第11話 犠牲は救いと成りて

「もう止めろ、止めてくれ……」


 動けなくなった俺の前に、何人ものプレイヤーが背を向けて立っていた。


 彼らはボスと俺の間、壁のように立ちふさがった。その上、ボスの攻撃にも何人かが加わって戦っている。


 それは明らかに、俺からボスを引き離すように立ちまわっていた。俺がへたり込んでいる場所から、少しずつ、反対側に誘導している。


 無茶な戦い方だ。彼ら程度のレベルでは、行動変化後のボスに大したダメージを与えることはできない。その攻撃は、ほとんどダメージとして成り立たない。


 加えて俺の撹乱も、レグの士気もなく、ボスの動きは早くなった。


 誰かが死ぬのは必然だった。


 悲鳴が上がり、誰かが死んだことを知る。赤い光が部屋を一瞬照らし、そして消えていった。それが何度もあった。


 みるみるプレイヤーの数が減って来る。もう半分程度しか残っていない。


「俺が焦って、間違えたから、みんな死んだ。俺が悪かったんだ。でもまだ死んでない、なんで一番間違っている俺が生きていて、なんでただ生きようとしている人たちが死んでいくんだ」


 俺が死ねばよかった。


 そんなことを口にしようとした時、急に体が軽くなった。いや、軽くなったのではなく、胸ぐらをつかまれて持ち上げられているのだ。


 俺に掴みかかっている人物は、フードの人だった。フードの人は、ぐっと顔を近づけた。


「俺が死ねばっ、て? ふざけんな! レグさんはアンタに、命を賭けたんだ。ここに死にたい奴なんて一人もいない! それでも、少しでも生き残る可能性を上げるために、みんなでここから出るために、自分の命を賭けてる! みんなでここから出ようって、力を貸してくれって、その言葉を言ったアンタが命を諦める言葉だけは、絶対に許さないッ!!」


 その血気迫る声に圧倒された。


 胸ぐらをつかむその手に力がこもり、俺を締め付ける。


「ごめん……」


「謝罪なんて聞きたくない! 今聞きたいのは、アンタが戦えるかどうか。一人でも多く、人の命を背負うことができるかどうか!」


 ああ、そうだ。


 覚悟ができていなかったのは俺だった。


 間違ったとか、誰が正しかったとか、そんなことは二の次だ。


 俺がしなくてはならなかったこと、それは自分の命を賭けても、みんなの命を背負いぬくという覚悟だ。


 自分の命を使って、死んで勝つのとは全く違う。死ぬ気で命を背負いきる、それが必要だった。


「俺は」


 うぬぼれていた。


 何とかなるだろうと。俺はなんだかんだ死ぬことは無いだろうと。


 そんなことは考えてはいない。でもきっと、心の奥底では思っていたのだ。その結果がこれだ。


「俺は……」


 失った命は帰ってこない。


 でも、失う前の命ならまだ取り返せる。死ぬ予定を、書き替えることだってできる。


 俺にその力があるのかは分からない。だが、俺には責任がある。


 守ってもらった命は、もう自分一人のものでは無いのだから。


「戦う。……全部背負って、戦い続ける。この世界から、みんな生きて帰れるように」


 すると俺の胸ぐらをつかんでいた手から、力が抜ける。代わりに、その手を自分の頭の方へ持っていった。


 すると、目の前のその人は、自分のフードに手をかけた。


 そしてそれを一気に剥ぎ取った。


「……!」


 初めてその人の顔を見た。


 少年……のように見えたその表情は、真っ直ぐ俺に向けられている。


 ステータスには、警告と表示されている。どうやら他人を攻撃したプレイヤーはみんなつくらしい。


「じゃあ早いとこ、あいつを倒してここから出よう」


 短い水色の髪に、きりっとした猫のような透き通った眼。


「ごめん、なんとなく勘違いしてた。声変わりしてなかっただけだったんだな」


 すると、目の前の人は途端に機嫌が悪くなった。


「君は見る目はないみたい。こんなナイスルッキングガイの私を、男と勘違いするなんて」


 どうやら彼、ではなく彼女、らしい。


 確かによく見れば丸みのある顔をしているが、きりっとした目元が、端正な顔立ちを目立たせているのだと思う。

 例えるなら宝塚系かな。


「ま、そんなことよりも、私がこのフードを取った理由、分かる?」


 そんなことを言われても分かるわけが無い。


 あのフードは、自分のステータスなんかを隠すことができる優れものだ。俺ならば、わざわざ外すことは無いだろう。


 だが彼女は外した。そこに何か理由があるかのように。


「今は詳細は省くけど、このフードの能力は自分の名前を隠すだけじゃない。スピードを下げて、攻撃力を上げることができる物なんだ。さっきは君がおとりを引き受けてくれていたから、攻撃に専念できたけど、もうあれはできない」


 彼女は一泊置いて、


「さっきのトップスピードで走り回るやつ。できる?」


 さっきの、とはおそらく「バスター・キル」のことだろう。


 確かに「バスター・キル」は、ボスに有効だったが確実性はない。


 どうしてもクリティカルの影響が大きく、ダメージもクリティカル頼りだ。それに協力して使うには、あまりにも相性が悪い。


 あのスキルは、壁や地面、天井などを使って自身のスピードを極限まで高める技だ。


 範囲内に他の人がいれば、満足にスピードを上げられない。それに自由に動くことができなくなる。


「消費MPは少ないから使えるし、使用後の弱体化デバフももうない。でもあれは一人じゃないと……」


「分かってる。使いどころが無かった私の『固有スキル』が、君となら活きるかもしれない。だから、信じて。そうしないと、勝てないから」


「……」


 俺は今まで、本当の意味で人を信じてきたことがあっただろうか。


 いや、もちろんあったのだろう。そうしなくては、人は生きていくことはできないからだ。だからきっと、どこかしらの部分で、俺は人を信じて頼ってきた。


 だがいつからだろうか。俺の信じるという行為が、段々と口だけになっていったのは。


 信じている、信頼している。

 この言葉が、いつしか自分にとって、人を使う時だけの都合のいい言葉になって行ったのは。


 結局俺はずっと一人だった。トッププレイヤーがどうだの、レベルを上げるのがどうだの、ソロプレイの方が気が楽だの、全部いい訳だった。


 ただ、他の人に寄り掛かるのが怖かっただけだ。俺は本当に臆病者だった。


 でも、もうやめにしなくてはならない。


 俺だってこの世界で一生を過ごすことなんて求めていない。


 あくまでゲームはゲーム。生活の舞台ではない。


「分かった。俺は君を信じてみる」


 彼女のステータスを見る。そこには、先ほどまで見えていなかった、名前がはっきりと表示されていた。


「なんで色々と隠してたのか、後で聞かせてくれ」


「もちろん」


 俺はナイフを構える。


 さっきから何度も失敗してきた。


 失敗は許されない場面で、何度も失敗してきた。そのしわ寄せが、他の人たちによって償われた。


 俺がミスれば人が死ぬ。何の罪もない人たちが、目的不明のテロリストどもに、俺のミスに殺される。


 現実世界に戻った時、きっと彼らの死因が語られることは無いだろう。なぜなら、ゲームの中の世界での出来事を、現実世界の人々が検証することはできないからだ。


 それでも、罪の意識は残り続ける。それと同時に、彼らの人を助ける行いも、俺たちの中に生き続ける。


 ならば、俺は死んだ人たちを殺してはいけない。絶対に生きて、彼らの最後を伝えなくてはならない。


 俺は考える。どうすれば、目の前のボスを倒せるか。


 考えなしに突っ込んでも、さっきと同じ様に効果が切れる。

 だが首元に狙いをつけすぎて、動きが遅くなってしまったら本末転倒だ。


 トップスピードで、首元に攻撃しクリティカルを出す。それをあと三回ほど。


 これが中々に難しい。


 だが、俺は信じることにした。いや、信じざるを得ないのだ。


 もう彼女に頼るしか道は残されていない。


 他のプレイヤーたちも、必死に攻撃や回避を繰り返して、俺が再び戦えるようになるまでの時間稼ぎをしてくれている。


 だが、時間稼ぎはできても倒すことはできない。このままではジリ貧だ。


 まともなダメージを与えられるのは、俺と彼女くらいしかいない。その上俺はクリティカルを、彼女は数を打ち込まなくてはならない。


 自分にできない部分は、他を頼るしかない。


「今から、俺はあいつに突っ込む。うまくいったとしても、クリティカルを出せるのはせいぜい二回くらいだと思う」


「うん」


「本当の俺は臆病で、本当は自分の命を他の人に預けたりなんて、怖くてできないような奴だ」


「うん」


「だから、格好悪いけどさ。俺に、人を信用してもいいんだってことを、教えてくれないか?」


 すると彼女は槍を構えた。


 白銀の刃が輝き、彼女の目はまっすぐにボスだけを捉えていた。


「大丈夫。君は死なない。私と、みんながついてる」


 俺は覚悟を決める。


「……ふぅー、ありがとう。スミ」


 もう他のプレイヤーも満身創痍。まともに攻撃を受ければ即死、かすっても大ダメージ。そんな敵と戦っているのだから当然だ。


 でもそれを当たり前だとは思わない。


 俺がもっと強くて、できる奴だったら、彼らが死のギリギリで戦うことも無かった。


 でもそうじゃない。俺は臆病で、別にすごい奴でもなんでもなかった。


 なら仕方ない、割り切ろう。割り切るしかないんだ。彼らの犠牲は仕方なかった、でも絶対に無駄にはしない。犬死にだけは、絶対にさせない。


「バスター・キル」


 そう唱えたとき、他のプレイヤーたちは、一斉にボスから離れた。

 もう、彼らの数は少ない。


 そしてボスの視線は俺を貫く。


 俺が一歩踏み出したとき、後ろに流れていく景色が色を失い、風となって消えていった。

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