「さーちゃん、おかえり〜!」

 玄関を開けると、博生が笑顔で飛びついてきた。

「連絡してくれればスーパーまで迎えに行ったのに~。荷物重かったでしょ」

 ヒョイと私の手からエコバッグを取り、彼は中身を覗いた。

「あっ、アイス。買ってきてくれたんだ」

「う、うん。昨日アイス食べたいって言ってたから」

「うわああ~、めっちゃ嬉しい。食べていい?」

「うん、いいよ。私、家のことやっちゃうから。博生はゆっくりしてて」

「ありがと。あー、俺って幸せ者~」

 にこにこしながらアイスキャンディを取り出して、博生はベッドに腰を下ろした。

 ワンルームのこの部屋は、玄関を開けると部屋の全体が見渡せる。シングルベッドにローテーブル、小さなテレビ。ソファは未だにない。私の衣類を収納している三段のプラスチックケースの上には博生の私物が入ったボストンバッグが置かれている。短い廊下に小さなキッチン、浴室もトイレも狭い。

――でも、ここに帰れば私を待つ彼氏がいる。

 そう思うと、人生悪いことばかりじゃないと思えてきた。仕事はまた探せばいいし、私には博生がいる。毎日好きだと言ってくれて抱き締めてくれる、今までにないタイプの恋人だ。

「ヨシッ」

 気分を切り替え、私は家事に取りかかった。洗濯機を回し、トイレと浴室を掃除してからオムライス作り——その間、博生はスマートフォンで動画を流しながらアイスキャンディを舐めていた。


――生活費は折半しない? って言ってみようかな。

 考えながらオムライスをテーブルに運んだ。これの材料だってアイスだって、私が働いて稼いだお金で買ったものだ。一緒に暮らしだしてから数ヶ月経つけれど、博生からは一円ももらっていない。時々パチンコ屋さんの景品のお菓子をくれるくらいだ。

――いいよね? だって、また仕事探さないといけなくなったし……。

 だけど、嫌な顔をされるのが怖い。こんな私と暮してくれる人なんてもう二度と出会えないかもしれない。

 私の気持ちなんて知りもせず、彼は当然のように大きい方のオムライスを口に運んだ。

「おいし~。さーちゃんはホンット料理上手だよねえ」

 そう言って笑う顔を見ると、やっぱり言えなかった。

 今のこの幸せを失いたくない。

 霊が見えて仕事は続かず友達もいない寂しい女に戻りたくない。

――今度はもっと時給が高い仕事探そう……。

 そんなことを考えながら食べたオムライスは、なんだかおいしく感じられなかった。

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