069 荷車と海釣り

 翌朝――。


「よし、できたぞ!」


 朝食前、今さらではあるが荷車を造った。

 通常なら馬や牛に引かせるが、俺たちはサイに頼む予定だ。

 そのための紐も植物から作った。


「まずは試しに人力で引いてみよう」


 第二拠点の広場や周辺を動き回ってみた。

 木製の車輪が問題なく回転している。

 デコボコ道なのでガタガタ鳴っているが……。


「問題なさそうだな」


「今後はこれで荷物を載せて運ぶわけね」と吉乃。


「海で精製した塩の運搬などが快適になるな」


「車輪って人類史上屈指の発明って言われているらしいね!」


 千夏が言った。


「その通りだ。よく知っていたな」


「これでも私って賢いんだよねー!」


 たしかにテストの成績は俺より上だ。

 実に信じがたいが。


「ちなみに、車輪の前身は〈コロ〉と呼ばれる物だったんだぜ」


「コロ!? なにそれ!」


 千夏だけでなく他の女子も首を傾げている。


「最初期はただの丸太さ」


「丸太をコロって呼んでいたの?」


「厳密には車輪のように使う丸太をコロと呼んでいた。丸太を敷いて、その上に板を載せ、その板に物を置き、丸太を動かすことで運搬していた……と言えばイメージしやすいかな」


「おー! そうだったんだ!」


「海斗君は相変わらず物知り!」


 明日花が拍手する。

 七瀬たちも同様の反応を示す中、吉乃だけは違っていた。


「でも、それだと不安定……というか、丸太と載せている物が連動しないんじゃない?」


 千夏が「どゆこと?」と尋ねる。


「荷車が安定しているのは、動くのが車輪だけだからなの。荷台と車輪が固定されているからね」


「ふむふむ」


「でもコロの場合、丸太と載せている物……つまり荷台に該当する部分が丸太と固定されていない」


「そっか! じゃあ滑るんだ! 荷台だけ前に進んじゃったり、丸太だけ先に転がっちゃったり!」


 吉乃が「そういうこと」と頷いた。


「コロと荷台が連動しない問題については、もちろん当時の人間も感じていた。だから最初は少し進むたびに追加の丸太を前に敷くようにしていたんだ」


「荷台が丸太よりも先に進むことへの対処ね」


 吉乃が補足すると、千夏は「なるほどぉ!」と納得。


「だが、それは最初期の頃の話だ。次第に改良されて、丸太の左右に窪みを設けるようになった」


「窪み?」


「そこに追加の木材を嵌めて、丸太と荷台を固定するんだ」


「それが車輪の原型になったわけだ」


「うむ。だから車輪にもベアリング等のパーツがあるわけだ」


「へぇ! てっきりめっちゃ賢い人がある日いきなり『シャリーン!』って閃いたのかと思った!」


 歴史って奥深いなぁ、としみじみする千夏。


「もしかしたら千夏の言う通りいきなり閃いたのかもしれないけどな」


「そうなの? コロから発展したって話をしたばかりなのに!?」


「現代ではそう言われているが、実際にコロから発展したかどうかは当時の人間にしか分からないさ」


「恐竜なんかもそうだよね。数十年前と今で想定されている外見が全く違う」と吉乃。


「そっかー! なるほど! じゃあ私がいきなり覚醒して天才になる可能性もあるわけだ!」


「どうしてそうなる」


 皆が声を上げて笑った。


 ◇


 朝食後、荷車の試運転がてら海にやってきた。

 不具合が起きた時に備えて内職大臣の麻里奈を同行させている。

 荷車は彼女の乗るサイが引いていた。


「内職大臣が腕によりをかけて造っただけあって安定しているな」


「でしょー!」


 まずは塩の精製。

 荷車に積んである大量の土器に海水を汲んで火に掛ける。

 完成まで時間を要するため、その間は釣りをして過ごすことにした。


「お? 釣り針もお手製か」


「ふっふっふ! アナグマの歯を加工してみた!」


「芸が細かいな」


 釣り竿のクオリティは信じがたいほどのハイレベル。

 竿の長さは3メートルを超えており、リールも備わっている。

 どちらも木製だ。


「これで釣れなかったらエサが悪いと言うしかないな」


 エサは俺のオリジナルだ。

 ニンニク、玄米粉、川魚の身を乳鉢で混ぜてペースト状にしたもの。


「お?」


 釣り針にエサを付けていて気づいた。

 北の方角から煙が上っている。

 サルにお願いしておいた狼煙だ。


(しっかり仕事をしてくれているな)


 サルには頭が上がらない。

 いや、サルだけでなくサイや他の動物もそうだ。

 縄張り内の動物は大半が協力してくれる。


「エサの準備よし! いくぜ!」


 俺は全身を使って釣り竿を振った。

 石のオモリが付いているおかげで遠くまで飛んだ。


「おー! いい感じじゃん! 釣り人っぽいよ海斗!」


 麻里奈は釣りに参加せず近くで眺めている。


「竿が竹製だったらもっと飛びそうだな」


「なら今度は竹で作る?」


「そうしたいけど竹がないからなぁ」


「探せばどこかにありそうだけどねー」


「たしかに。サルに探してもらうか」


 話しながらリールを巻く。


「まさかこんな綺麗な砂浜で釣りをする日が来るとはな」


「釣りのことはよく分からないけど、普通は堤防とかでするよね!」


「だなー。砂浜で行う釣りもあるにはあるんだけど、ここまで綺麗な砂浜だと禁止されているんだよね、大半の国だと」


「そうなんだ!」


「たぶんね」


「たぶん? 珍しく弱気じゃん」


「釣りのことは俺もよく分からないからな」と笑う。


「うそー? 海斗って釣りに詳しそうだけど。釣り針だって持っていたし!」


「最低限のことしか知らないよ。海の魚に関しては、竿で釣るより銛で突き刺すほうが好きだな」


「あーたしかにそんな感じがする! じゃあ今度は銛を作ってあげるね!」


「さすがは内職大臣、頼りになる」


「でしょー!」


 楽しく話していると……。


「この辺が怪しいな。そろそろ獲物がかかりそうだ」


「分かるの?」


「リールの感触が変わった」


「感触? 魚が食いついたってこと?」


「いや、砂の形状が変わったんだ」


「砂の形状……?」


 首を傾げる麻里奈。


「海底の砂って基本は平坦なんだけど、場所によっては凹凸がある。そういうところはリールを巻いている時の感触が変わるんだ」


「感触が変わると魚が食いつきやすいの?」


「食いつきやすいというより気づきやすい。そういう凹凸のある場所を魚は好むからね。だからその付近にエサが通れば――」


 一気に手応えが変わった。


「――掛かった!」


 案の定、ヒットした。


「釣っちゃえ海斗!」


 麻里奈が声援を飛ばす。


「任せろ! 釣り糸の耐久度が低いから、駆け引きしないで一気に釣り上げてやるぜ! 一か八かの力任せだ!」


 俺は「うおおおおおおおおお!」とリールを巻く。

 今までと違って全速力で。


「おりゃああああああ!」


 頃合いを見計らって釣り竿を思いっきり引っ張った。

 釣り針に食いついていた魚が宙を舞って砂浜にダイブする。


「この魚は……キスだな」


 海釣りの定番だ。


「結構大きいんじゃないの?」


 麻里奈が興奮した様子で魚を見つめる。


「結構どころかとんでもない大きさだぜ」


 キスのサイズは20cm前後が一般的で、大きくても25cm程度。

 30cmを超えると「かなりの大物」と呼ばれる。


 ところが、俺の釣ったキスは50cm近いサイズだった。

 スマホの測定アプリによると47cmだ。

 地球ではお目にかかれないトンデモサイズである。


「すごいじゃん海斗!」


「麻里奈の作った釣り具が良かったおかげさ」


「じゃあすごいじゃん私!」


 釣ったキスは持ち帰って食うことにした。

 魚用の土器にぶち込んで釣りを続行する。


「キスが釣れるなら、それ用に仕掛けをカスタマイズするのもありかもな」


「キス用の仕掛けって何か違うの?」


「簡単に言うと釣り針の数を増やすってことさ。一度に数匹をまとめて釣れるようになる」


「それって糸の強度は大丈夫なの?」


「いや、ダメだ。糸が手作りなのを忘れていた」


 その後もキスやカレイなどを釣った。

 爆釣とは呼べないまでも、退屈しない程度の良い釣果だ。


「そろそろ終わるか」


「だね!」


 塩の精製が終わったので釣りも終了。

 精製した塩を一つの土器にまとめて荷台に積み込む。


「帰り道に車輪がぶっ壊れて荷物がばら撒かれないことを祈るぜ」


「そうなったら内職大臣を辞任します!」


「待て、辞任されたら困る」


「あはは」


 俺はトラに、麻里奈はサイに騎乗して帰路に就く。

 彼女の作った車輪は完璧で、荷車は最後まで壊れずに済んだ。


 今日も今日とて順調である――と、この時は思っていた。

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