第9話 最初に
部屋の中は、薄暗かった外に比べて、少しだけ明るかった。ボス部屋に近づけば近づくほど、明るくなっていたのも、この部屋が原因なのかもしれない。
たいまつの炎が灯り、地面も薄明るく発光している。そして部屋の中央には、怪しげな大岩が設置されてある。その大岩から、怪しげな光が出ている。
どうやら、ダンジョンの不可思議な明度は、これが作り出していたらしい。
「……」
全員で慎重に進んでいく。もうここはボス部屋だ。何が起こっても不思議ではない。次の瞬間にも、自分のHPが消し飛んでいても、なんらおかしくは無いのだ。
「うす暗えとこだなあ。電源入れてる時の、こたつの中にいるみてえだぜ」
レグは良く分からない例えを使って、部屋を物色している。
俺はこの部屋で一番目立っているオブジェクト、大岩に近づいた。見たところ、自分の体の何倍もあろうかと言う大きさの巨大な岩、という感想だけだった。特筆すべきものはなさそうである。
だが岩に手を触れた瞬間、それがただの岩ではないことが瞬時に分かった。
この岩、鼓動している!?
その直後だった。
何も動きの無かったその部屋のギミックが、稼働し始めた。部屋はだんだんと薄暗い部屋から、明るい部屋へ。壁のたいまつは、先ほどの倍以上の炎を上げる。そして、部屋の中央の大岩は、ミシミシと音を立てて割れ始めた。
岩の割れ目からは、まばゆい光が漏れ出し辺りを白く染め上げた。ステータスウィンドウに、強敵の表示が現れたかと思うと、ボスのHPバーが伸び始めた。つまり、ボスが俺たちの前に出現したと言う事だ。
どこに? そんなの決まっている、この大岩だ。この岩がボスの卵のようなものだったのだ。
「みんなこの岩から離れろ!」
俺は自分の声量を、限界まで上げて叫んだ。その声が部屋に響いた直後、大きな爆発音が鳴った。地面がビリビリと振動し、爆風で目が明けていられなくなった。
砕けた石や部屋の装飾が吹き飛ばされ、体に当たるたびに少しずつダメージを受ける。両腕を交差して耐えようとするも、じりじりと後ろに体がのけぞってしまう。
「グギャアアアアアアアアアアアアッ!」
怪獣の咆哮がした。
その声の持ち主は、まるで二足歩行の爬虫類のような見た目をしていた。
体は全身にうろこがあり、目は蛇のようにギラギラと黄金色に光っている。大きな両手の爪は、凶悪な威圧感を感じさせた。
すくむ体を無理にも動かす。一度後ろに下がってしまえば、絶対にもう二度と立ち向かえなくなってしまうだろう。だから少しでも前に出なくてはならない。
「みんな、俺が攻撃を引き付ける。そのすきに攻撃してくれ……」
俺はナイフを握りしめる。
このメンバーの中では、スピードだけなら圧倒的に俺が一番だ。誰にも負けることは無いだろう。だが通常の攻撃力においては話は別だ。
暗殺者ジョブの難しいところで、クリティカルを出せれば、高いボーナスダメージで大きく敵のHPを減らすことができる。だがクリティカル以外の攻撃はそこまで高くない。
それならば俺が攻撃をよけ続け、味方に攻撃してもらった方が良い。隙を見て、クリティカルが狙えそうなら狙っていく。この作戦が一番最善のはずだ。
ただし、まともに攻撃を受ければ、一撃で死ぬだろう。俺は防御力もHPもそこまで高くない。
一ミスも許されない鬼畜ゲーだ。
「最悪だ、こんなに分の悪い戦いは初めてだ」
「でもやらなきゃ、でしょ?」
フードの人が槍を構える。
「いい加減名前とか教えてくれよ。君だけ素性が一切分からない」
「勝ったら、ね」
ボスがこちらへ向かってきた。あまり速くは無いが、その重量で部屋が振動している。
「攻撃は任せなぁ! レグ隊、行くぜッ!」
レグはチームメンバーを引き連れてボスに飛び出す。彼は剣と盾を装備している、ジョブは戦士か。
その他のプレイヤーも、レグの後ろをついて行った。もうそこに先ほどまでの虚無感は無い。闘志があるのみだ。
フードの人も、素早い動きでボスを挟み込む。
あとは俺が役割を果たすだけだ。
全力で大地を蹴り上げる。ボスの元へ全速力で跳んだ。
「グギャアアアアアアアアアッ!」
ボス名、キングリザード。その大きなカギ爪と肢体が持ち武器。
つまり大雑把なんだ。動きがのろいんだよ。
レグたちを狙って振り下ろしたその腕を、ナイフで斬りつける。HPバーも大して減らず、切断するほどの力も無いが、レグたちが攻撃を回避する時間稼ぎには十分だ。
その間にレグたちはボスへと攻撃をする。フードの人も、スキルを使用しているのか、不思議な動きでボスの攻撃を回避しつつ攻撃している。
とにかく俺は奴の行動を妨害し続ける。攻撃を繰り出そうものなら、その部位にダメージを与えて鈍らせる。視点を俺に向けさせる、など。
俺の影響もあるとは思うが、フードの人もレグの人もみんなも、攻撃を直撃させられることは無かった。
レグたちやフードの人の攻撃によって、徐々に敵のHPバーが減っていく。少しずつではあるが、決して悪くない進行度だ。
だが。
俺は一抹の不安を感じた。確かに順調に進んでいる。だが順調に行き過ぎている。
今まで、何度か他のボスと戦ったことがあったが、誰もゲームオーバーにならない、なんてことは無かった。絶対に誰かしら、攻撃に耐えきれず、回復も間に合わずに脱落する。それも、トッププレイヤーたちが、だ。
ここにいるのは、確かにまともに戦えるだけのレベルやスキルはあるにせよ、トップでやっていけるだけの力はない。俺ですらギリギリだったのだ。
内心焦っていたのだ。攻撃を回避し、仲間への攻撃を妨害し、注目を俺に向けさせる。簡単ではなかったが、特別に難しいことでもなかった。それが、俺を焦らせた。
だからだろう。その時、俺がそれに対処できなかったのは。
レグたちの攻撃で、一瞬ボスに隙が生まれた。どうやら足元を攻撃した際、ボスがひるんだらしいのだ。
今だ、いける!
俺はスキル、「レッド・ナイフ」を発動させる。ナイフが赤色の光を帯び、線をえがいた。
この一撃で終わらせる!
それは、俺が結果を早く求めすぎた結果だった。
確かに俺はクリティカルダメージを与え、「レッド・ナイフ」の相乗効果もあって、大ダメージを与えた。だがキングリザードのHPバーは、ある一定の場所から減りが止まった。
確実にそれ以上のダメージを与えていたにも関わらず、だ。ボスのHPバーの三分の一ピッタリで止まり、そしてボスのHPバーの色が緑から赤に変わった。
しまった、行動変化だ。完全に頭から抜けていた。
行動変化とは、一定のHPを減らすと、今までとは異なった挙動をするというものだ。それも、大体の挙動変化は、敵が強化されるのだ。
全ての敵が行動変化を起こすわけでは無いが、ボスがそれを行う可能性は高い。普段なら考えにあったはずなのに、完全にそのことを失念していたのだ。
首を狙って飛び上がった状態の俺は、ボスから見れば格好のエサだろう。ボスは俺に向かって拳を突き出した。
行動変化を起こす前とは比べ物にならないほどの素早さだ。回避は、無理か。
走馬灯のように、いろいろな感情が湧き出てきた。だが不思議と落ち着いていた。死を身近に感じすぎた影響か、あまり実感が無かったのかもしれない。
でも、まだ死にたくなかったな。
俺はぎゅっと目を閉じ、その時を待った。
次の瞬間、体に大きな衝撃が走り、後ろの方向へ大きく吹っ飛ばされた。
何かが壊れる音が大きく響き、重い衝撃が全身に走った。きっとあと数秒で俺のHPはゼロになり、死ぬのだろう。
現実世界の俺は、まるで眠り続けているかのように、二度と目覚めないのだろう。
俺は目を開け、死ぬ瞬間を見ようとした。だが、死ぬ瞬間であったのは、俺では無かった。
「な、んで、アンタが……」
粉々に砕けた縦の破片を握りしめ、下半身が吹き飛び赤い光となっている男に、俺は声をかけた。男のHPバーはものすごいスピードで減って行っている。
男は俺を庇って攻撃を受けたのだろう。俺に覆いかぶさるような体勢になっていた。
その男、レグは俺の胸を力いっぱい叩いた。
「何焦って突っ込んでんだ馬鹿。お前がいなきゃ、あいつをどうやって倒すんだよ……」
「待ってろ、今回復薬を」
そう言ってウィンドウを開いた俺の手を、レグは止めた。
「止めろ、どうせ助からない。そんで悪かった、お前に負担をかけすぎた。どれだけ強くても俺たちはただの人間で、そんなこと知ってたはずなのに。ここまで順調にいってたのも、お前のアシストがあったからだ」
レグは最後、
「俺がお前を助けたんだ、俺は人の命を助けたヒーローだ! だからお前はもっと人を助けて、俺の命の価値を上げ続けろ! ……だから、あいつらを、頼む……やっぱり、死ぬのは、怖いなあ」
そう言って死んだ。HPのゲージがゼロになり、彼の意識は消滅した。俺の上にかぶさっているものが、プレイヤーからただのオブジェクトになってしまった。
「あ、あああ……」
俺のミスで、一人の仲間を殺してしまった。
最初に仲間を殺したのはボスではなく、俺のミスだった。
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