第10話 諸刃の剣と主人公

 俺は間違えた。


 その結果は、残酷なくらいに目に焼き付いている。


 人の命が、ただのデータのようだった。数字が減っただけ、ゲージが無くなっただけで、人の命が消滅した。


「あ、ああ……」


 きっと彼は良い人だった。多くのチームメンバをまとめ、俺の話も聞いてくれた。絶望から立ち直り、俺を見てくれた。


 最後だって、ほとんど初対面の俺を助けるために死んだ。理由も、俺がいなければ、ボスを倒せないという、彼なりのよみからだ。


 それに死ぬ直前も、チームメンバーのことも心配していた。俺は死ぬ直前に、他人を思いやれるだろうか。


 自己犠牲の美しい精神のように見えて、彼は大きな誤算をしている。


 それは彼が思っているほど、俺は優れた人間では無いと言う事だ。確かに、この場でのレベルは俺が一番高いかもしれない。一番経験があるかもしれない。


 だが、それは必ずしも人としての力に直結はしていないのだ。大勢の人間を巻き込むのが俺なら、大勢の人間をまとめ上げるのが彼だったのだ。


 死ぬべきは俺だった。


 キングリザードに隠れているので、今彼らはレグが死ぬ瞬間を見ていなかっただろう。それが唯一の救いでも、地獄でもあった。


 すると、俺の周辺が一段階暗くなった。徐々に影は大きくなり、上を向けばそこには、特大の拳を振り下ろしているキングリザードが見えた。


「よけろッ!」


 動けなくなっていた俺に、誰かが声を上げた。

 その声に反応して、反射でその場から退避する。拳が地面を叩きつけ、飛び散った地面の破片が俺の頬をかすめた。赤いダメージエフェクトが光り、HPが少し減少する。


 反射的に避けたので、ロクな受け身も取れず、横にゴロゴロと転がりながら飛ばされる。


「大丈夫か!?」


 俺に手がのばされる。その手を取ろうとして、視線をその手の持ち主に向ける。


 その男は、レグのチームメンバーの一人だった。絶望しきっていた彼らを、レグは何とか説得してここまで連れてきてくれた。そのうちの一人。


 彼は、いや彼らは、俺を助けるためにレグが死んだと知ればどうなるだろうか。きっと再び絶望し、もう戦えるような状態になることは無いだろう。


 俺を、恨むだろうか。恨んでいるだろうか。


 俺はその手を取らずに、ふらつく足を無理矢理立たせた。


「なあキラ、レグさんはどうなったんだ? さっき盾を構えて、キラを守りに行ったからよ。ま、お前が元気なら、あの人も大丈夫か」


「……」


 違う。レグは俺を守ったのではない、身代わりになったのだ。


「レ、レグ、は……」


「ほらボサッとしないッ!」


 目の前で火花が散ったかと思うと、フードの人が槍でボスを攻撃していた。だがボスの動きは行動変化を起こす前よりも、明らかに早くなっている。


 フードの人や、他の人も全力で戦っているが、HPの減らし具合は芳しくない。


 むしろこちら側が大きく減らされている状況だ。直撃を受け一撃で即死ということは無いが、ボスの攻撃を武器で受けきれなくて、ダメージを受けていることが多い。


 このままでは時間の問題だ。ボスのHPを減らし切るよりも、先にこちらのHPが無くなるだろう。


 どうすればいい。


 俺には、もう一人の命ものっている。なんの意味もなく死んでしまったら、レグを犬死させることになる。それは駄目だ。


 だからなんとしてでも、一生恨まれ続けても、彼らを生き残らせなければならない。


 どうすれば彼らと……あ。


 俺は見逃していた。いや、気づきたくなかっただけかもしれない。所詮俺だってただの人間だ、当然死にたくない。だから自分に大きなリスクが掛かることを、無意識のうちに避けていたのだ。


 死にたくない、でもそれはレグだって同じだったはずだ。でも彼は死に、仲間を俺に託した。きっと彼は、俺がどんな敵も倒し、ここから出る姿を目に映たのだろう。


 でもそんなにここは甘くない。俺がこれから先、彼らを守り切れる保証なんて無いし、生き延びられる保証なんてない。


 心が折れて、今この瞬間にもナイフを投げ捨ててしまうかもしれない。


 でも彼が人生を賭けて守ってくれたこの命だけは、絶対に活躍させる。本当のヒーローに報いるために、俺は戦わ無ければならない。


「みんな下がっててくれ。広い範囲を必要とするスキルだ、みんなを巻きこまない保証はない」


 このスキルは、「暗殺者」固有スキルだ。とても強力だが、広い範囲が必要だ。


 これから俺は分の悪い戦いをする。そして多分死ぬ。


 なら最後くらい、主人公っぽく戦いたい。そう思うのは仕方ないことだろう?


 結局俺はレグが求めたように、この世界から解放されるまで、戦って勝ち続けることはできない。


 だが彼らが一人でも多く、この場から生き延びさせることはできるだろう。


「バスター・キル」


 「バスター・キル」とは、ある意味今の俺の最終兵器だ。


 そのスキルの効果は、エナジードリンクと同じ様なものだ。力の前借で、使用すれば一定時間身体能力が向上する。


 その代償に、効果が切れると一定時間ほとんど動けなくなる。MPの消費は多くない代わりに、ステータスが一時的に大幅に減少するのだ。


 短期決戦型で、長期戦には向いていない。だから時間のかかるボス戦などには、あまり適性が無い。


 加えてその効果期間中に倒せなければ、俺は役に立たない置物になってしまう。そうなってしまえば確実に死ぬだろう。


 だから本当は使わないつもりだったし、使いたくなかった。でもそうも言っていられない。


 もう俺の命は、たった一人のものでは無くなってしまったのだ。


 死の責任。それは呪いでもあるかのように、俺を包み込む。


 ステータスウィンドウの自分の数値がぐっと上昇する。


「うおああああああああ!」


 全速力でボスへと向かう。


 キングリザードは全力で突っ込む俺の方を見る。次に起こす行動は、当然迎撃だろう。


 ボスは、素早い動きで俺へ拳を振るった。最初よりも数段階スピードが上がっている。


 その拳を右方向へ回避。直後、ボスは俺に向かって直進してきた。物量で押しつぶす気だろうか。確かに、自分の何倍もあるボスの身体にタックルされればひとたまりもない。


 俺は上に飛び跳ねる。空中でくるりと体の方向を変え、天井に足が来るようにする。勢いをそのままに、天井を蹴り上げる。そしてさらに加速する。


 ボスにナイフを突き立てて攻撃。それに気づいたボスが迎え撃つ。回避して加速。また攻撃。避ける、加速、攻撃。避ける、加速、攻撃。


 この繰り返し。


 俺はまるで狭い部屋で、縦横無尽に飛び跳ね回るスーパーボールのようだった。


 だが何度攻撃しても、自身の動きが速すぎてクリティカルを狙うことができない。急所の首を、うまい具合に攻撃できないのだ。


 だから与えているダメージ量は、俺の動きに対してあまり大きくない。


 そこに焦りが出て来る。


 もしここで倒し切れなかったら? もし大したダメージを与えれなかったら? もし何もできずに犬死したら?


 その恐怖にも似た焦りが、徐々に俺を蝕んだ。また、同じ過ちを繰り返す。


 すると一度、偶然クリティカルダメージを出すことができた。ボスのHPが大幅に減少し、あと三回急所にダメージを与えることができれば撃破できそうだ。


 そうだ気合を入れろ。


 死ぬ気でやっても、死にたくなんて無いんだ。


 死なないように、死ぬ気でやるしかない。


 あと三回、あと三回だ! それでみんなが助かるんだ!


 加速しきった体を、足で支え地面に突き刺し踏ん張る。そのままバネのように蹴り上げて加速させる。そしてこのまま何度も加速させ、ボスを倒し切る。そう、するつもりだった。


「ぅあ?」


 今までの、加速し体が前にぶっ飛ぶ感覚がない。


 そして自分自身の加速スピードに耐えられず、そのまま体が後ろに吹っ飛んだ。地面が抉れ、足にダメージエフェクトが現れた。


 吹っ飛び、壁に激突。俺のHPバーが削れていった。


「な、んで」


 体を起こそうとする。だが動きがあまりに鈍い。


 思考が止まった。でも答えは簡単だったのだ。


 スキルの効果時間が終了したのだ。


 つまり、俺の負けだ。

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