第7話 上でも対等でなく
一度入ったダンジョンからは、そのダンジョンのボスや目標モンスターを倒すまでは、出ることはできない。どんなに絶望的な状況でも、決して脱出することは不可能だ。
だが一つだけ脱出する方法がある。それは「脱出のお札」を使う事だ。これは貴重なレアアイテムだが、一度使ってしまえば消えてしまう消耗品だ。その効果は文字通り、一度だけどんなダンジョンからでも脱出することができる。
奴らは意外と頭が切れるようだ。トッププレイヤー、それも先発隊となってアイテムを回収し集める。そして、高難易度のダンジョンにプレイヤーを集める。混乱させ、大量に殺し、残った数少ないプレイヤーをダンジョンに殺させる。
奴らは俺を見逃したのかと思った。でも違った。別に直々に、リスクを取って戦って殺すまでも無いのだ。消耗しきった俺たちを、リスクを取らずに確実に消す方法。それは自分たち以外に仕事を押し付ければいいのだ。押し付けられた先が、第四のボスってだけの話だ。
何人生きているんだ?
俺は薄暗い洞窟のようなダンジョンの中を、ふらふらと歩く。ついさきほどまで、大規模なレイド戦に心を躍らせていたゲーマーたちの姿は消えてしまった。
大多数が、地面に赤い光に包まれて転がっていた。無作為に転がっているそれを見続けていると、だんだんと気分が悪くなってきた。
悪い夢のようだが、夢ではない。ゲームの世界だが、死だけは現実なのだ。ここに無造作に転がっている亡骸も、ゲームの中だけの話じゃない。それが、あまりにグロテスクな事実として目の前に突き出される。
「そういや、さっきのあのフードの人はどこに行ったんだ?」
フードの人、と言うのは少しだけ言葉を交わした人物だ。謎が多く、不思議なスキルも持っていたので気になっていたのだ。だが、テロリストの襲撃があってからは行方不明になってしまった。恐らくあまり遠くには行っていないはずだが……。
その時、脳裏に嫌な予感がかすめた。何も残さず、地面に転がっているその姿があるような気がして、俺は下から目をそらした。上を向いて歩く、のではない。ただ下から目をそらしているだけだ。もう何も見たくないのだ。
しばらくそのあたりをうろうろとしていたが、何やら人のシルエットが見えてきた。そのシルエットは俺が探していた人物のものだと気づくのに、時間はかからなかった。
「良かった! 生きてたんだな……」
「……」
じっと立ち尽くしたまま動かない。どうしたのだろうか。少しずつ近づいてみると、その理由が分かった。
フードの人の手には長い槍が握られており、その先端、刃の部分には人が突き刺さっていた。壁に突き刺すように、男をピンでとめるかのように刺さっていた。
男に槍が突き刺さっており、赤いダメージエフェクトが漏れ出ていた。男はピクリとも動かず、目は大きく見開かれている。つまり、死んでいた。
するとフードの人は俺に気付いたのか、俺の方に視線をよこした、気がした。
「人を殺すのってこんな気分なんだね。いくら自分の敵だとしても……慣れそうにないや」
「君が、やったのか?」
「トドメは別の人。私は槍を刺して動けないようにした。トドメをさした人は他のテロリストに殺された」
槍を引き抜き、壁に張りつけになっていた男が崩れ落ちる。こうして彼も、地面に転がる無作為な物体のうちの一つになった。
「敵だから仕方ない、テロリストなんだから殺して当たり前。そんな考えに切り替えてやってみた。でも気分は晴れない、最悪の気分だ」
顔が見えないので、表情は分からない。だが予測することはできる。きっと苦虫を嚙み潰したよう、では済まない。
俺は殺してはいない。だが、明らかな殺意を持って人を傷つけた。あと一歩で殺しかけた。
相手がたとえ人類の敵でも、殺意を持って殺そうとすることは予想よりも堪える。段々と自分が自分でなくなっていくような、そんな感覚に陥っていく。人の感情の中で、殺意だけが別物なのではないかと思わせるほどに。
「ここから出してくれえっ!」
入口の方から、誰かの声が聞こえた。それも一人ではない、何人かの声が重複して聞こえた。
そのどれもが悲痛な叫び声で、死と隣り合わせの人間だからこそ出せる声だった。
だが無駄なのだ。どれだけ声を上げようが、脱出のお札を持っていない限り、このダンジョンから抜け出すことはできない。だがレアなアイテムは、すでにテロリストたちに独占されてしまっている。
つまりボスと戦って、勝つしか方法は無いのだ。
二人でダンジョンの入り口まで戻る。するとそこには、生き残った人たちが、必死に入り口の壁を叩き続けていた。だが入り口はすでに閉ざされ、何の動きもない。
彼らの目は、すでに輝きを失っていた。絶望し、心は死まで秒読みだ。生きていながら、少しずつ死んでいく。まるで毒のようだ。
俺はこんなところで死にたくない。絶対にここから脱出して生きていきたい。それはみんな同じだろう。
俺一人でボスを倒すことは不可能だ。だがなんといえば、一緒にみんなは戦ってくれるだろうか。
もうすでに多大な恐怖を味わった後だ。俺も存分に味わった。その俺が、みんなを奮起させ、戦うムードを作れるだろうか。
「なあ、みんな聞いてくれ。みんなも知ってるかとは思うが、ダンジョンからはアイテムが無い限り、絶対に出られないんだ。だからみんなでボスを」
「んなこと分かってんだよッ! さっきので訳も分かんねえまま何人死んだ!? こんな少なくなった人数で勝てる訳ねえだろ。自殺してえなら一人でやれよ!」
彼らの目は、同じように俺へ嫌悪の目を見せていた。だがその目は、俺を映していなかった。
「……ッ」
こんな時、どんな言葉が正しいのか。
彼らは絶望している。ならば、ここではっぱをかけても無駄なのではないか?
経験がある。自分がしんどい時、苦しい時、「頑張れ」と言われて頑張ろうという気に、なったことがあるだろうか。いや、俺は一度たりとも無い。
俺がすべきは対等な位置での奮起ではなく、下の立場からの懇願だ。切実に自分の力になって欲しいと、協力を申し出ることだ。自分の方が上だとか、正しいかのは自分だとか、そんなことを思ってはいけない。
「……俺は、ずっと自分が強いって思ってたんだ。トッププレイヤーって、呼ばれることが心地よくて、大して実力もないのに、奴らと一緒になってダンジョンに潜ってた。今日分かったんだ。俺の実力の無さが。きっと俺一人でボスと戦っても、なんの成果もあげられずに無駄死にするだろう。だから、みんなの力を貸してほしい」
頭を深々と下げる。視線が痛い。
これほどまでに、自分に注目が集まったことがあっただろうか。叫び声はやみ、代わりに静寂が蔓延している。この空気感が、痛くて張り裂けそうだった。
フードの人は、何も言わなかったが、俺の隣で同じように頭を下げた。
しばらくの静寂の後、一人の男が口を開いた。それは独白のようでもあって、おおよそ人間らしい感情の表れでもあった。
鎧姿の彼は、力なく俺へ訴えかけた。
「違うんだ……俺たちはお前が嫌いでも憎い訳でもないんだ。ただ怖いんだ! あっけなく殺されて、自分の存在が空気みたいに消えていくと思うと、体が動かない。あんたと違って弱いんだ、戦う気なんて、一人じゃどう頑張っても起きない」
その声は震えていた。だがそこに、俺への嫌悪感は無く、対話への意志が感じられた。
彼らは俺を見ていた。その瞳に、俺を映していた。
一人で覚悟を決めることの難しさを知っている。だから彼らは覚悟を俺にゆだねた。
空気のように消えてなくなる。現実世界の自分の身体は、ただの抜け殻。本当の自分は、今、ここにいる。死ねば、抜け殻だけが残り、眠るように世界から姿を消す。
俺だって怖い。まだ、やりたいことだってたくさんある。でもみんな同じなんだ。怖いのは自分一人じゃない。それを知るべきだ。
ならば、俺がするべきことは一つだ。
「俺がみんなをここから出す。だからみんなは俺をここから出してくれ!」
決してそろう事のない人の心が、一瞬だけ混じり合った瞬間であった。
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