065 まるで恋人のように

 土砂降りの雨が延々と続いている。

 俺たちは洞窟から外の様子を眺めてぼんやりと過ごしていた。


「アースオーブンは作り直しだな」


 水没しただけでなく完全に崩壊している。

 U字のような形状だったはずの穴が、今ではただの大穴と化していた。

 穴と穴の間に位置する土が崩れたのだ。


「かまども厳しい感じですかね?」と由芽。


「数日は乾燥させる必要がありそうだ」


 ウチのかまどは土器と同じ製法で造られている。

 なので多少の雨は問題ないが、今は「多少」の域を超えていた。


「海斗先輩の言った通り長引きそうですけど、ここに居続けても平気なのでしょうか?」


「というと?」


「第二拠点のほうは大丈夫なのかなって」


「それは問題ないよ。あっちには吉乃がいるし、他の連中も優秀だ。どうにでもなるさ」


 即答だった。

 これまでにも俺抜きで過ごしてもらったことがある。

 そうした経験も踏まえると、第二拠点のメンバーに憂いはない。


「問題はこの雨がいつ止むかだな」


 こればかりは分からない。

 科学技術の結晶たる天気予報ですらしばしば外れるのだ。

 サバイバル好きの高校生に分かるはずがなかった。


「もしかして……」


 由芽が不安そうな表情で呟く。


「ん? どうした?」


「昨日、デジタルドームが赤く光ったことに関係あるのでしょうか? これまでずっと晴れていたのに、急に雨が降るなんて……」


「どうなんだろうな。タイミング的には昨日の今日で因果関係があるように思えるけど、偶然という可能性も捨てきれない」


 デジタルドームの役割が不明な以上、断定することができなかった。

 考えても答えのでないことだ。


「とりあえず調達した肉でも食おうぜ。腹が減ってきた」


「ですね! 私、串を取ってきます!」


「おう」


 由芽は立ち上がり、洞窟の奥へ。

 その後ろ姿は、不安そうというより嬉しそうに感じた。


 ◇


 食事が終わると、いよいよやることがなくなった。

 日が暮れても雨は止む気配を見せず、結局、洞窟で一夜を明かすことに。


「不幸中の幸いはここが濡れていないことだな」


 俺の言う「ここ」とは洞窟奥の広い空間を指す。

 高い天井から光が差し込んでくる一方、雨水は滴っていない。


「雨漏りがしないのに光が入ってくる……どうしてなんでしょうか?」


「さぁ? ただ、そもそも天井から差し込む光の源が何か分からないからな」


 ここの明るさは24時間変わらない。

 太陽がギラつく日中から草木も眠る深夜まで同じだ。


 なので、外の光を取り込んでいるわけではない。

 分かっているのはそれだけだ。


「謎の光に感謝ですね」


「おかげで快適に過ごせそうだ」


 敷き詰めた藁に毛皮を敷いて座る。

 どちらも洞窟に残っていた材料だ。


「「………………」」


 すぐに静寂が場を支配した。

 俺たちは互いに無言で、並んで座っているだけだ。

 由芽は体育座りをしていて、俺は胡座あぐらをかいている。


(何か話さないと気まずいな……!)


 そう思うものの、適切な話題が浮かばない。

 転移前まで友達のいなかった俺は、こういう場面に弱かった。


(趣味とか訊くか? でもそれってベタすぎるか? 勉強の話にする? いや、それはそれで……うーん)


 眉間に深い皺を寄せて悩む俺。

 すると。


「あ、あの、海斗先輩」


 由芽のほうから話しかけてきた。


(後輩に気を遣わせるとは我ながら情けない男だ)


 と思いつつ、「ん?」と返す。


「先輩は、その、希美と、その……」


「希美と?」


「キ、キス、したんですか?」


 由芽は顔を赤くしながら尋ねてきた。


「おう、したよ」


 周知の事実なので否定しない。

 千夏の時と同じ流れで皆にバレてしまった。

 同じ布団で仲良く寝ているところを見られたのだ。

 その関係性で「キスはしていません」と主張するのは苦しい。


「な、なんで、そんなことに? 希美と先輩って、そういう感じには……」


「成り行きだよ」


「成り行き……」


「あの夜は元々、千夏と過ごす予定だったんだ」


「ですよね」


「でも千夏がやって来なくてさ、だからこっちから家に行ったんだ。すると寝ていてな、仕方ないから自分の家に戻ろうとしたところで希美とばったり」


「そ、それで!?」


 由芽は目に見えて興味津々の様子。

 よほど気になっていたようだ。


「で、希美に言われて彼女のマッサージをすることにしたんだけど――」


 俺は可能な限り詳しく説明した。

 その時の感触とか匂いとか、細部の情報も忘れない。


「すごい……なんか、大人ですね……」


「大人かな? 恋人がいるなら誰だってすることだと思うけど。学校にも人目を憚らずキスしているカップルとかいたろ? 俺の場合はカップルでもないのにそういうことをしたわけだが」


 チラリと由芽を見る。

 紅潮していた顔がますます赤くなっていた。

 首筋はおろか耳までピンクだ。


「先輩は、希美以外の方とも、キス……しましたよね?」


「七瀬と千夏のことか?」


 吉乃とのキスについては伏せておく。

 バレていないから。


 由芽はコクリと頷き、それから言った。


「相手は誰でもいいってことですか?」


「誰でもってことはないけど、そう言われると拒んだことがないな」


 希美にいたっては拒むどころか自分から抱きついている。

 魔が差したとしか言いようがないけれど、結果的に関係が深まった。


「じゃ、じゃあ、私……」


「ん?」


「私……でも、その、いいのかな……とかなんとか……」


 由芽は俯きながら「あの」や「その」を繰り返している。


 俺は「なるほど」とニヤリ。

 舌なめずりをした後、由芽の肩に腕を回した。


「キスに興味があるんだな」


 由芽は「はい」と頷く――と、思いきや。


「い、いえ」


 なんと首を振った。

 思わず「えっ」と間抜けな声が漏れる。


「先輩と、したい、んです」


「それって……」


「せ、先輩……!」


 由芽は顔をこちらに向けて目を瞑った。

 何を求めているのか、さすがの俺にも分かる。


 俺は由芽にキスした。

 唇に優しく。


「どうだ?」


「これが……キス……!」


「なんか幸せな気分にならないか?」


「なります! 私、今すごく幸せです!」


 由芽は声を弾ませた。


「いいよな、キスするの。俺も好きなんだ」


「もっと、もっとしたいです。今度は私からしてもいいですか?」


「かまわないよ」


 由芽は俺の頬に手を添え、チュッと唇を重ねる。

 俺からした時よりも長い間キスしていた。


「海斗先輩、私、もう……!」


 ポッと火照った顔で俺を見つめる由芽。


「言わずとも分かる。任せろ、この点に関しては俺に一日の長がある」


 その後も俺たちはイチャイチャし続けた。

 まるで恋人のように――。

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