「とんだおてんばに育ったもんだなあ。そんなに怖がらなくても取って食ったりしないよ」

 足を引き摺りながら白珪が躙り寄ってくる。いくらイケメンでもこれは怖い。

「咲菜子、今のでわかったろ。危険なんだ。俺をそばに置いてくれ」

「平気よ、今までもちょっかい出してくる霊はたくさんいたけど、無視してればそのうち消えていったもの。それより私は普通に暮らしたいの」

「普通? 普通とは?」

「霊も神様も見えないってことだよ!」

 首を傾げる白珪に、私はつい怒鳴ってしまった。

「嫌いなの。人と違うものが見えてる自分が嫌で堪らないの。神様にはわからないかもしれないけど、みんなと違うと仲間はずれにされるんだよ。影で悪口言われたり馬鹿にされたり、変な目で見られたり……もう嫌なの。霊も神様も同じなの。普通の人には見えないものには、関わりたくないの」

「関わらない? さっき咲弥子に会えて喜んでいたじゃないか。あれは霊だぞ」

「生きてる咲弥子に会いたかったよ! なんであの時、あの子を助けなかったの? 私が死ねば良かったんだよ……!」

 堰を切ったように溢れ出した涙と鼻水で私はぐちゃぐちゃになった。恥ずかしい、二十歳にもなって路上で大泣きするなんて。しかも、命の恩人に向かって何を言っているんだろう。八つ当たりもいいところだ。わかってる。でも、止められない。

「山の神として不甲斐ない限りだよ。ただ、これだけは譲らない。そばにいさせてくれ。さっきも言ったが君は」

「彼氏がいるの。一緒に暮らしてる。だから、あなたは必要ない」

 そう言って私は踵を返した。博生がいたからといって守ってくれないことくらいもうわかってる。けど、自分に自分で虚勢を張った。私はって思い込みたかった。

「……おばあちゃんの教えなの。幽霊が見えたり話しかけられても無視しなさいって。相手にしなければそのうちどっか行くから」

「フミナが無視しろと言ったのは幽霊だろ。俺は違うのに」

 その名を聞いて私は勢いよく顔を上げた。

「フ、フミナって……おばあちゃんと知り合いなの?」

 男は「無論だ」と微笑んだ。

「フミナのことは昔から知ってるよ。山でも言ったろ。フミナによろしく伝えてくれと。彼女は優秀な呪禁師じゅごんしだ。この体になる前からの付き合いだよ」

「じゅごん……ああ、霊能力者ってこと?」

 母方の実家比嘉里ひかり家は代々神霊の声に耳を傾け、厄災から村を守る役目を担ってきたと昔聞いたことがある。集落の人々は祖母をひい様と呼び慕っている。

「たしか子供の頃に温泉がある場所を言い当てたんだよね。それで村にたくさんお客さんが来るようになって、今も村の人達から大事にされてるみたいだけど。あと、おばあちゃんのお団子買うといいことがあるってジンクスがあるみたい。でも普通の、どこにでもいるおばあちゃんよ。私と同じで霊が見えるみたいだけど……もしかすると変なこと言う孫を庇うために同調してくれてただけかもしれないけど」

「いや、彼女は本物だよ。しかし人々から大事にされているのは、霊力というよりは人柄ゆえだな。人の痛みがわかる人なんだ。美人だし」

 恋人のことを語るような表情が少し気になったが、口に出すのは憚られた。彼と祖母では、どう考えても歳が離れ過ぎている……いや、年を取っていないということは、祖母が若い頃恋人だった可能性もある……?

「おばあちゃんとはどういう関係?」

「……説明しよう。立ち話もなんだからあそこに入ろう。ゆっくり話し――さ、咲菜子?」

 唇がわなわなと震える。怒りで自分の顔が紅潮していくのがわかった。

 ちょっと話そう、と彼が指差したのはネオンに彩られたホテル――俗に言うラブホテルだ。

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