第2話 好きな戦い方の極め方

 初期装備、丈夫なナイフ×1。視認妨害マント(弱)。


 今は森でレベル上げ中。


 そして持ち物は上記の通りだ。持ちやすいナイフに、少しだけ敵から見えにくくなるマント。


 いろいろ動いてみてわかったことだが、どうやら暗殺者のジョブは素早さのステータスが高いようだ。


 移動スピードが速く、身軽に地形を渡り歩くことができる。木から木へ、敵から敵へ。


 すると目の前にモンスターが現れた。ゴブリンだ。さすが初心者の町の最初の敵、装備はお粗末だ。それに本体自身もそこまで強くは無いだろう。


「ふふっ、出たな、経験値め」


 スピードを更に上げて、地面ではなく木にとびかかる。土で滑る地面よりも、滑りにくい木の方が動きやすい。最も、こんな芸当は素早さのステータスが高いジョブに限られるだろうが。


 木を足場にし、木片を上げて突き進む。ゴブリンはまだこちらに気付いていない。ゴブリンのステータスウィンドウが突然現れる。


 敵に近づくと現れるこれは、敵のステータスの一部を端的に表している。


 俺のレベルが上がれば、もっといろいろな項目が見られるようになるのだろうか。今は名前とHPしか見ることはできない。


 狙うは急所。急所とは、モンスターに存在する部位で、そこに攻撃をするとクリティカルとなり大ダメージが出る。敵によって場所が違うが、大体分かるように作られている。ゴブリンなら首だ。


 狙えるなら狙うに越したことは無い。その上、暗殺者のジョブはクリティカルのダメージ補正が高い。つまり、クリティカルのダメージ上昇率がかなり高い。


 まだ少ない情報サイトの情報を見たとき、他のジョブの基本情報が載っていたりしたので、参考程度に比較していたのだ。


 ゴブリンの背後に回り込む。ようやくゴブリンは俺に気付いたらしいがもう遅い。思いっきり木を蹴り上げ、背後から猛スピードで突っ込む。右手に握られているナイフを光らせ、首を狙って振る。


「おりゃああ!」


 スパッとした感触を味わい、ゴブリンの傍を抜ける。しかし、


「おわあああ!?」


 あまりのスピードに、自分の着地が少し遅れ、体勢を崩して転がってしまった。次は着地の練習をしよう。


 立ち上がり、後ろを振り返る。ゴブリンの方を見ると、首の上から先が無く、赤い光が飛び散っていた。どうやらきれいに急所を捉え、一撃で倒すことができたらしい。


 自分のステータスウィンドウに経験値が追加され、レベルが上がった。


 暗殺者ジョブは攻撃を仕掛けて速攻で倒すか、攻撃をくらって速攻で倒されるか、みたいな戦い方である。


 攻撃力も低くは無いが、クリティカルを狙う戦い方の為、まずは攻撃をうまく当てられるようにならなければならない。なんという玄人向けのジョブだろうか。


 だが俺は運がいい。玄人向けのジョブと言うのは、確かに使いこなすのが難しいジョブではある。


 だが生粋のゲーマーである俺からすれば、一つのモノを極めると言う事は大好きだ。それが難しいものであればあるほど燃える。


 確かに最初はがっかりもした。剣と魔法と言う、ファンタジーの代名詞と言うべきものをあまり実感できるものでは無かったからだ。


 剣も魔法も、暗殺者ジョブでも使おうと思えば使えるが、やっぱり本業の人たちには勝てない。


 だが今は、この戦い方も好ましい。猛スピードでかく乱し、急所を狙って一撃必殺。技量がもろに試される。


 ふと時計を見ると、もうゲームにダイブしてから7時間も経っていたことを知る。その時間の内、ほとんどを戦闘に費やしているので、ずっと動き続けていたことになる。


 VR世界だからいいものの、現実世界では、もうとっくに体が限界を迎えてぶっ倒れていることだろう。


 今頃、現実世界の俺は自宅のベッドで横になってこの世界にダイブしているはずなので、横になりながらぶっ倒れるっていう表現、ちょっと面白いな。ははは。


 疲れてるな。よし、休憩しよう。


 そう思い、町に帰ることにした。初心者の町も、最初に少し見ただけであまり見れていない。早く戦闘がしたくて、ろくに滞在せずに飛び出していったからである。


 門の前まで走って行こう。もっと体の使い方をうまくできれば、たくさんの戦い方ができるようになるはずだ。


 全速力で走る。木から木へ、偶に地面を踏み台にして跳躍する。このスピードで敵にぶつかれば、敵にダメージを与えることができるのだろうか。


 試してみたい気もするが、それでこちらがゲームオーバーになっては、たまったものでは無い。


 当たって砕けるにはまだ早い、という事だ。

 文字通りな。


 まだリリースしたてのゲーム。情報が出そろっていないので、何が起こるかなんてわからない。


 いつの間にか、かなりの距離を走り終えていたらしい。初心者の町の門が見えてきた。


 門はかなり大きく、町は壁で囲われている。門番などはいないし、門の扉も開かない。町へ入るときは、門の扉に触れるだけでよいのだ。さすがはゲームの世界といったところか。


 俺は町の中に入る。するとずいぶんと人が増えていて、人種も様々だ。このゲームは世界中にハブがあるので、世界の人と一緒にゲームを楽しむことができるのだ。


 言語も、自動で自分の母語に翻訳してくれる。だから向こうが外国語で話していても、こちら側には母語に聞こえると言う事だ。


 そして自分のアバターの見た目は、少しだけデフォルメ化されてはいるが、現実世界の自分の姿に依存する。


 ちなみに、髪の色などは自由に変えることができる。


 なので俺は、髪の色を灰色にしている。特に理由もこだわりも無いが、髪色を変えてみたかった。


 白だと目立ちすぎる気がしたので、若干暗い色にしたのだ。気軽に髪色を変えられるのは、ゲームならではの楽しみ方だ。


 現実世界ではみんな気にしているであろう、髪の傷みなども気にしなくていい。


 町はファンタジーの世界観なだけあって、とても美しかった。中世のヨーロッパのような町並みで、のどかな空気感が流れている。


 俺はトッププレイヤーを目指しているから、即モンスターを狩りに行った。だが、戦闘にあまり興味のないライトユーザーも、ファンタジーの町並みや空気感を味わうだけで十分楽しめそうだ。


 それにしてもすごいクオリティーだ。建物が、まるでずっと昔からそこにあったようなたたずまいである。


 建物だけではない、NPCもすごい。NPCとは、ゲーム世界の住人で、現実世界の人間が操作していないプログラムでできた人物である。


 普通のNPCは、製作者によって決められた言葉しか話さない。だがここのNPCはと言うと、


「やあ、宿屋はどこにあるんだ?」


「宿屋はあちらの角を曲がったところにあります。どうら冒険でお疲れのようですね、お疲れ様です」


「ありがとう。ちなみに今混んでそう?」


「いえ、空いている場所しかご案内いたしませんので。ゆっくりお休みください」


 というふうに、普通に会話ができる。俺はNPCの女の子にお礼を言ってその場を立ち去る。AI技術の発達の恩恵だろうか。もはや普通の人間と大差ない。


 そんなことを考えながら歩いていると宿屋に到着した。宿屋では、体力を回復させたり状態異常の回復ができる。 


 とはいえ、今の俺は少しダメージを受けただけで、回復させなければならないほどではない。だが宿というものを早く体験してみたかったのだ。


 受付をパパッと済ませ、部屋に入る。きれいすぎるほどに整えられたベッドにダイビングする。その衝撃で体が何回か宙に浮かぶ。ふかふかしていてとても心地よい。現実の自分の家のベッドよりも、何倍も眠りやすそうだ。


 だがここで眠る訳にはいかない。昼から7時間ダイブしっぱなしと言う事は、今は夜になっているだろう。夜ご飯を食べなければ。


 このゲームには、ぶっ通しでやって人が死なないように、十時間が一度にダイブできる限界の時間となっている。ゲーム世界ではお腹がすく感覚は無い。


 だからもし制限が無ければ、現実の世界の自分が永遠に眠り続けるという、シャレにならない現象が起こってしまう。


 俺はそんなことを考えると、少し背中が冷たくヒヤリとした。こんな異世界で、もし何らかの不具合が起こったり、ウイルスなんかに攻撃されたりしたらどうなるのか。普段のゲームとは一線を画すこのゲームに、期待と同時に恐怖も感じた。


 原因は最近見た、VRMMOが題材の論文を読んだからだろうか。新しい技術に対する批判は、必ず一定数いる。俺が読んだ論文は、楽しみにしていたこのゲームの事を、散々脅威や兵器だなと言っていた。


 こんな事を考えるようになってしまうくらいなら、あんなもの読まなければ良かった。「VRMMOについて」なんて言うタイトルに、ひょいひょい飛びついた自分の迂闊さに辟易とする。


 やめだ。ゲームは楽しく、人生を豊かにするものだ。勝手な妄想を繰り広げるなんてばかばかしい。


 そんな時、ウィンドウにあるチャット機能で、誰かからメッセージが届いた。そこには、「ボス戦に挑みます! メンバー募集!」とだけ書かれた、淡白なメッセージだった。


 おそらくこれはプレイヤー全員に発信させられた、一方的なものだろう。俺はまだ誰ともチームメンバーやフレンドになっていないので、メッセージ機能は普段使えない。


 それにしてもボス戦か、楽しみだ。ゲームの楽しさの一つにボス戦がある。ボスを倒せばレアなアイテムも手に入るし、なにより強敵と戦うのは楽しい。


 加えてボスを倒していけば、新しいワールドが解放されて、いける場所が増えていくのだ。


「おっと、そろそろ切らないとマズいな。このままだと、ズルズルずっとこっちの世界にいてしまいそうだ。レベル上げも楽しいからずるいよなあ」


 俺は右手をスライドさせウィンドウを開き、ログアウトのボタンを押す。段々と目の前が暗くなっていき、ふかふかのベッドから良く知るベッドの感覚へ変わっていく。


 うっすら目を開けると、そこは良く知る天井だった。


 いよいよボス戦、楽しみだ!

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