キラー・ナイフ ~ゲーマーの敵はチーターとテロリスト~
響キョー
第1話 暗殺者、始めました
突然だが、皆さんはVRMMOを知っているだろうか。VRMMOとは、簡単に言えば特殊なデバイスを用いて、ゲームの世界に自分自身の身体を転移させるものだ。
この物語は、それを主題とした物語である。
ーーー
「やっと届いたぜ!」
俺は真新しいヘッドギアと、カセットをベットの上に広げた。ヘッドギアと呼ばれる、バイザーのような機器の小さな差込口に、同じく小さなカセットを挿入する。その瞬間、ヘッドギアが青色の近未来的な光を発した。
ゲーム名「オンライン・ファンタジア」。なんの捻りも面白みもないその無機質なタイトルは、世界中のゲーマーたちを震撼させた。従来のゲームは、外の世界からゲーム内の人物を操る物が一般的であったのだが、これはレベルが違う。
もちろんVR系も存在してはいたものの、あくまで見える景色を変えるだけ。歩けば現実世界の壁にぶち当たるし、叫べば近所迷惑。
だが今日この日、世界の常識は一変したのだ。このヘッドギアを装着すれば、脳が動かすよう指令するのは現実の身体ではなく、ゲーム世界の身体になる。つまりゲームの世界に入り込むことができるようになったのだ!
異世界に、気軽に行けてしまう素晴らしいマシン。
世界初のこのシステムに、生粋のゲーマーである俺が見逃すはずはない。というよりも、このゲームは本来ゲーマーでない人にも話題になっており、絶賛売り切れ続出中のレアものなのだ。俺は予約開始日前日からネットに張り付き手に入れた。
俺はヘッドギアを頭にセットし、ベットの上に寝っ転がる。機械が作動する音が耳元で響く。心のワクワクが止まらず、機械の音よりも心臓の音の方が大きく聞こえた。
それもそのはずだろう。自分の大好きな世界を、自分の体全身で味わうことができるのだから。
ゲーマーにとっての夢といっても過言ではない。
『接続を開始します。電源を落とさず、ヘッドギアに触らないでください。予期せぬ不具合が起きる可能性があります。繰り返します……』
そこまで聞いたところで、意識がふっと落ちた。不思議な感覚で、現実世界では意識が落ちたと思ったのに、すぐ目の前にはどこまでも青いチュートリアルの世界が広がっている。基本の動作説明のようだ。
俺はいつもなら、動作説明など聞かず、いろいろと試しながら探っていくタイプなのだ。その方ができることが増えるって言う実感があるし、なにより早くゲームができる。
だが今回ばかりは、全く未知のゲーム体験なのでおとなしく説明を聞くことにした。
普段のゲームの説明は長ったらしくて退屈なのだが、このゲームは違った。一つ一つが実感的に伝わってくる。
一つ一つに教えられる実感が伴った説明だったので、とても面白かった。
さて、チュートリアルも終わり、いよいよ本編だ。
『それでは最後に、あなたの名前を教えてください』
名前か。オンラインゲームで本名を入れるのはあまりよろしくない。なのでいつもは適当なプレイヤーネームを付けている。だが今回は、ちゃんとした名前を考えてやりたい。
リアルも同然な他の人たちに、俺の前のゲームの名前である「たくあんもやし」なんて呼ばれたくない。
というか何なんだ「たくあんもやし」って。適当につけるにしても、もっとましな名前は無かったのか。
「キラ、でお願いします」
キラと言うのは、俺の本名の頭文字をもじって作った。あとなんかカッコいいし。
『了解しました、キラさん。それでは、あなたのジョブを設定します』
来た! この時を待ちわびていた!
ジョブとは、ゲームアカウント制作時、ランダムに割り振られる役割のようなものだ。膨大な数が存在し、ジョブによって使用できるスキルは異なっている。
つまり最初のジョブの振り分けは、ランダムとはいえこれからの戦い方を左右する最も大事な部分なのだ。
俺は基本的に剣を使った、王道な戦い方が好きだ。剣はどのゲームでも人気な武器で、やっぱりスキルを使ったりして、敵を倒したときのカッコよさは凄まじい。
思わず自分の動かしているキャラクターに惚れてしまいそうになるほどだ。
まあこのことを他人に話すと、十中八九白い目で見られてしまうのだが。
剣と言えばやっぱり剣士だろうか。いや、魔法剣士も捨てがたい。騎士でも良いな。
そんなことを考えている時間が一番楽しいのかもしれない。そしてついにその瞬間がやってきた。さあ、いったい何のジョブが振り分けられるんだ!?
『キラさんのジョブは、暗殺者、に決定しました』
……? 暗殺者?
なんだそれ、暗殺者ってなんだ? 殺し屋ってことか? どうやってモンスターとかを倒すんだ?
俺の頭の中の想像では、鉄砲やナイフで、誰にも見つからずにひっそりと人を殺すイメージが沸き上がる。
ん? なんだか全然RPGっぽくないぞ?
『それでは、オンライン・ファンタジアの世界へ行ってらっしゃいませ』
次の瞬間、今までいたチュートリアル用の無機質な青い空間に、まぶしいほどの光が立ち込めた。たまらずにぎゅっと目をつむると、全くの無音から人々のざわめきが聞こえてきだした。
横を人が通り過ぎる気配、露店の商人が声を上げ、馬車を引く音が聞こえてくる。
匂いがした。人の衣服の匂い、どこかで作られた料理の匂い、そして草木や風の匂い。急に五感が冴えてくるような気がする。
うっすらと目を開けた。それは感動を通り越して、もはや衝撃的であった。目をつむる前は真っ青の空間にいて、元をたどれば俺は今自分の部屋のベットで眠っているはずなのだ。それが、今目の前に見える世界が全力で存在をアピールしている。
俺は近くの壁を触ってみた。木でできたその壁は、心地よいざらつきを感じさせた。壁を触った自分の手を見る。紛れもなく自分の感触で、自分の手でそれを感じ取ったのだ。
俺はもっといろんなことを試してみようかとも思ったが、すぐにゲーマーとしての俺の感性がそれを引き留めた。
ここは初心者の町、始まりの町だ。つまり、昨日配信されたばかりの、このゲームの大半の人間は、この町にいるのだ。恐らくみんな考えることは同じはずだ。せっかくゲームの世界に来られたんだ、現実ではできないことを試してみよう、と。そう思っているはずだ。
だがしばらくするとその感覚にも慣れてくる。そうなれば次にそのプレイヤーたちは何を始めると思う?
そう、モンスターを狩り始める。
この辺りのモンスターは、初心者用に設定されているから、比較的楽に倒すことができるはずだ。数も多く設定されているだろう。
だがこの町の多くの人間が、一斉に外に飛び出し、モンスターを狩って行けばどうなるか。モンスターの数より、人の数の方が多くなるのは目に見えている。だから経験値を稼ぐには、今が絶好のチャンスなのだ。
敵を倒しながら体の感覚にも慣れていけばいいし、それ以外の町のことは今じゃなくてもいい。とにかく、今自分にどんなことができて、どんなことができないのかを知る必要がある。
「ワクワクするな。モンスターを狩りまくって、トッププレイヤーになって、最強になってやる!」
俺は一人町を飛び出し、門をくぐって外に出た。所持品の確認を忘れていたのは、ゲーマーらしからぬミスだった。
だが許してほしい。こんなにも魅力的な世界が広がっていて、その主人公が画面の向こうではなく、自分自身なのだ。
カブトムシを見つけた小学生のように目を輝かせ、俺はモンスターを探して始まりの森へ入って行った。
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