第4話 ゲームとして
俺たちは、作戦会議もほどほどにダンジョンへと歩き始めた。大層な人数なので、傍から見れば戦勝の凱旋に見えるかもしれない。だが残念ながら、まだ勝っていない。今から勝ちに行くのだ。
「それにしても」
フードの人の姿が見えない。何度も言うが、俺はその人の顔を見たわけでは無い。だからどんな人かは知らないし、再び見つけられる保証もない。しかし気になる物は気になるのだ。なにせ所持アイテムを一発で見通してしまうスキルなんて欲しいに決まってる、入手方法が知りたい。
もしジョブの固有スキルなのだとしたら諦めるほかないが、聞いておいて損はない。それに、彼女は自身のことを「コレクター」と言っていた。それならば、普段ストーリー攻略のためだけに走っている俺とは違い、なにか良い情報を持っているかもしれない。
ちなみに固有スキルと言うのは、ジョブ専用のスキルのことだ。基本的なスキルは、条件を達成できれば獲得できるものが多い。それに対して固有スキルは、そのジョブ特有のものなので、ジョブが違えば獲得することができない。
そもそもスキルとは、MPというゲージを消費して発動するものがほとんどだ。ものによって、消費する量は差がある。
そしてさらに言えば、実はゲームと言うのは、一番大事なのは強力な能力ではなく、信頼できる情報なのだ。その情報を元に、効率よく強くなれたり、下手に死ぬリスクを下げることができる。
「着いたぞ! ここが第四のボスダンジョンだ!」
楽しみだ。このゲームでの大規模なレイド戦は初めてだ。うまくやれるか緊張感はあるが、未知の体験への期待感が上回っている。
今回のダンジョンは、岩山にぽっかりと空いた穴だ。中は薄暗くひんやりしていて、洞窟のようであった。
先発隊を中心に一行はダンジョンへと入り始め、俺や少数のトッププレイヤーたちでしんがりを務めることになった。
先頭と一番後ろは、ダンジョン探索において一番大事な部分。敵を真っ先に発見し、罠の回避を的確に行わなければならないのが、一行を率いる先頭。後退するときや、モンスターに挟まれたとき、その窮地を救うのが最後尾の役割だ。
ダンジョンの中は薄暗く、ぼんやりとしていた。光はかろうじて入りはするものの、たいまつが無ければほとんど何も見えないだろう。
入って数分だが、もう隣の人物の顔は見えない。壁の表面は、岩でごつごつとしていた。体をぶつけると痛そうだ。
今日のメンバーは強い。トッププレイヤーの方々はもちろん、普段は別の楽しみ方をしている人たちも集まってくれている。一見バラバラなメンバーに見えるが、個人にそれぞれなにか特技があるというのは、非常に強力な武器になる。
それからしばらくたった。不思議なことに、いつもはボス部屋にたどり着くまでに、モンスターの一体や二体出て来るはずだが、今回はほとんど出てこない。
すると、隣を歩いていた男が声を上げた。
「おい! ちょっと待ってくれ。このダンジョン、何かおかしくないか?」
すると先頭集団がピタリと足を止め、振り返り男の方を見た。男は話を続ける。
「なんか、おかしいんだ。モンスターが全然出てこないのもそうなんだが……ここは洞窟型のダンジョンだろ? さっきの入り口は、たいまつが無けりゃほとんどお互いの顔も見えない暗い場所だ。それに進めば進むほど、ダンジョンの奥に進んでいることになる。だとすりゃあ変だろ。何で奥に進めば進むほど明るくなってるんだ?」
確かに彼の言う通り、今俺は隣の男の顔が、鮮明とは言い難いがそこそこ見える。奥に進むたびに明るくなる洞窟なんて聞いたことが無い。それか、洞窟の出口が反対側にもつながっていて、そこに向かって歩いているから、明るくなっている可能性もある。
でもそれはそれでおかしい。先発隊が昨日探索しに行ったときは、別のダンジョンの入り口に繋がっていたなんてことは言っていなかった。
第一、入口が二つもあるダンジョンが存在するのだろうか。いや、正確にはそんな大きな情報が、昨日の時点で分からなかった、と言う事があるのだろうか。
「やっ、さっきぶりだね」
「うおわっ!」
目の前に急にフードが現れる。
よく見ると、さきほど話した例の人らしい。謎のスキルを持ち、コレクターが専門のフードの人。やっぱり暗くて素顔は分からない。じっと素顔を見てみようと顔を近づけてみたが、やはり見えない。だがその顔が少し笑ったように見えた。
「残念だけど、どれだけ顔を近づけても見れないよ。君のつけてる認識疎外のマントよりも、さらに強い効力だからね」
俺は自分の身にまとっているマントを見る。初期装備のモノなので、大した効力はない。気休めでもないよりはマシなので、一応装備はしている。くすんだグレーで、薄っぺらいマントには防御力も全くないだろう。
「じゃあ顔を見せてくれよ。こっちの情報を取るだけ取って、んで自分の情報は全く明かせませんってか?」
フードの人の飄々とした態度に、つい思ったことが口から出てしまう。
だが思ったことが口からそのまま出るのは良くない。それが恨み言ならまだいいが、大事な情報もぽろっと、なんてことになったら大変だ。しっかりと自制しなくては。
「まあまあ、そんなことは後回し。ここで情報の探り合いをしていても、なんの進展も得もない。君はトッププレイヤーだけど、そこまで大きい情報を持っている訳じゃなさそうだしね」
「……」
図星をつかれて黙ってしまった。正直俺は、この一カ月間レベル上げとスキルの調整ばかりしていた。他の人とボスを倒したり、強敵を倒していくだけの楽しみ方をしていたので、情報と呼べる情報は持ち合わせていない。
だがその分戦闘の経験は積んでいる。いかなる時も、最善で臨機応変に対応できるように、多種多様なモンスターと戦ってきた。だからたくさん情報を持っていないというだけで、トッププレイヤーとしての優劣を決めるのは止めて頂きたい。
ここまでは完全に持論だが……まあ本音を言えば、ちょっとだけムッとしたのだ。確かにゲームは情報戦で、コレクターが情報にどれだけ重きを置いているかは知っている。だがあまりそこを人にずけずけと話す話題じゃない。
「あーごめんごめん。別に君を下に見てるってことじゃないんだ。むしろ逆、君はあまり多くの情報を知らなそうだから良かったんだよ。だから君に会いたかった」
会いたかった? 俺はこの人のことを何も知らない。
顔を見たことが無いのであれだが、恐らくあったことも無いだろう。それに一部のトッププレイヤーは、オンラインファンタジア界でも名をはせているが、俺は別にそこまでじゃない。他の一般プレイヤーよりも、少しだけ進んでいるというだけに過ぎない。
暗殺者と言うジョブの性質上、あまり目立って派手な活躍はできない。その分、裏で活躍することが多いジョブなのだ。
「それは、一体どういう……」
口を開きかけたとき、全身に悪寒を感じた。寒気ならまだよかった。だがそれは本能的な恐怖から来るものであると、直感的に感じ取ってしまった。
今日が最後だった。
この「オンラインファンタジア」と言うゲームを、ゲームとして遊ぶことができたのが。
けたたましいサイレンの音が聞こえた。甲子園球場で鳴り響くような音に似ているそれは、耳をふさぎたくなるようなくらいの大きさで響いた。
あまりの大きな音に、洞窟全体がビリビリと振動し、天井からパラパラと砂や石が降ってきた。直後、全員のアバターの周りに、警告と書かれた血のように赤いロゴが一斉に表示され始めた。
この異常事態に一行は大パニック。全員がステータスウィンドウから、ログアウトボタンを押そうとし始めた。だが……
ログアウトボタンが存在していたはずの場所には、「自死」という、なんとも縁起の悪い表示だけが残されていた。
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