入浴を済ませて冷凍庫を開けると、目当てのものがなかった。見れば博生が私の分のアイスキャンディを咥えてベッドの上で胡坐をかき、スマートフォンと睨めっこしている。よくあることなので彼には聞こえないように小さなため息をついてから、床に座った。スマートフォンを弄っている時に覗き込んだり話しかけたりすると不機嫌になるとわかっているので、敢えて距離を取ることにしているのだ。

 することもないので開脚ストレッチをしていると、甘い声で呼ばれた。

「さーちゃん、こっち来て」

 言われるままにベッドに上がり、彼の脚の間に座る。まるで飼い主とペットのようだと思いながら。

「毎日お仕事お疲れ様」

「う、うん」

 首筋に唇を当てられ、私は肩を竦めた。

――また辞めたの? って言われるの嫌だなあ。テレオペ辞めたことは、次の仕事決まってから言おう。

「さーちゃん、今の仕事……派遣のテレオペだっけ? 満足してるの?」

「え?」

「前やってた回転寿司のホールスタッフよりは時給いいって言ってたけどさ、朝早起きして満員電車乗るの大変でしょ。別にやりたい仕事でもないんでしょ」

「えーと、うん、まあそうだね。また新しい仕事探そっかな〜って思ってるけど……」

 実は本日付で退職しましたとは言えず適当に言葉を濁していると、博生は「じゃあ、丁度良かった!」とスマートフォンを手に取った。

「これやってみない? 業務委託だけど、時給にするとだいたい三千五百円はいくみたいなんだよね」

「チャット……レディ?」

 彼のスマートフォンに表示された文字を読まされた。

「そう、完全在宅の激アツな仕事。フルリモートでがっぽり稼げるんだよ。ライブチャットで客と喋ってチラ見せしたり、ちょっとエッチな声聞かせてやるだけ。ちょー簡単でしょ? これならさーちゃんにもできるよ!」

「ライブ……客って何、男の人?」

「仕事内容はここに書いてあるから読んでよ」

 博生が画面をスクロールした。

「チャトレ、アダパフォ……」

 彩度高めの画面と見たことも聞いたこともない文言の羅列に面食らっていると、博生は真面目な顔つきになり言った。

「さーちゃん、俺と付き合いだしてから何回仕事変えた? そろそろ落ち着こう? 本当はさ、夜職よるしょくやって欲しいんだけど、コミュ障のさーちゃんにそんなの無理ゲーじゃん? だから誰とも会わずに今より高収入なお仕事探したげたんだよ」

――あ、付き合ってるってことでいいんだ……。

「ちょっとやってみない? やっぱさ、生産性のある奴とない奴じゃ輝きが違うと思うんだよね」

「え、でも……」

 無職の居候であることを棚に上げ、しゃあしゃあと言ってのける相手に開いた口が塞がらない。

「だからさ、頑張ろう? 俺がちゃんとサポートするから」

 首を縦に振らせようと、博生は肩を抱き髪にキスをした。

「……やだよ。知らない男の人の相手なんてそんなの嫌」

 蚊の鳴くような声で拒絶すると、博生は「あ?」と顔を歪めた。初めて見る表情だった。

――どうしよう、フラレる……でも、私は……。

「職業差別は良くないと思うなあ〜。どんな仕事してる人でもさ、みんな必死こいて働いてるんだよ?」

「差別とかしてない。どんな仕事でも、自分が納得して、やりたいって思ったら私はやるよ。押しつけられるのが嫌なだけ」

――そうだ。勝手過ぎる。自分のことは自分で決めたい。そこだけは譲りたくない。

「あのね……さーちゃんがいつも間違った方向に行っちゃうからでしょ? 俺はさ、さーちゃんのためを思って」

「私のためを思ってって何? 博生の思い通りになるのが私のためなの? 本当に私のことを思ってるなら、まずは私の気持ちを知ろうとしてよ! てか、ここに住むなら博生もお金入れて!」

 突然、声を張り上げた私に博夫は一瞬固まった。私自身も驚いて固まった。

 関係を終わらせ兼ねない言葉を吐いた自覚はある。

「……」

「……」

 どちらも何も言わず、硬直状態が数秒続いたが、 私のスマートフォンの着信音が沈黙を破った。

 画面を見ると知らない番号からだった。

 博生との会話を一旦中断したかったので私は[応答]をタップした。

「はい……」

『もしもし、咲菜子? 私よ』

 その声にスマートフォンを落としそうになる。

――どうしてこの人が……今さら何の用??

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