7 踏切の怪

――あの人、やっぱり似てる。山で会った人に。

 駅に向かいながら咲菜子はペンダントを握った。男が追ってくる気配はない。それでもまた出くわしたらと思うと、急ぎ足になった。

――同じ人かどうかわからないし、もしそうだとしても会いに来る理由がわからない。

 会社に連絡しなければ……という考えが頭をよぎったが、億劫になりそのまま電車に乗った。

――ずっと無理して頑張ってたけど、このまま辞めちゃおうかな……なんかこう、私には向いてないっていうか。違う、私が社会人として向いてない……つまり社不しゃふ

「ハァ」

 電車の中も、芋の子を洗うようにそこら中に〝人ならざるもの〟がいる。目を閉じても気配を感じるし、耳を塞いでも声がする。どれが生きた人間でどれが死霊なのか見分けがつかないほどだ。

――だけど、周りの人には見えてないんだ。みんなに見えているのは、見えないはずのものを見ているおかしな女。不気味でキモい、みんなを不幸にする、私は……いない方がいい。私はいない方がいい。私は、生きてちゃいけない人間。

 マイナス思考に取り憑かれたまま電車を下りた。下りた場所にもやはり、霊がいる。いつもは見えようと聞こえようと完全無視を決め込んでいた。それでも咲菜子の世界は、どこもかしこも霊、霊、霊だ。

――一番会いたい人は、会いに来てくれない。

 空を見上げて亡き母を想う。

 母は優しかった。しかし短命だった。幼い娘を遺して他界してしまった。

――お母さんが生きていたら、私の人生もきっと全然別のものになっていたに違いない。

「なんでこうなっちゃったんだろ、ハア」

 今日何度目かのため息が出た。

――なんかもうすごい辛い。死んじゃおうかな。

 ふいにそんな考えが浮かんだ。吸い寄せられるように、カンカンと警報が鳴る踏み切りの方へ足が進む。

「おいで」

 顔を上げると、憂いを帯びた瞳の美男子が手招きしていた。彼は線路上に立ち、微笑んでいる。

「こっち、おいで」

 川を流れる笹舟のように、彼は咲菜子の目の前までやってきた。そして手を差し出して、甘く囁く。

「さ、一緒に行こう」

「……あ、ああ、はい」

――イケメンにこんなふうに言われたら、あらがえないよね。それに死んだら楽になれそうだし。

 手が、彼の手に重なろうとする。

――カッコいい……ところで誰だろ、この人。

「ギャッ!」

 叫び声に弾かれたように我に返ると、美男子は消えていた。彼の姿は線路上に戻っており、その顔は苦痛に歪んでいる。

「俺の姫に手を出そうなんて、なかなか度胸あるじゃねえかよ、貴様」

「えっ?」

 背後からの声に振り向くと、例の男がいた。

「あああっ……何だよお前、かよ、もう……クソ、なんでだよ。俺、寂しいんだよ。誰か一緒に来てくれよお!」

 そう言った直後、電車が通過した。彼の姿はもうどこにもなかった。

「危なかった……てか、今何て……?」

 霊の発した言葉に意味を求めるのは無駄に思えて、咲菜子はまたもやため息をついた。

――お母さんに会いたい。

 辛い時は、無性に母が恋しくなる。

――今さっきの霊、寂しいって言ってたな。お母さんは、寂しくないのかな……。                                                   

 遮断機が上がって人々が足早に行き交い始めた。沈んだ気持ちのまま、咲菜子ものろのろと歩き出した。

「おい」

 後ろから声がした。

「なあに」

「一度ならず二度までも、いやこれで三度目だ。俺を置いていくとは何事だっ」

 エナメルシューズでアスファルトを踏み鳴らし、追いかけてきた男に咲菜子は振り返りざま、盛大にため息をついた。

「ハァアー……あなた、見分けにくいけど死んでたのね!」

「はえっ?」

「だってさっきの霊が見えたんでしょ。霊としての力が上だったから、あっちが引いたんでしょ。それに、最初会った時から何年経ったと思ってるの? 十五年だよ? 全然老けてないじゃん! 生きてる人間だったら、有り得ないから」

 一気にまくし立てた後、咲菜子は目眩を覚えた。

「おいっ……大丈夫か」

 ふらついた咲菜子の腰を抱き止め、彼は言った。

「俺は、霊ではないよ」

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