066 換気の改善

 いつの間にか眠っており、気がつくと朝になっていた。


 由芽と二人、全裸で洞窟の外に向かう。

 もう10月も下旬だというのに、気温は未だに夏模様。

 暑い。朝から暑い。


「見ろよ、晴れているぜ!」


「ホッとしましたね!」


「あのドームの影響で止まないかもと心配したがが稀有だったな」


 土砂降りの豪雨タイムは、いつの間にか去っていた。

 地面の状態から察するに、止んでから何時間か経っている。

 日が昇る前には止んでいたようだ。


「晴れたとはいえ足場が悪いことに変わりない。外を歩く時は気をつけよう」


 出発の支度をするため洞窟の奥に戻る。

 しかし――。


「あの、先輩」


 ――腰蓑を装着しようとした時、由芽が背後から抱きついてきた。


「由芽……?」


「もうちょっとだけ、先輩のこと、独り占めさせてくれませんか?」


 俺は掴んでいた腰蓑を地面に落とし、振り返って由芽を抱きしめた。


「まったく……仕方ない奴だなぁ!」


 そんなわけで、俺たちは朝もイチャイチャするのだった。


 ◇


 昼過ぎ、俺と由芽は第二拠点に戻った。

 水溜まりやぬかるみが酷く、移動に通常の倍近い時間を要した。


「お! 戻ってきた! 風邪を引かずに済んだー?」


 最初に気づいたのは希美だ。

 果物の詰まった土器を抱えていた。


「海斗君! 由芽も! おかえりー!」


 家の中から明日花が出てきた。

 他の女子も、「おかえり」と顔を出す。

 俺たちと違い、皆は制服を着ていた。


「おう、ただいま。こっちは平気だったけど、そっちは?」


「こっちも問題なかったよー!」


 明日花はハスカップを持ってきて、「食べる?」と差し出した。

 俺は「大丈夫」と首を振り、第二拠点を眺める。


 土砂降りによる被害はこれといってないようだ。

 家も無事だし、サルやサイ等の動物も元気にしている。


「心配かけてごめんなさい!」


 由芽が深々と頭を下げる。


「え? 心配なんかしていないよ?」


 麻里奈が笑いながら言うと、千夏が「そーそー」と続いた。


「だって海斗が一緒だもん! 問題ないっしょ!」


 由芽は「はい!」と笑顔で頷いた。


「洞窟で過ごしていたの?」と吉乃。


 これには俺が「そうだよ」と答えた。


「ところで由芽、海斗さんと二人きりで大丈夫だった? 手、出されなかった?」


 希美はニヤニヤしながら尋ねる。


「手を出されたというか……えっと……」


 言葉を詰まらせる由芽。

 その反応によって、女性陣の眉がピクピクと動いた。


「え、もしかして、イチャイチャしたの!? 海斗さんと!」


「えっと…………」


 由芽は顔を真っ赤にしながらコクリと頷いた。


「イチャイチャ……しちゃいました!」


「うっはぁ! 私だけでなく由芽にまで手を出したのかよー!」


 千夏が「よっ! この女たらし!」と背中を叩いてくる。

 思ったよりも強くてびっくり。


「まさか由芽も海斗のことが……。これは侮れないわね」


「手つかずは私と麻里奈と吉乃の三人だけになっちゃったね!」


「明日花も怪しいけどねー」


「えー、そんなことないよぉ?」


「ほんとかなぁ!? 前にイイコトしたんでしょ?」


「ほんとだよー! イイコトってマッサージだよ?」


「めちゃくちゃ怪しいじゃん!」


「ただのマッサージだってばー!」


 麻里奈と明日花が何やら話している。

 吉乃は何食わぬ顔で黙っていた。


 ◇


 制服に着替えた俺は、吉乃と拠点内を見回っていた。


「初めての雨だったけど、降り出した時はどうだった?」


「びっくりしたけどタイミングが良かったから特に。それぞれの家で過ごすことにして終わり。どの家にも最低限の食糧を備蓄してあるでしょ?」


 俺は「ああ」と頷いた。

 事前に食糧を分散しておいたのだ。

 まさに今回のような事態を想定してのことだった。


「だから問題はなかったけど……」


「けど?」


 吉乃は足を止め、すぐ傍の竪穴式住居に目を向けた。

 俺の家だ。


「家の中だと火を熾すのに抵抗があって、それが不便だったかな」


 彼女の視線は家の頂上付近に向いていた。

 その目を見れば何を言いたいか分かる。


「家の中で火を熾したらダメなんですか?」


 尋ねてきたのは由芽だ。

 たまたま近くを歩いていた。


「それが分からないから不安だったのよね」と吉乃。


「不安というのは、家に引火したら……みたいな?」


 これには俺と吉乃の両方が「いや」と首を振った。


「おっと、反応が被ったな」


「そうね」


 ふふ、と笑う吉乃。

 由芽は頬をぷくっと膨らませて不満そう。


「吉乃が気にしているのは換気できるかどうかだと思うよ」


 この発言に対し、吉乃は「そういうこと」と頷いた。


「え、換気? 縄文時代の人って、住居内で火を熾して料理とか作っていましたよね? 教科書で見ましたよ?」


「それは換気や排気が十分にできる構造だったからさ」


「私たちの家とは違うのですか?」


「うむ。縄文時代で使われていた竪穴式住居は天井部に穴があって、それが換気・排気の役割を担っていたんだ」


「穴? でも、それだと雨が降った時に中が水浸しになるんじゃ?」


「だから穴に水が入らないよう、穴の上には追加の屋根を付けていた。二段構造だったわけだ」


「二段構造……?」


 今ひとつピンと来ないようだ。

 なので補足することにした。


「ざっくりしたイメージとしては、天井の一部に穴がある円錐台の家を造り、その上に三角形の屋根を設置している形だ」


「あー、二段目の屋根は穴を守るための傘ってことですね!」


「そんなものだ」


「理解しました!」


「それはなによりだ。それで、俺たちの住居はというと、初っ端から円錐形の屋根になっている」


「たしかに。どうしてですか?」


「工数を減らすためさ。屋根を二段構えにすると建築にかかる時間・コストの両方が跳ね上がる」


「なるほど。それで穴を設けずに一段構造の屋根にしたと」


「さらに土葺きだからな。茅葺きだと茅の隙間から酸素が入り込むこともあるが、土葺きではそうもいかない。換気・排気という点では茅葺きに劣ってしまう」


「それで吉乃先輩は不安になったわけですか。二酸化炭素中毒を起こすかもしれない、と」


 吉乃は「そそ」と頷き、それから俺に尋ねてきた。


「住居内で火を熾しても問題なかった?」


「ぶっちゃけ際どいな、今のままだと」


「だよね。なら、どうにかしたほうがいいかも」


「そうだなぁ」


 俺は顎を摘まんで考える。


「二段目の屋根を増設するのは面倒だし、雨漏りしない程度に屋根の一部を薄くするか」


「そんなことできるの?」


「土葺きだから面倒だけど大丈夫だ。土の一部を取っ払って、その部分に敷いている樹皮を切り取り、代わりに茅をあてがう」


「なるほど、一部だけ茅葺きにすることで風通しを良くするわけね」


「そういうことだ」


 俺は暇そうにしているサル軍団を招集し、今しがた話した作業を頼んだ。

 サルたちは快諾し、即座に家の改良を開始。

 かくして住居内でも安心して火を熾せるようになった。

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