067 ココナッツウォーター

 備えあれば憂いなし。

 ということで、この日は食糧や薪の備蓄に明け暮れた。

 それに伴って土器の数も増え、悪天候に対する備えも盤石なものになった。


 日が変わって、16日目――。


 今日は二手に分かれて作業をすることにした。

 一組目は俺、七瀬、由芽、希美の四人。

 二組目は吉乃たち三年の女子四人組だ。


 グループを分けて何をするかといえば――。


「この辺でいいだろう。吉乃、あとは頼んだ」


「任せて。皆、今日中に住居を完成させるよ」


「「「おー!」」」


「「「ウキィ!」」」


「「「ブゥ!」」」


 ――第三拠点の建設だ。

 これは吉乃たちの仕事で、海の近くに竪穴式住居を造ってもらう。


 第三拠点は日常的に使うものではなく、臨時利用を想定している。

 例えば、海で数日を要するような作業をする際の一時拠点として。

 そうした作業の最中に大雨が降った際の避難所にもなる。


 拠点の建設中、俺たちは海での作業を進めた。

 由芽と希美に塩を精製させつつ、俺は七瀬と二人で海の探索。

 砂浜に足跡をつけながら北へ進んでいく。

 トラやサイを由芽たちの傍に残しているため完全に二人きりだ。


「ねね、先輩!」


 七瀬が腕を絡めてきた。


「ん?」


「私って必要あります?」


「何を言っているんだ? 仲間は必要に決まっている」


「そうじゃなくてー! この任務にですよー!」


「あぁ」


 納得。


「先輩って何も見逃さないじゃないですかー。だから私の出番がないと思うんですよねー」


 こういう時、普通は「そんなことないよ」と言うのだろう。

 仮に「そんなことある」と思っていても。

 しかし俺は違っていた。


「まぁそうだな」


 嘘をつけない性分なので肯定する。


「例えば二手に分かれて探索する……とかなら分かるんですよー」


「それはダメだ。縄張り争いがある」


「ですよねー!」


 サルに教わったのだが、外側の森には四つの縄張りが存在している。

 縄張りは東西南北に分かれていて、その全てに支配者ボスがいるという。

 例えば西の縄張りだと俺がボスだ。


 困ったことに各縄張りとの関係は敵対的らしい。

 これは俺たちだけでなくどの縄張りでも同様だ。

 そのうえ縄張りと縄張りの間には明確な境界線が存在していない。

 だから、境界線付近ではしばしば縄張り争いが起きているそうだ。


「だったら私も塩の精製をしたほうが良かったんじゃないですか?」


 七瀬が顔を覗き込んでくる。


「効率的にはそうなんだけどな」


「というと?」


「一人で砂浜を歩くのって退屈だろ? だからパートナーがほしいと思ってさ」


 俺は笑いながら答えた。


「あー! そういうことだったんですかー!」


 突然、七瀬が立ち止まった。


「どうかしたのか?」


「やだなぁー、とぼけちゃって!」


 七瀬は腕を解くと、俺の正面に回って膝を突いた。


「おい七瀬、お前、何か誤解をしているような気が……」


「大丈夫ですよ! 言わなくても分かりますから! ビッチなんで男の心に敏感なんですよ私!」


 七瀬の手が、俺の腰蓑に伸びる。


「先輩の“お願い”ならいつでも応えてあげますよー!」


(そんなつもりではなかったが……!)


 と思いつつ、何も言わないでいる。


「リラックスしてくださいね、せーんぱい♪」


「おほほ……これはこれは……」


 俺は目を瞑り、自然に身を委ねた。


 ◇


 七瀬の誤解に基づくハプニングが終わった。

 俺たちは探索任務を中断し、砂浜に腰を下ろして海を眺める。


「先輩、私、喉が渇きました!」


「俺もカラカラだ」


 互いに汗だくだ。

 10月下旬なのに真夏日のような暑さだからね。

 歩いているだけでも汗が噴き出てくる。


「水分補給が必要だな」


 森に目を向ける。

 なんとも都合がいいことにヤシの木があった。


「いいのがあるじゃないか!」


「いいのって、あのヤシですか?」


「そうそう。ヤシの実……つまりココナッツの中は空洞になっていて、そこに新鮮な水がたくさん含まれている」


 講釈もそこそこにココナッツを採ることにした。

 ヤシの木は高いものの、細いので労せず登ることが可能だ。


「すごい! 先輩の木登り速度、サルより速いんじゃ!?」


「さすがにそれはおだてすぎだよ――ほらよ!」


 ヤシの木の頂上付近になっている実を地面に落としていく。

 それが済むと俺も木から下りた。


「あとはこいつを割って中の水を飲むだけだ」


「簡単そうに言っていますけど本当に割れるんですか? めちゃくちゃ硬いですよこれ!」


 まずはココナッツの殻――外果皮とも――を剥く必要がある。


「外果皮はとっかかりさえあれば、あとは力技でどうにでもなるんだ」


「とっかかり?」


「要するに指を引っかけられる程度の窪みさ」


 俺はその場で打製石器を作成。

 石と石をぶつけて尖らせるだけなので一瞬だ。


「この石器を使って……」


 おりゃ、とココナッツに叩きつける。

 何度かガンガン叩いていると、あっさり穴が空いた。


「あとはここに指を引っかけて強引に剥く!」


 歯を食いしばり、「ふんがぁ!」と引っ張る。

 外側の硬さに反して、わりとあっさり剥くことができた。


「殻の内側って繊維状なんですねー!」


 地面に散乱する外果皮を見る七瀬。


「繊維状の部分は中果皮といってな、掃除用のブラシなどに加工される」


「へぇー! 何にでも使い道があるんですねー!」


「自然の中に無駄なものなんて存在しないからね。コスパの都合で使わずに破棄することはあるけど」


 外果皮と中果皮が同時に剥き終え、いよいよ残るは内果皮のみ。


「あとはこの内果皮をどうするかだが……」


 俺はココナッツの両端を確認。

 片側に三つの窪みを発見した。


「窪みの部分は比較的柔らかいので、そこに穴を開ける」


 ここでもパワープレイだ。

 ココナッツを地面に置き、窪みに石器を叩きつける。

 一撃で貫通した。


「これで終わりだ」


 中には大量のココナッツウォーターが入っていた。


「先に飲む?」


「いえ! 先輩からどうぞ! 毒味してください!」


「ははは、なら遠慮なく」


 鮮度抜群のココナッツウォーターを飲む。

 スポーツドリンクに近い味わいだ。


「美味いぞ!」


「じゃあ私も飲みます!」


「はいよ」


 ココナッツを渡そうとするが、七瀬は受け取らなかった。


「先輩が飲ませてくださーい♪」


 七瀬は口を開け、舌を出して待っている。


(なんかグッとくるものがあるな……!)


 と思いつつ、ココナッツを傾ける。

 彼女の口にココナッツウォーターが注がれていく。


「あー! 本当! 美味しいですねーこれ!」


「だろー!」


「でも口移しで飲ませてほしかったですねぇ」


「く、口移しだと……!?」


「いいじゃないですかー、誰も見ていないんだし!」


「だがそんなことをすると、また色々なハプニングが……」


 七瀬はニヤリと笑うだけで何も言わなかった。


「じゃ、じゃあ、次は口移しで――ん?」


 俺は視線の端に何かを捉えた。


「どうかしました?」


「アレは何だ?」と、海を指す。


「どれですか?」


 七瀬も海を見る。


「ほらあそこ、海のめっちゃ遠くのほうに何か見えないか?」


「私には見えませんよ。視力は悪くないはずですけど!」


「ふむ」


 そう言われると自信がなくなってくる。

 あまりにも遠すぎて輪郭すらまともに見えないレベルだからだ。


「海鳥か何かかもしれないが、気になるから確認しておこう」


 幸いなことにスマホを持ってきている。

 俺は再びヤシの木に登り、スマホで海を撮影した。


「さて、確認だ」


 木から下りると撮影した写真を開く。

 画面に人差し指と親指を当てて、目当ての場所を拡大する。

 その結果――。


「おい!」


 思わず叫んでしまった。

 七瀬も衝撃のあまり目をカッと開いている。


「先輩、これ!」


「船だ!!!!!!!!!!!」


 俺の見えた“何か”は船だった。

 大航海時代を彷彿させる木造の大きな帆船だ。

 鮮明とは言えないが、それでも明確に船だと分かる。


 そして――。


「ここに写っているのって人だよな!?」


「私にもそう見えます!」


 人間らしき者の姿も捉えていた。

 遠すぎて顔などは不明だが、シルエットは人間そのものだ。

 服も着ている。


「間違いない、異世界人だ!」

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