君とUFO
遊馬遊
本編
どちらも一向に譲らないまま君たちは議論を続けている。
結論の出ない話なんてさっさと終わらせて、僕は早く君と外へ行きたい。
池の横のいつものガーデンチェアに座って、この素晴らしい夜空を見上げたいんだ。
どうして君たちは逆接から始まる言葉を交わし合うのか。
君が言い終わる前に、早口で被せて話し始めるもう一人。
口げんか一歩手前の君たちの“ディスカッション”は終わる気配を示さない。
ETFと債券から始まり、インフレ、住宅相場、戦争、貧困と続いて、今の話題はAIだ。
AIをやけにハッキリ発音するもう一人。
僕にしてみればそんな発音すらも癪に障る。
AI技術が今後どう未来に影響するかなんて、君たちが議論したところで一体どうなるっていうんだい。
キッチンテーブルでどれだけ意見を交わし合ったって、世界は何も変わらない。
少し前まで誰も生成AIなんて知らなかったのに、今やみんな虜になっている。
センティエントAIだって、いつかきっと僕らの知らない所で完成するんだ。
人間の意識を模倣するだけじゃなく、自身で考える力を持ったロボットがね。
生物学的意識と人工知能の境界なんて曖昧なものさ。
AIで人類が滅びるかなんて、僕に言わせればまるで無意味な問いだね。
これは科学の問題じゃなく、AIを使う人間側の倫理観がすべてなんだ。
だから答えはノーでなければいけない。
そう信じなきゃ僕らは生きていけないよ。
もっと説明が欲しいなら、君たちの好きなチャットボットでAI本人に訊いてみればいい。
それより早く外へ行って星空を眺めたいな。
君の新しいナイトビジョン双眼鏡でさ。
空に浮かぶ無数の星と、君がいうところの“ユーエフオー”をまた見たいんだ。
まったく空にあんなに沢山の物体が浮遊しているなんて、君の双眼鏡を借りるまで想像したこともなかったよ。
こんな事実を知っているのは、君と僕以外に一体何人いるのかな。
その双眼鏡は何十万もするミリタリー用のものだって言ってたね。
元々は天体観測用の物じゃないんだとも。
つまり僕たちは、普通の人が見たこともない物をこの目で見たってことだろ?
この家の建つ、この丘の上で。
ここは本当に星がよく見える。
裸眼でも流れ星が見えるくらいだから、丘の下の世界とは全く違う視界なんだ。
そりゃあUFOだって言いたくなるよな。
もしかしたら君が正しいのかもしれない。
アメリカ政府がひた隠しにしている秘密って、案外この事なのかもしれないな。
だけどさ、君が言うUFOってきっとサテライトのことなんだ。
イーロンマスクを崇めるのもいいけどさ、空にこんなに沢山打ち上げて本当に大丈夫なのか少し不安になっちゃうよ。
衛星インターネットは僕も以前使っていたんだ。
思ったよりスピードが出なかったから、もうすべての機材を慈善事業団体に売ってしまったけどね。
きっと今頃、インターネットの届かないアフリカの僻地で活躍してるはずさ。
それにしてもサテライトって、滅茶苦茶な方向に移動するんだな。
あれじゃあまるでUFOだ。
最新の自動運転車のように、他と衝突しそうになったら自動で避ける技術でもあるんだろうか。
ちょっと信じがたいけれど、大気圏を超えた物の距離感なんてどのみち僕にはうまく想像できない。
衝突しそうに見えても、案外かなりの距離があるのかもしれない。
これだけわからない事だらけだと、いよいよ君の言うとおり何だってあり得る気がしてくるよ。
蛙の鳴き声が聴こえる。
従姉妹がそこの池に入れたのが繁殖して増えたって言ってたね。
前にこの池の横のガーデンチェアに座って夜空を見上げた時も、ずっと蛙の声が聴こえていたな。
夜通しずっと鳴き続けるんだから大した体力だよ。
僕には到底真似できない。
君たちの議論も一体いつまで続くんだろう。
今日、君のためにプレゼントを買ったんだ。
ブリキでできた蛙の置物さ。
双眼鏡を持って空を見上げている姿が君みたいだろ?
いや、道化師である僕の方に似ているかもしれない。
君は人工知能の可能性に陶酔しながら熱くなり、アイツは論理で君のしたたかな夢を打ち砕く。
僕はそんなナンセンスな議論は無視して、こうしてシェイクスピアを読むフリをしているわけだからね。
議論に参加していないからって、別に教養が無いわけじゃないんだ。
ただロジカルな頭でっかちと話したくないだけさ。
蛙の置物は池の側の大きな石の上に置いた。
これで蛙君も天体観測をする僕らの仲間だ。
一緒にUFOを見上げられる。
蛙君の肌には色んな緑色が塗られていて綺麗だろう。
ブリキ製だから雨を浴びたらそのうち錆びるかもしれないけどね。
蛙は雨が好きだから、錆もまたいい味になるといいんだけど。
ブリキの木こりが「心」を貰うためにエメラルドの都を目指す話は知っているかな。
蛙君もこの池の中を冒険してエメラルドの都に辿り着くといいな。
これは置物だけど、きっと君のように透き通るような純粋な心を見つけてくると思うんだ。
こんな風に考えちゃうなんて、何だか君に完全に支配されているみたいでむず痒い。
あと5分。
それ以上は待てないよ。
さっきから僕はとっくに我慢の限界なんだ。
君の素敵な霊的な考えに、理屈で対抗するアイツの立ち位置にはもううんざりだよ。
君だってそう思っているんだろう?
あと5分経ったらそんな男と話すのをやめて僕とロマンチックな夜を過ごそう。
念のためコールドプレイをかけてコヨーテを追い払うから。
ポップミュージックじゃ本当の意味での共鳴は得られないと君は言っていたね。
人間の脳波を心地良く刺激する周波数帯を巨大な泡を用いて解明するだなんて、君のやる事にはまったく驚かされるよ。
でも、そういうところが好きなんだ。
僕は色んな方面から認められているアイツのように偉い人間ではないけれど、君の言うことを否定したりはしないよ。
君の突飛な考えを受け入れられる柔軟な心を持ち合わせているつもりだから。
オズの魔法使いは本当にいたのかもしれないな。
さぁそろそろ家族の時間だよ。
姉さんの好きな、アイツの嫌いな音楽をかけてやる。
靴を3回鳴らして今晩はこれでコールイットアナイト。
部外者には帰ってもらおう。
そして一緒に外へ行って双眼鏡で見上げよう。
夜空をゆっくりと流れる、光り輝く
君とUFO 遊馬遊 @yu-asuma
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