないが、確かに気配は感じる。
じっと体を隠し、見つからないようにしていると、誰かの足音がした。
その足音は、よく耳を澄ませないと聞こえないような、微かな音だった。明らかにこういうことに慣れている人間。
その足音は、俺の隠れている岩の後ろから聞こえてくる。それも、どうやらこちらに少しずつ近づいてきているようだ。
少しずつ、少しずつ。
どうするべきか。
ナイフで一撃で仕留めるか。俺のジョブは継続して戦うには不利だ。戦うのなら、速攻で倒し切るに限る。
だがそれでもし普通のプレイヤーだった時が怖い。罪もない人を殺すことになってしまうし、その後も俺は警告マークがついてしまう。
正規の方法以外で他のプレイヤーを攻撃すると、警告マークがウィンドウに表示されてしまう。ダメージを与えるだけなら一日で消えるが、殺した場合はずっと残る。
テロリスト対策として、警告マークのついているプレイヤーは、町に入るとトッププレイヤーギルドが始末することになっている。
街ではダメージが与えられないため、どのように始末するのかは不明だ。怖い。
という訳で、相手の姿が見えないこの状況は苦しいものがある。
……よし、先手必勝。攻撃を仕掛けよう。
ただクリティカルを狙うのではなく、相手の足を狙おう。二本の内どちらかの足を奪ってしまえば、相手の機動力はかなり落ちる。
もしテロリスト連中なら、そのまま情報を吐き出させて始末する。普通の人なら、謝ったうえで回復ポーションを渡そう。一日の警告マークくらいなんてことは無い。
ただ相手がテロリストであれば罪悪感も無く攻撃できる。それだけだ。
一歩、また一歩と近づいてくる。
……今だ!
俺はナイフをウィンドウから取り出し、そのままの岩から飛び出した。相手の人影が見えると、俺は躊躇なく低い姿勢で足を斬り飛ばした。
そのまま止まることなく跳躍し、後ろにいるであろう人物の赤い光が飛び散った。
「うぎゃあああ!?」
俺は振り返ると、一人の男が倒れ込んでいた。右足はひざから先が無く、赤い光となっていた。
その男のステータスウィンドウには、警告マークが表示されてあった。間違いない、こいつは黒だ。テロリスト、WARの連中だ。
すると男は、素早くアイテムウィンドウを開き、回復ポーションを取り出そうとした。
そうはさせない。ナイフで軽く薙ぎ払うと、彼の右腕は面白いくらい簡単に吹っ飛んだ。ゲーム特有のステータス補正なのだが、慣れるまでは違和感が半端では無かった。
しかし、こういった状況をあらかじめ想定していたのか、彼に焦りはなかった。だからこそ俺は油断するわけにはいかない。
最後の最後、成功するまでは決して手を抜いてはいけない。
彼のステータスウィンドウを確認し、HPバーが半分は残っていることを確認する。なら、あともう一本くらいは大丈夫だな。
うつ伏せで倒れている男の背中に乗ると、左肩から先にナイフを突き刺す。ぐりぐりとナイフをねじり、腕を切り落とした。
彼のHPバーはかなり減っているが、死にはしないだろう。良い気はしないがこれも仕事だ。なにせ暗殺者なのだ、汚れ仕事が主戦場だ。
男は片足だけのほとんどダルマ状態になった。だがスキルを使ってくる可能性があるので、決して注意はそらしてはならない。
「おい、アジトまで案内してもらおうか」
「はあ? 何のことか分からねえなこの犯罪者が!」
「自己紹介はいいからアジトの場所を早く吐け。俺は暇じゃないんだ」
すると男は、どこにそんな余裕があるのかは分からないが、ニヤリと笑った。
「俺に警告マークがあるからテロリストだと思ったのか? お前にもついてるぜ、犯罪者のマークがよぉ」
俺は横目でちらりと自分のウィンドウを見る。俺の名前表記の横に、確かに警告マークが表示されている。
「この警告マークはさっきスキル使ったらさあ、たまたま歩いてた奴に当たっただけなんだよ。そしたらさあ、またしてもたまたま会ったお前に殺されかけてるんだ。どう考えても、お前が敵だ。もし仮に俺がテロリストでもよ、お前に情報なんて与えるかよバーカ」
ふむ、まあこいつの言っていることも一理ある。
人の気配がしなかったこのフィールドで、たまたまスキルが人に当たって警告マークがつく。
気配を消しながら、潜んでいた俺に近づいてくる。
混乱することなく、俺の攻撃を予測していたかのように、ポーションでダメージを回復させようとしていた。
これらすべてが偶然同時に起こった、という可能性があるかもしれない。
俺から見ればこいつは黒でも、他の人が見ればそうじゃない可能性もある。そこは冷静にいかなくてはならない。なにせ命が伴う事だからな。
という訳で俺は、目の前の男の口に、特製の回復ポーションを流し込んだ。
するとみるみるうちに、男のHPバーは回復していき、男の腕や足も元通りになって行った。
男は俺の方を見ると、にやりと笑った。
まるでマヌケな奴、とでも思っているような表情だ。
さて、ここで一度復習しておこう。
警告マークがつくのは、プレイヤーを攻撃した時のみ。ダメージを与えただけなら一日で消えるが、殺してしまったらずっとついたままになる。
ただし、それは自分がダメージを与えた場合のみだ。プレイヤー以外が人を殺しても、警告マークは付かない。
つまりモンスターには警告マークはつかないと言う事だ。
「……お前、何しやがった!?」
今度は俺が笑う番だな。
「体が、動かねえ!?」
彼は立ち上がったはいいものの、そこから石になったかのように動けなくなっていた。
効果が出始めるのは五秒後、つまり今からだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます