第12話 限界の中の全力

 跳躍。 


 一瞬にしてボスの元まで到達。

 そのまま横を通り抜け、後ろ側の壁に向かって跳ぶ。


 壁を蹴り、その勢いで加速。地面を蹴り、加速。


 徐々にスピードが上がり、壁や地面をきれいに蹴るのが難しくなってきた。


 だが構わずに動き回る。ボスは俺の動きを追えていない。


 すると隙が見えた。

 まるで導かれるように、奴の首元への道が見えた。


 ナイフを振り、瞬時に抜け切る。


 赤いエフェクトが飛び散り、それがダメージを与えることができたということを表している。


 クリティカルダメージが出たようで、ボスのHPが大幅に減少する。だがあと二回も、それを繰り返さなくてはならない。


 簡単なことではない。今のも、ほとんど運が良かったに過ぎない。

 

 次また同じように隙を見つけることができるか分からない。


 すると突然、目の前に巨大なカギ爪が迫ってきた。


 俺のスピードの対応できないと踏んで、やたらめったらに腕を振り回してきたのだ。


 単純な動きに見えるが、俺からすれば非常に厄介だ。

 トップスピードだと、回避することが難しい。そもそもカギ爪が見えた瞬間に、俺の身体が三枚おろしになっている可能性もあるのだ。


 余計にボスキングリザードに近づくことが困難になった。


 いくら早くても、近づくことができないんじゃどうしようもない。


 体をうまく落として、攻撃をうまく回避するも、左肩のあたりに強い衝撃が走った。

 ぱぁっと赤く光る。どうやらかすめたらしい。


 肝が冷えるな。ただかすっただけなのに、片腕が持っていかれるかと思った。HPバーも縮んでしまった。


 どうすれば勝てる? どうすればクリティカルをぶち込める?


 その時、再び目の前に巨大なカギ爪が現れた。


 このカギ爪を受け止めて、カウンターができればな。


 そんなことを思った次の瞬間。


「え……」


 俺はボスの正面にいたはずだが、なぜかに立っていた。


 その直後、金属同士がぶつかり合うような、甲高い衝撃音が響き渡った。


 その方を見ると、槍でボスの攻撃をいなしているスミの姿があった。だが完全にいなし切ったわけでは無く、物量で後ろ側にのけぞっている。


 このままではまずい。だが背面から彼女の場所まで跳ぶのは難しい。ならば、先にボスのHPを削り取ってから、彼女の元へ行こう。大丈夫、おとりは得意な方だ。


 跳躍し、後ろの首を狙う。だがその気配に気づいたのか、ボスがぐるりとこちらを振り返り、口を大きく開けた。


 マズい、食われる!?


 俺がその口から生える、牙を切断してやろうとナイフを振る。だが、次の瞬間には、またボスのに立っていた。


 おかしい、さっきまではキングリザードの後ろ側にいた。そして後ろから攻撃しようとした時、奴は振り返った。つまり俺はその時に正面にいたことになる。


 だが今は、また背面にいる。そうなってるんだ!?


 次の瞬間、またもや金属のぶつかるような衝撃音が響いた。


 その音は、どうやらキングリザードの口元から発せられたものらしい。すると、素早い動きでスミが地上に降り立った。


 どういうことかは分からないが、どうやらスミのスキルなのだろう。


 俺は再びボスの元に跳躍し、ナイフを大きく振りかぶる。


 その時に再び、隙が見えた。いまならクリティカルを出せる、そう直感で感じ取った。


 ナイフを振り下ろし、そして……


 ガギンッ!


 キングリザードのカギ爪に、ギリギリのところで防がれてしまった。だが、次の瞬間、


 カギ爪に防がれ、宙に浮いたいたはずだが、今俺はボスの首元の背面を跳んでいる。


 やっと分かった。恐らく、彼女のスキルは、場所を入れ替えるものなのではないだろうか。そうだとすれば、この不可解な現象にも説明がつく。


「キラ君! 私がいればチャンスは二回! そのままトップスピードで動き回って!」


 彼女はそう言って、カギ爪に槍を突き刺す。だが、キングリザードは大きく腕を振り、スミは吹っ飛ばされてしまった。


 地面を転がり、壁に激突する。


 彼女のことは心配だが、おかげで隙が生まれた。大きな行動の後には、必ず隙が生まれる。


 ナイフを逆手で持ち、ボスのうなじ部分に突き刺す。


 そしてそのまま一気に急降下。


 ガリガリという音がして、キングリザードのごつごつした背中に、赤い一本線が引かれる。最後まで切り裂き終えると、ボスの身体を蹴って距離を取る。


「ギャロルアアアアアア!」


 キングリザードが雄たけびを上げる。奴はこのゲームによって作られたプログラムでしかない。だがその声には、感情がこもっていそうだと感じれるほどの気迫があった。


 ボスのHPはだいぶ減った。あと一回、完璧にクリティカルダメージを出すことができれば、倒すことができそうだ。


 だが、俺の「バスター・キル」の効果時間の終了まで、刻一刻と迫っている。もう次は無い。


「もう一回、あと一回! どうせもうこれがラストチャンス、全力で行こう」


 スミは立っていた。


 このゲームでは痛みを感じない。どれだけ現実っぽくて、五感を全身で感じることができても、そこはゲームだ。プレイしやすいように、余計なものは取り除かれている。


 だが、衝撃や圧力は感じる。だから壁に激突したのなら、痛みは感じなくとも大きな衝撃を全身で受けることになる。


 だが彼女は立った。ボスに勝つ、その一心で。


「ああ、あと一回だ。全力で行こう」


 俺は地面を踏み込む。同時に彼女も地面を踏み込む。


 ボスも負けじとスキルを発動する。ボスの攻撃力が上がった。かすっただけでも、致命傷となりかねないダメージ量だ。


「「ああああああああああああ!」」


 俺たちは、全力で動き回った。


 狭い部屋の中で跳ねまわるスーパーボールのように。


 攻撃をよけ、隙を見つけては攻撃し、防がれる。その繰り返し。


 だが絶対にトドメをさす。


「頑張れ!」

「あと少しだ!」

「頼んだぞ!」


 少し離れた場所から、応援の声が聞こえる。


 不思議だ、こんなに本気で動き回っているのに、頭は冷静だ。ゾーンと言うヤツだろうか。


 カギ爪が来る。いなしてもいいが、恐らくいなしても完全には防ぎきれない。受けるダメージも、決して少なくないだろう。


 なら避けるのがいい。


 その攻撃を回避したが、すぐにまた片方のカギ爪が俺を引き裂かんと迫って来る。どうやら俺狙いのようだ。


 俺しか大ダメージを与えられるプレイヤーがいないと、気づいたのかもしれない。あれだけ高性能なNPCがいたんだ。学習機能があったとしてもおかしくはない。


 でも、もう遅い。


 彼女は、すぐさま俺の場所に入れ替わり、攻撃をいなした。

 攻撃をいなすのは、彼女の方が得意だ。ナイフと槍という武器の性能差なのか、単に彼女の技術なのかは分からないが。


 だが何度も言うように、俺たちでは、ボスの攻撃を完全にいなすことはできない。彼女の方が受けるダメージが減るというだけだ。

 それも何度も使えるわけでは無い。


 彼女のHPも、もうほとんどない。俺も、うまくいなせてあと一回が限界だ。


 ボスの命もあと一回、俺たちもあと一回。全員が限界の中戦っている。


 俺は跳躍し、彼女の方に視線を送っているキングリザードに近づく。だが、案の定キングリザードは俺に視線を合わせてきた。するとボスは、俺の方を向き、口を大きく開けた。

 その時、奴は少し笑ったように見えた。


 まるで勝利を確信するかのように。


 だがそれは俺も同じだった。勝利を確信し、笑みを浮かべる。


 ボスの首元に向かって、スミが跳んだ。俺はそれを、キングリザードの口が迫り、もう食われる寸前だというところで見た。


 次の瞬間。


 俺は先ほど自分がつくった、赤い線の始まりの部分へ跳んでいた。つまりうなじ部分だ。


 スミが食われるまでのコンマ数秒。ただのクリティカルじゃ駄目だ。


 即死させるダメージを瞬間的に出す!


「レッド・ナイフッ!」


 俺は全力を込めて、ボスの首を切り裂く。赤いダメージエフェクトが飛び散り、腕にものを斬っていると実感させる負荷がかかる。


 腰をひねり勢いづけたナイフで、無理矢理硬い肉を切断した。


 キングリザードの頭はだらりと垂れ下がり、そのままゆっくりと地面に傾いていった。


 俺は不自然な体勢だったせいか、うまく着地できずに転がってしまった。着地が苦手なのは克服できていなかったらしい。


 立ち上がろうとしたが、うまく体が動かない。どうやら「バスター・キル」の効果が切れたらしい。


 後ろを振り向くと、まばゆい光と共にキングリザードが消滅していった。


 「Your Win」という表示が出て、勝利が告げられた。


 多くの犠牲を経て、俺は、俺たちは勝ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る