第8話 見て

 ダンジョンの内部に、一般のモンスターはあまり出現しなかった。たまにスライムや、骨犬兵ほねけんぺいという、犬の骨のモンスターが出て来るだけだった。


 それらのモンスターも特別強い訳ではなく、ゲームの初めの方から出現するモンスターだ。ライトユーザーでてこずる人はいたものの、俺やフードの人、その他にも戦闘慣れしている人はまず苦戦しなかった。


 だがそれが逆に不気味でもある。先ほどの非常事態の影響が、どこまであるのかは分からないが、ここはボスダンジョンだ。ボスダンジョンは、道中の敵にも苦戦するのが一般的だ。


 今までで参加したボスダンジョンも、道中の敵もなかなかに手ごわかった覚えがある。


 道中の敵がいなくても問題ない、と言う事だろうか。それほどにボスが強力なのだと、直々に教えられているような気がする。


 今、俺は殿から一番前のポジションにいる。なんだかんだ言っても、全員のレベルやスキルを見ると、俺が一番前の方が何かと都合が良かったのだ。


 俺の後ろには、協力してくれた仲間たちがいる。あそこにいたほとんどの人が、協力してくれることになったのだ。


 ほとんど、と言うのは、全員ではないと言う事だ。それほど、トラウマと言う物は手ごわく、払しょくしきれるものでは無い。


「このダンジョン、それほど大きくはないみたいだね」


 俺の隣を歩いている、フードの人が声をかけてくる。その手には長い槍が握られており、その槍は命を奪ったものだった。


 フードの人にとってはトラウマにもなりかねない武器だが、しっかりと握られている。いろいろな葛藤があったはずだが、武器を取って共に戦ってくれる。それに俺は心強さを覚えた。


「ああ、思ったよりも広くはなさそうだ。マップに書かれてある範囲も、そろそろ探索し終えそうだしな」


 ダンジョンに入れば、誰でもマップを見ることができる。ただし、訪れた場所しか詳しくは表示されない。初めから見ることができるのは、ダンジョンの範囲だけだ。


 そしてボス部屋の表記はまだ見つかっていない。だが、そろそろ範囲内の全ての場所を歩き終える。今向かっている最後の区画に、ボス部屋へと繋がる扉があるはずだ。


 徐々に心音が上がって来る。誰も言葉を発さないせいか、声ではなく心臓の音だけが響き渡る。


 そして考えていた通り、はそこにあった。


 洞窟っぽい内装には似つかわしくない、仰々しいその大きな扉は、地獄の門に見えた。重苦しいその扉は、とても人の力では開ける事の出来なさそうな風貌をしている。


 俺は後ろを振り返り、全員の顔を見る。みんなの表情から、温かみとかそういう類のものは消えてなくなっていた。


 代わりにあるのは、緊張と恐怖だった。しっかりと戦っていけるのかという緊張。ボスに負けて死んでしまうのではないか、という恐怖。


 普通の生活を送っていたのならば、感じることのなかったものだ。


 俺はここにいる十六人全てに、覚悟を迫った。自分の命を使って戦え、と。


 ここまで来て拒むものはいなかった。


 一人の男が俺の肩に手を置いた。


 その男は、初めに俺と会話を成立させてくれた、鎧姿の男だった。彼が協力してくれることになり、他の人も続々と協力してくれた。


「初めに言っておきたいことがある。俺はお前みたいに強くない。まあ人望はあるけどな、モテるんだよ」


 周囲から微笑が洩れる。どうやら彼らの一部は、仲の良いゲーマーのチームだったらしい。この男がその元締め役を買っていた人物だったらしい。


「仲間が何人も死んじまったんだ。ここにいる奴は、本当に運が良かっただけの奴なんだ。生き残ったかと思えば、今度はダンジョンから出られねえ。もう死んだもんだと思ってた、何もしたくなくなっちまったんだ。そんなゾンビみたいになった俺たちを、なんとか生き返らせてくれたのはお前だ。だから……」


 俺は少し複雑な気持ちだった。彼らに期待されても、あれが俺の限界だったのだ。だからこれ以上求められても、出せるものが無い。


「感謝してる。ありがとう。一度死んじまった命で良けりゃ、お前に託すぜ、キラ」


 その男はニッと笑った。笑顔を見たのはいつぶりだろうか。いや、非常事態になってから、実際まだあまり時間は経っていないのかもしれない。それでも、俺には久しぶりに思えた。


 この男は、空気を良い方向へと持って行ってくれようとしている。なら、それに乗っかるのが得策だ。

 

「そうか、アンタモテるのか。アバターはいくら課金したんだ?」


「言いやがったなこの野郎!」


 男は笑いながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。きっと本来の彼は、こんな感じなのだろう。ムードメーカーで、仲間の緊張もほぐすことのできる人物。


 初対面の俺にも、気さくに会話ができる。彼のチームメンバーも、きっと彼のそんな性格にひかれてチームになったのだろう。先ほどまでの、緊張と恐怖と絶望で重苦しかった空気も、いつの間にか少し和らいでいる気がした。


「自己紹介がまだだったな。俺の名前はレグ、一応チームリーダーだ。まあ、ステータスウィンドウで名前は知ってるだろうけどな。この戦いが終わったらさ、お前もチームに入ってくれよ。お前がいてくれれば心強いしよ。まあまだ戦ってるとこ見てねえけどな、がはは」


 チームか、悪くないな。俺は一瞬だけそんなことを考えた。


 俺は基本的にゲームはソロプレイ派だった。特に深い理由は無いが、しいて言うなら周りに気を使わなくていいからだろうか。


 足を引っ張ったり引っ張られたりするのが、チームプレイでのお約束だ。一緒に協力し、サポートし合うのが楽しい、と言う人もいる。


 その通りだ。俺はチームプレイの楽しさも十分に知っているし、それが好きな人の気持ちも良く分かる。


 もともとは俺だって、トッププレイヤーの集団の中にいた。基本は一人でレベル上げなどをし、ボス戦などの大イベントの時に集まるのだ。

 そういう遊び方も、中々に楽しかった。


 ただしそれは普通のゲームである場合だ。命が掛かっている今の状況において、一つのミスが命取りになる。


 自分が犯した少しのミスで、仲間を殺してしまうかもしれないのだ。


「あ、ああ。まあ、考えておくよ」


 だから、俺は煮え切らない返事をした。


 そのことに何かを感じ取ったのか、レグはそれ以上このことに関して、話題に挙げなかった。


「悪いな」


 俺はレグに気を使わせてしまった。そのことに謝罪する。

 だがレグはニッと笑い、屈託のない笑顔を見せた。ついさっきまで、絶望の真っただ中にいたとは思えなかった。


「気にすんなよ。それよりも今からボス戦だぜ? そっちの心配をだな」


「分かってるよ。……全員で生き残ろう。全員でここから、この世界から脱出するんだ」


 レグの表情は明るかった。だがその目は、どこか弱弱しかった。当たり前だ。死ぬ可能性のある場所に向かうのだ。元気一杯であるはずがない。


 それでも、彼は俺に協力すると言ってから、一言も弱音を吐かなくなった。それは他の人の気分を落とさないため、というのもあるだろう。

 だが、それは他の人だけでなく自分にも適応される。ここで恐怖に負けて、負の感情を吐き出してしまえば、もう止めることはできなくなってしまうだろう。


 俺はボス部屋の扉に手をかける。

 重い鉄の触り心地だ。ひんやりと冷たく、一人じゃ絶対に動かせないだろう。


 だが、ぐっと力を込めて押すと、少しずつ扉が動き始めた。ゲームの世界での自分の能力と、現実世界での能力がかみ合わない時が、稀にあるため脳がうまい具合にバグる。


 この巨大な鉄の扉も、自分一人で押し開けているのが不思議な感覚だ。


 両開きの扉をある一定の開き具合まで開けると、自動で開き始めた。


 先ほどまでの和んだ空気感から一変して、再び緊張感が全員に走った。今から命のやり取りをするのだと。

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