第13話 全ての命を背負って

 勝ったのだ。


 強大なボスに勝ったのだ。


 だがちっとも気は晴れない。むしろ、後悔の気持ちが大きくなってくる。

 初めからこうやって戦えていれば、もっと死ぬ人間を減らすことができたんじゃないだろうか。そんなことをずっと考えている。


 ボスの勝利報酬のウィンドウが表示される。どうやら報酬の自動振り分けが終わったらしい。


 その内容は、今までの雑魚敵とは比べ物にならないほど多かった。この世界の通貨であるゴールドも、回復などに使うポーションも、装備の強化に使う素材も。


 受け取る人数が少ないから、一人一人が受け取る量が多くなった。


 周りを見渡すと、生き残っているのは、俺を含めて七人だけ。初めは二十人近くいたのに、半分も残っていない。


 その時、俺の報酬を表示するウィンドウに、一つのアイテムが現れた。そこには、MVPボーナスと書かれてあった。

 一番活躍度の大きかったプレイヤーには、ボス戦では特別なボーナスがある。


「俺がMVP……? な訳ないだろ、クソッ」


 レグや、そのチームメンバー、その他協力してくれた人たちを、俺の失敗やミスで大勢死なせてしまった。


 責められる覚えはあっても、褒め称えられる行いをしたつもりは無い。


 すると背中を軽く叩かれた。

 振り返ると、そこには二人のレグのチームメンバーが立っていた。二人はレグの亡骸を担いでいた。


 死んだ後のリスポーン機能が無くなったこの世界では、プレイヤーの亡骸は消滅することが無い。現実世界のように腐ることもない。永遠に動かない、ただのオブジェクトになってしまう。


 チームメンバー二人は、座り込んだままの俺をまっすぐに見ていた。


 彼らは、俺をきっと責め立てるだろう。それは当然のことだし、受け入れるつもりだ。


 俺がヘマをしたせいで、彼らの心の支えを奪ってしまった。これはどうしようもない事実だ。


 だが彼らの口から出たのは、俺の予想とは正反対のものだった。


「キラさん、ありがとうございました」


「……は?」


 意味が分からない。レグを殺したのは俺だ。いうならば仇のはずだ。


「俺たちは……レグさんも、きっとあなたがいなければ、入口でわめき続けて一生を終えていたはずでした。そこにあなたが来て、一緒にボスを倒してくれと誘ってくれた」


 もう一人のチームメンバーが続けて話した。


「レグさんはあなたを助けて死んだ。カッコつけなところは昔からなんです。でも、そのおかげであなたは生き延びて、僕たちも生き延びた。最後まで、格好良かったでしょう? 僕たちのリーダーは」


 すると二人は頭を下げて、ダンジョンの最奥まで歩いて行った。そこには、光る魔法陣のようなものがあり、いわゆるスポーン地点と言う物だ。ボスを倒すと出現し、踏むと次の町へ瞬時に移動することができる。


 二人、いや三人は、それを踏んだ後に消えていった。


 それに続くように、他の人たちもスポーン地点に向かった。そしてみんな同じように、俺に向かって感謝の言葉を口にした。


 もう、彼らの顔を見ることができなかった。


 彼らだって家族や友達がいる。もしかすると、今回のこの騒動で大切な人が死んでしまったかもしれない。それでも、決して勝てない相手でも、最後まで戦い抜いた。


 俺なんかより、彼らの方がよっぽど強かった。


 すると、一人の足音がして、俺の前で立ち止まった。


 ゆっくり顔を上げると、そこにはスミがいた。


 スミの他には人はおらず、どうやらここには二人だけみたいだ。


「約束、したでしょ」


 ああ、そういえば何か約束していた気がする。色々と不思議なところを聞きたいと思っていた。でも今はそんな気分じゃない。


 彼女が俺の横に座った。その後、数秒の沈黙の後、彼女は話し始めた。


「いいフードでしょ。自分のステータスも色々隠せるし、着るとスピードは落ちるけどパワーが上がる。まあちょっとだけなんだけどね」


 彼女はアイテムウィンドウから出したフードを、バサバサと振っている。


「……今からひとり言を言うから。別に聞いてもいいし聞かなくても良いよ」


 気を使ってくれたのだろうか。会話をしなくていい、という解釈をする。


「私、初期のころはトッププレイヤーの集団の中にいたんだよね。君のことも、そこで見たことがあった」


 そういえば、昔どこかで見たことがあるとは思っていた。だが俺は人の顔を覚えることが苦手なので、他人の空似かもしれないと思っていた。


「毎日楽しくてさ、みんなでボスと戦ったり、一人でダンジョンに潜ってアイテム回収したり。あんまり自覚ないうちに強くなっちゃって。でも異変に気付いたのはある噂を聞いてから」


 異変? 噂? そんなものあっただろうか。俺は今日、唐突に世界が一変したような感じだが。


「ほら、街中で突然人が燃えて、苦しんで消えるっていう。聞かなかった?」


 そういえば、プレイヤーの誰かが言っていた気がする。でもそれはあり得ないはずだ。今は分からないが、町の中でプレイヤーにダメージを与えるなんてことは絶対にできない。


「それはありえない。緊急事態後ならともかく、それまでのこのゲームはいたって普通だった。確かに敵の攻撃は心理的恐怖が伴うけど、実際のダメージとは無関係だ。それも町中で……」


「そう。普通はそうなんだよ。でも火のないところに煙は立たないって言うし、調べてみたんだ。結果は……まあ言わなくても分かると思うけど、犯人に関しては何もつかめなかった。でも思わぬ収穫があった」


「……」


「一旦話はずれるけど、君がもし、さっきのテロリストみたいなことを起こすとしたら、どの立ち位置に居たい?」


 どうやら会話をしなくてもいい、という俺の解釈は間違いだったようだ。話を振られてしまった。


「……俺なら、自分にとって脅威になる奴から排除したい。そうしたら計画を進めるのも楽になる。あとは強いアイテムとか、貴重なものとかは使われたくないから集めて回収する。いや……、待て待て、確かによく考えれば、あいつらは合理的な戦略を使ってきてるとは思う。でもそれは、敵がっていう前提だ。そんなこと、普通にゲームしてて思いつくわけが無い」


 当たり前の話だ。確かにこのゲームは、今までのゲームと一線を画すところはある。ただのバグでは済まされないような現象もあるのだろう。


 だが、町で謎の不自然死の話から、テロリストにゲームを乗っ取られるなんてのは、話が飛躍しすぎだ。いくらなんでも、そんなことを考え着く人間がいるわけが無い。


「そこまで考え着かないよ、普通。私も別にテロリストがいるなんて全く考えても無かった。でもさ、私がまだトッププレイヤー集団にいたとき、ちょっとだけ聞いちゃったんだよね。なんとかコードがどうだとか、運営会社本部の場所はどうとか。普通ならどうでもいい話に聞こえるのかもしれないけど、当時の私は情報を集めてた最中。探偵ごっこしてた時だから、想像よりもビビっちゃって。それで、トップ層から離脱して、このフードで隠れてたってわけ」


 彼女の言っていることは分かる。町での事件を追って情報を集めていたら、たまたま奴らの話を聞いた。普段ならどうでもいい話に聞こえるが、タイミングもあって不穏な空気を感じた、と言う事だろう。


 だが、怖くはなかったのだろうか。ゲームが乗っ取られるなんてありえない話だが、それでも少なからず恐怖は感じるはずだ。


 どうして戻ってきたのだろうか。


「なんで戻ってきたんだ? フードなんて被って、こそこそ隠れながらゲームなんかせずに、素直にやめればよかったのに」


「……正論だね。今でも馬鹿だと思うよ、好奇心で動くとロクなことにならない。それが今回で身に染みてわかったよ。あの後も何度か接触して情報を集めてみたりしたんだけどね……。結局、今回のテロを暴くことはできなかったわけだし、ただ不必要に隠れてビクビクしてただけ。情けないな」


 彼女は彼女なりに一人で戦っていたのだろうか。


 俺もどこかで、VRMMOに対し恐怖を抱いた時があった気がする。あれはいつだったか。


 そうだ、サービス開始から余りたっていない頃、どこかで読んだ論文のことを思い出していたんだ。確か、完全没入型のシステムは一歩間違えれば、人を殺す兵器になるとか、そんなことが書かれてあった気がする。


 それを読んだ後、当時の俺は嫌な想像だと高をくくっていた。馬鹿な妄想だと。

 だが現実、こんなことになってしまった。俺が、あの時、噂を聞いた後、あの論文を読んだ後、何か行動を起こしていたら、何か変わっていただろうか。


 いや、無理だな。


 結局全部後の祭りだ。たらればの空想をしたところで、何も変わることは無い。


「俺も、情けないよ。無駄に何も考えずに上げたレベルが高いってだけで、たまたまボスにダメージを与えられただけ。俺個人は、何の役にも立たなかった」


 彼女は立ち上がり、フードを被った。


「自分で自分を下げても、誰も君を上げることはできないよ。自分を肯定できるのは、結局のところ自分だけだからね」


「……」


「私が君を探していた理由。少しの期間だったけど、トッププレイヤーの中で見かけたとき、誰よりも生き生きとゲームを楽しんでた。疑心暗鬼だった私にも、君は絶対にゲームで人を傷つけないって分かるくらいにはね。想像よりも頼りなかったけど、でも会えてよかった。ありがとう、私たちを助けてくれて」


 自然と目頭が熱くなる。


 ……恥ずかしいな。少なくとも俺は初対面の人に、泣き顔を見られるのは。


「フレンドコード送っといたからさ、またいつでも連絡してよ。じゃあね、お互い生き延びて、現実世界に帰ろう」


 俺のウィンドウに、スミの名前が登録される。


 彼女はそのまま一度も振り返ることなく、スポーン地点まで歩いて行った。そしてそのまま、光に包まれて消えた。


 俺は立ち上がり、目をこする。


 目をこすっても、目の前の世界がぼやけることは無い。


 俺は歩いた。


 絶対に生き延びる。絶対にこの世界から出る。絶対に自分の家に帰る。


 現実世界が今どうなっているのか分からない。スミも、現実世界のことに関しては、意図的に会話を避けているような気がした。

 でもなんとなく想像できる。


 それでも俺は生きる。




 全ての命を背負って、戦い続ける。



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