070 貫頭衣
「海斗さーん! 待ってたよぉおおおおおお!」
拠点に戻るなり希美が駆けつけてきた。
何やら長い布を持っている。
「どうしたんだ?」
「コレ!」
「見たところご立派な布のようだが?」
「そう! この布で服を作りたい!」
「いいんじゃないか。ガンガン作ってくれ」
衣類が充実するのは俺としてもありがたい。
なにせ今は制服と腰蓑の二択だから。
真夏のような暑さだから問題ないが、冷え込んだら辛くなる。
「問題は作り方が分からないってこと! 私、布を織ることはできても服は作れないよ! だから海斗さんを待っていたの!」
「なるほど。だが、そうなると困ったな。俺も分からないぞ」
「ええええええええ!」
希美は大袈裟なくらいに驚いた。
「そこまで驚くことか?」
「だって衣食住って生活に必要じゃないですか! サバイバルのプロたる海斗さんなら衣食住の『衣』も極めていると思ったのに!」
「俺が分かるのって
「貫頭衣って何?」
「縄文人が着ていたような服さ。長い布を半分に折って、折り目の部分に穴を開け、そこから頭を出すだけだ。ベルトで服を縛って固定する――要するにワンピースだ」
厳密には、縄文時代ではなく弥生時代の服と言われている。
「あー、ポンチョ型のワンピースってこと!?」
「たぶんそうだろう。ポンチョが何か俺には分からんが」
希美は「えー」と苦笑い。
「ポンチョも知らないとか! でもまぁいいや! それ採用で!」
「それって貫頭衣のことか?」
「もちろん!」
どうやら希美は貫頭衣が気に入ったらしい。
「んじゃ、私はハサミでチョキチョキしてくるね!」
「おう」
その数分後、貫頭衣の試作品が完成した。
サイズがぴったりだったので、試着は俺がすることに。
わざわざ制服を脱いで貫頭衣に着替えた。
「こんな感じで布の真ん中から頭を出して……」
希美、麻里奈、明日花、吉乃の四人がウキウキ顔で眺めている。
他の三人は作業の都合でこの場にいなかった。
「あとはベルト代わりの紐で適当に腰を縛ったら終わりだ」
「「「おー!」」」
女性陣から歓声が上がる。
「思ったより服っぽいじゃん!」
「元が一枚の布だから洗濯しやすそうね」
麻里奈と吉乃が感想を述べる。
「私も着たいー!」と明日花。
「じゃあ皆のも作っちゃうね! 布は準備してあるし!」
待っていましたとばかりに全員分の貫頭衣を作る希美。
頭が通る部分をハサミで切るだけだから一瞬だ。
完成すると皆も貫頭衣に着替えた。
「イエーイ! 縄文人デビュー!」
麻里奈が目の前でくるりんと回ってみせる。
両脇を縫い合わせていないため、貫頭衣がひらひらと舞った。
「横がスースーするねー! 暑いからちょうどいいかも!」
明日花も満足気だ。
(おほぉー!)
俺も皆の姿にご満悦。
普通の服と違い、側面から地肌が丸見えである。
さながら裸エプロンのようなもので、情欲を強く刺激された。
「あー! 海斗さん、エロいこと考えてる!」
希美にバレてしまう。
「おう!」
俺は白い歯を見せて笑い、親指をグッと立たせる。
以前なら慌てて「そ、そんなことねぇし!」と否定していただろう。
我ながら成長したものだ。化けの皮が剥がれたともいうが。
「海斗君がエッチなことを考えないよう、両脇を縫い合わせちゃう? そしたら普通の服っぽくなるし!」
「ダメだ! そんな! もったいない! 人の幸福を奪うな!」
強く反対する俺。
それに対して女性陣が呆れた顔で何やら言おうとするが――。
「ウキィイイイイ! ウキ! ウキィ!」
そこにサルの声が響いた。
耳障りにすら思える甲高い声だ。
いつもとはトーンが違う。
「なんだ?」
声のした方向に目を向ける。
ハイエナの群れが拠点に近づいてきていた。
彼らも何かと協力的な動物なのだが――。
「お、おい、どうしたんだお前たち!?」
ハイエナは軒並み負傷していた。
それも軽傷ではなく重傷だ。酷い傷が目立つ。
なかには背中の皮膚が抉れて骨が見えている個体までいた。
「ウキ、ウキィ!」
サルが協力して井戸水を汲み、ハイエナたちに飲ませる。
「治療しよう! 近くに生えているヨモギを採ってきてくれ!」
「「分かった!」」
ただちに応急処置を開始。
俺と明日花はハイエナの傷を水で洗い、残りはヨモギの調達へ。
「海斗君、ヨモギを集めて何に使うの?」
「止血だよ」
「ヨモギが止血になるの?」
「止血作用があるからな。揉み込んでから傷口に貼り付ける。自然の傷薬として昔は重宝していたらしい」
「そうだったんだ!」
「クゥン!」
傷口を洗っているとハイエナが鳴いた。
「染みるだろうけど我慢してくれ」
「海斗! ヨモギ、採ってきたよ!」
麻里奈、吉乃、希美の三人が戻ってくる。
俺は三人の背負っている籠からヨモギを手に取り、ハイエナの治療に使う。
「ヨモギには止血効果があるらしいよ!」
俺の代わりに明日花が説明する。
麻里奈たちは「おー」と感心していた。
「こんなところか」
傷口にヨモギを貼り付け、落ちないよう植物の紐で縛った。
それから、ハイエナたちを未使用の竪穴式住居で休ませる。
「あいつらに何があったんだ?」
俺は適当なサルに尋ねた。
「ウキ! ウキキ! ウキ!」
サルが全力のボディランゲージで回答する。
様々なポーズをとっては「ウキ!」と言う。
その表情は怒りに満ちていた。
「つまり、他所の縄張りの動物にやられたんだな?」
サルの説明を要約する。
「ウキ!」
イエスらしい。
「今日も大量の獲物を持ち帰ったどー!」
話していると、千夏、由芽、七瀬も戻ってきた。
三人は内側の森や川で食料の調達任務に就いていた。
「なんか新しい服になってんじゃん!」
まずは貫頭衣に声を弾ませる千夏。
しかし、次の瞬間には真顔になっていた。
「なんかあった? 皆の顔が怖いんだけど」
由芽と七瀬も普段と違う気配を察知している。
「実はウチのハイエナたちが襲われたんだ」
「襲われた!? 誰に? 兵藤!?」
「いや、南の縄張りにいる動物たちだ」
「南っていうと、巨大ゴリラがボスだっけ?」
「うむ。ボスに襲われたのかは分からんが、とにかくかなりの傷を負って帰ってきた。ちょうど治療を終えたところだ」
「そうだったんだ……」
「襲われたのは向こうの縄張りを侵略したからですか?」と由芽。
「いや、それはない。俺は他所の縄張りに行かないよう指示を出しているからな。たぶん向こうから侵略してきたんだろう。もしくは双方が縄張りと認識しているグレーゾーンのような場所で衝突したか」
「なるほど」
この件は「大変だったねー」では終わらないだろう。
絶対に続きがある。
「ウキ! ウキウキ!」
サルが呼んでくる。
いつの間にか、サルにトラ、サイなど動物たちが揃っていた。
総勢は数十、いや、100を超える軍勢だ。
どいつもこいつも怖い顔でピリピリしている。
思った通りだ。
「ウキ! ウキウキ! ウキ!」
サルがジェスチャーで訴えている。
報復しろと。
(そらそうなるよな)
他所の縄張りとは争いたくない。
そんなことをしても得るものがないからだ。
巨大ジャガーを狩ったのも仕方ない理由によるものだった。
だからといって、「報復はしない」とはいかない。
そんなことを言えば、ここにいる動物からの支持を失う。
それはつまり、これまで仲間だったサルたちが敵になるということ。
「どうするの?」
吉乃が尋ねてくる。
彼女だけでなく、他の女子も状況を把握していた。
「こうなったら仕方ない――」
俺は右手を突き上げた。
「――報復だ! 南の縄張りに俺たちの力を分からせるぞ!」
「「「ウキィイイイイイイイイイ!」」」
「「「ブゥ!」」」
「ガォオオオオオオオ!」
動物たちが吠え、森が、大地が、震えた。
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