062 赤い光

 突如として真っ赤に染まったドーム。

 それに皆が慌て、俺も一瞬だけ冷静さを失った。

 しかし――。


「逃げろ! 距離をとれ! 何が起きるか分からない!」


 ――すぐに撤退命令を出す。

 木の棒をその場に放棄して全力で遠ざかる。

 とはいえ、見えなくなるまで離れるのも避けたいところだ。


 そこでスマホを使うことにした。

 肉眼では殆ど見えない距離からスマホのカメラで偵察。

 ズームすることによって、肉眼よりも鮮明に状況を確認できる。


「見て海斗君、なんか点滅しているよ!」


 明日花がスマホを指す。

 ドームの頂上付近のみ点滅を繰り返していた。

 赤い光と白い光で交互にチカチカ。


「何だか不気味ね」と吉乃。


「ドームに異常が起きたのは今回が初めてか?」


 俺はサルに尋ねた。


「ウキ!」


 イエスらしい。

 どのサルも激しく頷いている。


「なら俺たちの調査が影響していそうだな」


 タイミングを考えると穴掘りが原因のように思える。

 だが、その前の頂上にダイブした件も否定できない。

 もしくはそれら一連の行為ということも。


「で、どうすんのさ? あのドーム、ずっと光ってるけど」


 と、千夏が言った瞬間だった。


「「「あっ」」」


 誰もが声を出す。

 ドームの禍々しい点灯が終わったのだ。

 再び透明に戻った。


「落ち着いたようだ」


「近づいて調べようぜぇ!」


 千夏は強気だ。

 ジョンも「グルルーン!」と同意している。


「危険じゃない? なんか怖いよ」


 これは麻里奈の意見。

 由芽が「私も……」と控え目に頷く。


「海斗はどう思う?」


 吉乃が判断を委ねてきた。


「近づいて調べたいが、危険なので避けたいとも思う」


 つまり両方だ。

 ――が、俺の発言には続きがあった。


「だから俺が単独で近づいてくる」


「「「えっ」」」


「まずは様子見だ。近づいてみて問題なかったら皆も来ればいい」


「そ、それだったら私が最初にいきます!」


 由芽が立候補するけれど、俺は首を振った。


「気持ちは嬉しいが譲れないよ。何かあった時に最も対応できる可能性が高いのは俺だし、ここは俺が適任だから」


「たしかに……」


 異論がないようなので話を終え、俺は単身でドームに近づいた。

 念のため弓矢を装備しておく。


(透明に戻ったからか特に変わりないな)


 とりあえずドームの側面をぐるりと一周したが意味なし。

 常識外れの硬さも変わらずで、掛けた砂が数秒で落ちる点も同じだ。


(あとは地中か)


 木の棒で穴を掘り進める。

 さらに平たいドームの底をつつくなどしてみた。


「何も起きないな」


 先ほどと違って光らない。

 俺は皆を呼び寄せることにした。


 ◇


 その後も俺たちはドームの調査を続けた。

 水をぶっ掛けたり、底を焚き火で炙ったり、動物の糞を投げつけたり。

 色々と試したが、結果は何も起きず。


「あの真っ赤なピカピカはなんだったんだろうね?」


 首を傾げる希美。


「さぁな……」


 謎だ。


「とりあえず今回の調査結果をまとめると、大きさは半径約50メートルの高さ約10メートルで、底は平面になっている。これで以上かな?」


 吉乃が言った。


「あとは謎の洗浄効果によってドームを綺麗に保つってことくらいだな」


 松脂や動物の糞のことだ。

 それらはベチャッとドームに付着したが、数秒後にはスッと消えた。


「触れても温かいだけで害はないよね?」


「そう思うが、遅効性の有害物質が含まれている可能性も否定できないなぁ」


「たしかに」


「そんなん今さらっしょ! もうベタベタ触った……っていうか、ジョンなんて普通にペロペロ舐めてたし!」


「千夏の言う通りだ。害について考えても仕方ないし、無害だと思っておこう」


 吉乃は「了解」と頷き、ノートに情報を記していく。


「サイズやら形状が把握できただけで、このドームが何かは分からないまま。それが答えということで――」


 俺は真っ直ぐ伸びる道を指した。


「――次は海に行ってみるか!」


「「「うおおおおお!」」」


 女性陣がドッと沸き上がる。


「ついに海だああああああ!」


 特に千夏は両手を上げて喜んでいる。


「ただ、このままだと移動が大変だ。俺たちも千夏のように騎乗できる動物を確保しよう」


「「「ブゥ!」」」


 サイたちが「任せろ」と鳴く。


「じゃあ俺たちはサイに……って、数が足りないな」


 騎乗用の動物が必要な人間は俺を含めて7人。

 一方、サイの数は6頭だった。


「二人乗りすりゃいいじゃん!」と千夏。


「そうするか」


 ――と、話していると。


「ガルルァ!」


 森の奥からトラが現れた。

 トラの中でも大型のベンガルトラだ。


「ひぃ! トラだ!」


 顔を真っ青にする千夏。

 他の女子にも緊張が走っている。


 だが、俺は気にしていなかった。

 サルやサイが怯えていないからだ。

 トラからも敵意を感じない。


「ガルゥ」


 トラは俺の前で伏せた。


「どうやら俺を運んでくれるのはコイツみたいだ」


 俺はトラに騎乗した。


「うわー! 海斗君、カッコイイ!」


「トラに乗るとか凄すぎですよ先輩!」


 明日花や七瀬がきゃーきゃー騒ぐ。


「これで全員の足が揃ったな!」


 俺は再び海の方角を指した。


「行くぞ! 海に!」


「「「おう!」」」


 デジタルドームの調査は残念な結果に終わった。

 だからといって、今後の予定に変更があるわけではない。


 まだ見ぬ海を目指して、俺たちは森を進んだ。

 ――の、だけれど。


「待って海斗、海に行くなら土器とかあったほうがいいんじゃない?」


 という吉乃のごもっともな意見を受け、ひとまず拠点に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る