第6話 悔しさの価値は
こいつらをここで逃がせば、これから先、大変なことになる。
こいつらの目的は不明だが、歴史に刻まれるであろう大量殺人を犯すつもりなのは間違いなさそうだ。ゲーム世界で殺し、現実世界でも殺す。文字通り、全世界を蹂躙する。全く持って現実味がない、だが目をそらすことはできない。
たちの悪いことに、こいつらはトッププレイヤーでもある。並みのプレイヤーが相手をするのは厳しいだろう。
だから同じトッププレイヤーの俺が、ここで止めなければならない。
手が震える。理屈ではわかっていても、戦って死ぬのは怖い。当然だろう、娯楽から急に命を賭けることになるなんて、だれが予想できたであろう。いや、予想している人はいたのかもしれない。ただ、あまりにも現実味が無さすぎたのだ。
負けの許されないデスゲーム。ゲームと名前についているが、もはやゲームではなく戦争だ。これはゲーマーたちと、テロリストの殺し合いだ。
ナイフを構え、スキルを発動させる。暗殺者固有スキル、「レッドナイフ」。クリティカルダメージのダメージ補正が上昇する。手元のナイフの刃が赤く輝き、殺意を充満させている。
クリティカルダメージ、つまり奴の首にダメージを与えることができれば、一撃で倒し切ることができる。強力なスキルだが、連続しては使えない。次使うためには、時間を空ける必要があるのだ。
外せない、外せば後がない。ここで死ぬか、奴らを殺すかだ。
俺は一気に距離を詰める。狙うは正面から弱点へ、という訳ではない。一瞬の瞬間を見逃さない。奴が俺めがけて振った鉈を、寸前のところでナイフではじき受け流す。そのまま止まらずに、奴の後ろへと突き抜ける。
男は俺の姿を一瞬見失った。だがすぐに勘づくだろう。しかしその一瞬の時間が、俺にとってはチャンスで、奴にとっては命取りだ。
俺は右足を軸に方向を奴に向ける。その回転した勢いで、奴の首に向けてナイフを振る。奴も当然それに気付き、体をそらそうとする。
「ここで仕留めるッ!」
確かな感触があった。ゲームとはいえ、人の命が込められている重さのようなものを感じた。ナイフの先端は、奴の首を切り裂き、赤いダメージエフェクトが光る。
クリティカルダメージの表記も出現し、奴のステータスウィンドウのHPが、急激に低下する。
が、浅かった。確かに奴の首にダメージを与え、クリティカルを出したものの、そもそものダメージが低かったのだ。つまり、一撃で仕留めることに失敗したのだ。
このままずるずると戦い続ければ、継戦能力のないこちら側が、かなり不利だ。
そして、俺のステータスウィンドウに警告の表示が浮かび上がる。
これは一体何なのか。
いや、いまはそんな事を考えている暇は無い。
「残ね~ん。運は俺に味方した用だぬぁ。お前も哀れだ、元トッププレイヤー様ぁ」
こんなとこで、負けるのか。何も知らずに。嫌だ、まだ死にたくない。俺はまだまだ生きていたい。
ナイフを再び構える。だがすぐには「レッド・ナイフ」は発動できない。全く無様だ。トッププレイヤーとして、日々多くの敵モンスターを狩っていた俺が、突然仲間に刺されることになるとは。
いや、仲間なんかじゃない。少なくとも向こうは、俺たちを仲間なんて思っていなかっただろう。単なる罠に引っかかったマヌケな奴。そういう評価のはずだ。
きっと奴らはこの日を心待ちにしていたはずだ。自分たちの作戦で、全世界の人を巻き込み、恐怖に陥れるこの日を。
なら怖がり、恐怖するのは奴らの思うつぼだ。
後ろに下がるな、ナイフを握れ。目をそらすな、前に踏み出せ。策ならまだある、無くなっても考え続けろ!
俺は腰を低くし、ナイフを背中に隠す。これは俺なりの工夫だ。
軌道を読めなくする、これだけで相手の反応スピードは大分違う。ただしその分、自分の攻撃の到達時間も伸びるので、一長一短だ。
だがもう一撃、良い攻撃を与えれば勝てる。なら、早めに仕留めに行く。
だが、男は予想よりも早いスピードで俺の元へ到達した。
鉈を振り、俺はそれをいなす。ナイフから火花が散り、力負けし後ろへ弾かれる。
やはり単純な力勝負では勝てない。
俺の頬から冷や汗が流れる。ような気がした。
だが力勝負で負けるってだけだ。もっと早く動けば、あいつを仕留められる。
「……かっくい~。まるでアメコミのヒーローだぬぁ。第二ラウンド、楽しみだがちょっと時間がなくてねぁ。ここらでお暇させて頂きますぜぇ」
すると男は、ステータスウィンドウから何かを取り出した。このゲームでは、所持しているアイテムをステータスウィンドウから取り出すことができるのだ。
男が取り出したアイテムは、青色に光るお札のようなものだった。男はちらりとステータスウィンドウに表示されている時間をみると、俺の方に向き合った。
いつでも動けるように俺は警戒を続けていたが、どうやら奴は戦闘を継続させるつもりは無いらしい。装備していた鉈を解除し、光の粒となって消えた。
「おいおい、そんな寂しそうな面すんなぁよ。……んああ、分かった分かった、鞭ばっかりじゃあ面白くねえもんな、たまには飴も与えてやんねえとぬぁ」
いつの間にか、男の後ろには元先発隊のメンバーが集まっていた。元先発隊、今となってはただのテロリスト。平和に生きる者たちの敵だ。
「良い情報をやるよお。俺たちは街の外でのプレイヤーキルを可能にし、ログアウト機能を消した。でもそれができたのはな、ゲームの本筋とは関係のない機能だからなんだよぉ」
「ふざけるのもいい加減にしろよ。ログアウトができないVRMMOなんてあり得るわけが」
「いいからちょっと静かにしてくれ、俺がしゃべってるだるぉ。いいか? そもそもこのゲームのあらすじはな、プレイヤーが敵モンスターを倒して、ボスを倒してエンディングっつうありきたりな物語なんだよぉ。だからプレイヤーキルだとか、PVP機能なんてのはちょっとしたサブ。オマケみてえなモンだぁ。ログアウトが無くてもクリアはできる。ただゲームクリア後に一回、強制的にこのゲーム世界からログアウトさせるプログラムがあってなあ、そのプログラムだけはどうあがいても解除できなかったぬぁ。もとのゲームシステムの本筋だから、解除もクソもねえってことさぁ。おっとネタバレしすぎたかぁ」
つまり奴らのプログラムの書き換えは、ゲームの本筋の物語とは関係のないところだけと言う事か。だが言い換えれば、本筋以外なら書き換えられるという事だ。
「じゃあな。良いこと聞いたろぉ? 間違ってもログアウトボタン……おっと、今は自死ボタンだったっけかぁ!? つまんねえからさ、絶対押すなよお、キラぁ」
にやにやと俺の方を見ながら、俺のプレイヤーネームを叫ぶ。久しくよばれていなかったので若干忘れていたが、嫌な思い出し方をした。
奴らは青い光に包まれ、やがてその場からいなくなった。どうやらあのお札は、ダンジョンから脱出するためのモノらしい。
「クソッ……!」
拳を強く握り込む。
俺は奴らが逃げる前に、突っ込んで攻撃をすることだってできた。トドメをさせたかもしれない。だがしなかった、できなかった。俺は逃げていたのだ。目の前の敵から、恐怖から。
動けなかったのは悔しかったが、悔しがっていても事態は良くなりはしない。考えを止めるわけにはいかない。リーダー格っぽいあの男は、最後に興味深いことを言っていた。ゲームクリア、つまりラスボスを倒せば強制ログアウトのプログラムがあると。
敵の言葉をすんなりと信じる気はないが、全く聞く耳をもたないというのも良くない。一つの可能性の話としてとどめておく。それに、何もしなかったらこの世界から現実に帰ることは不可能だ。
テロリストたちの動向を思考に入れつつ、ラスボスを倒しに行く。それも一回のゲームオーバーも許されない、超高難易度のゲームになってしまった。
それでも戦わねばならない。戦いから逃げ続けていても、いつかは戦わなければならない日が来るのだ。今の俺は情けなくなるくらいに弱い。敵に恐怖し、心が逃げてしまった。次その姿を見せれば、奴らは容赦なく俺を殺すだろう。
殺されるくらいなら殺してやる。
俺はナイフを握る手を強めた。まるでお守りでも握っているかのように。
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