料理エッセイ 目の声

阿賀沢 周子

第1話

 夫が魚を食べたいというので、丸ごとの鮮魚を求めてスーパーマーケットへ行った。

 売り場で一番目を惹いたのはサクラマス。残念ながら切り身になっていたが、そばにあらのパックも並んでいる。眼が透明で新鮮なのが分かる。部位の偏りがないので、切り身と共に購入した。


 帰宅してすぐに下拵えをする。粗は三平汁にするために塩を振る。澄んだ眼差しが私を見ている。

「いただきます」

 まだ見られている。謝りながら塩を振り続ける。

「ごめんなさい。大事に食べます」

 いつもの生き物たちとの心の中のやりとりだ。塩のせいか、目がだんだん濁ってくるような気がする。切り身の方は塩レモンでマリネして焼くことにした。昆布を二枚水に入れておく。


 私はなぜか生き物の目、まなこに弱い。目は口ほどにものを言うという喩え通りに身に沁みるのだ。特に、これから食べようとする生き物の目玉を見ると、責められているような、命乞いされているような気がして「いただきます」のやり取りが生まれる。


 夕方、塩で水気が抜けた粗の水分をふき取り、グリルで軽く焼く。

 しっかり水を吸い込んだ昆布は、とろっとした旨みを出している。その出汁に香ばしく焼けた粗と、大根やジャガイモ、ニンジンなどの野菜を入れて中火でグツグツと煮る。

 野菜が柔らかくなったところで味を見る。塩味が薄かったので少し足し、ねぎと豆腐を入れ仕上げる。


 切り身が焼きあがるころに、三平汁を大ぶりの椀に注ぐ。頭一つがごろりと入った。目は真っ白だ。目玉が好きな夫の前に置く。

 魚のゲノム編集のニュースを見ていた夫が、目の周りのゼラチン質を食べながら「魚の養殖は仕方ないとして、遺伝子をいじったものは食べたくないな」

 魚だって御免だろう。

 私は「いただきます」と手を合わせ、敬意と感謝の気持ちを食べ物に伝える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

料理エッセイ 目の声 阿賀沢 周子 @asoh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ