063 海と塩

 海にやってきた。

 距離はそれなりにあるが、動物たちのおかげで楽なものだ。

 道中は雑談に花を咲かせたり、トラの背中で寝たりしていた。


「すごい! なにこの海! 綺麗ー!」


 麻里奈が声を弾ませる。


「驚いたな、これは……!」


 俺も感動していた。

 視界に広がる海は、絶景という他ない。


 モルディブ等のリゾート地を彷彿させる綺麗な砂浜だ。

 砂は白く、海は透き通っている。

 様々な魚が泳いでおり、遠くからは海鳥の声が聞こえてきた。


「こんなの我慢できないよ! 海に入るよ私は!」と千夏。


「遠くまで行かなければ問題ないだろう」


「よっしゃー! 行けー! ジョン!」


「グルルーン!」


 ジョンが海に突っ込む。


「キィ!? キキィ!」


 アリクイは慌ててジョンから飛び降りた。

 どうやら海が嫌いなようだ。

 砂浜に着地すると、のそのそと森に消えていく。


「私たちも千夏に負けていられないね!」


「うん! いっぱい泳ごー!」


 麻里奈と明日花がサイに進むよう命じる。

 そこへ――。


「あ、あの、水着がないのですが……」


 ――由芽が恐る恐る手を挙げた。


「水着?」


「私たちもないよー!」と明日花。


「え、じゃあ……」


「もちろん裸! だよね? 麻里奈!」


「いえあ!」


 麻里奈と明日花はサイから下りて制服を脱いだ。

 念のために持ってきておいた空の籠に衣類をぶち込んでいく。

 当たり前のように下着も脱いで全裸になる。


「はぁ! 胸の大きい人はいいですねぇ! 惜しげもなく披露できて!」


 などと言いつつ、七瀬も全裸で海に行く。


「えええ……! 砂浜で遊ぶだけなら靴とソックスだけ脱げば済むんじゃ……」


「なーに言ってるの由芽! こんな綺麗な海でそんなのありえないっしょ! それに私ら、いつも体を見せ合っている関係じゃん!」


 希美も躊躇わない。


「そうだけど……」


 などと言いつつ、結局、由芽も裸になるのだった。

 数十匹のサル軍団とサイを率いて、希美とともに海に行く。


「これで残ったのは俺たちだけか」


「あと私たちの乗っているサイとトラね」


 俺と吉乃は皆に続かなかった。

 できれば俺も全裸になって「混ぜてくれぇ」と言いたい。

 ――が、その前にしておきたいことがあった。


 塩の精製だ。

 まずはこの世界の海水に塩が含まれているのか調べる。

 いつものマグカップで汲んでからスイッチオン。


「塩分濃度は約3.5%。地球の海と同じくらいだな」


「水質はどう? 千夏らの口に入ると思うけど大丈夫?」


「特に問題ない……というか、むしろ地球の海より良さそうだぞ」


 マグカップがブルーサインを示している。

 ブルーは「グビグビ飲んでも大丈夫」という安全の証だ。


 地球の海水だと、場所にもよるがイエローサインになる。

 これは「そのままでも飲めるけど……」みたいなニュアンスだ。


「なら安心して塩の精製に使えるね」


「だな」


 俺たちは土器に海水を汲んで砂浜に移動。

 適当な場所で焚き火をこしらえたら作業開始だ。


「別に説明とかいらないよな?」


「できたら解説してほしいなぁ。好きなんだよね、海斗の解説」


 吉乃が小さく笑う。


「そういうことなら」


 俺は土器を焚き火の上に置いた。

 かまどのような台がないため炎に直置きだ。


「まずは海水を煮詰めていく」


「水分を飛ばすため?」


 分かっているのに訊いてくる吉乃。


「大正解! 君は素質があるな!」


 俺の口調が芝居がかっていたからか、吉乃は「あはは」と笑った。


「沸騰しても火で炙り続けて、水の量が減ってきたらろ過を行う。これによって海水に含まれる不純物を取り除くわけだ」


「量が減ってきたらって言うけど、まだまだ水がたくさんだね?」


 今度はマジの質問だ。


「煮詰めすぎると〈にがり〉まで取り除いてしまうからね」


「私たちの環境だと〈にがり〉を含んでいるほうがいいんだっけ?」


「おう」


「じゃあ、〈にがり〉も取り除きたい時はもっと煮詰めてからろ過するの?」


「いや、その時はろ過を二度行う。今と同じ段階で一度目を行い、そこからさらに煮詰め、ドロドロになったところで〈にがり〉を除去するための二度目って感じかな」


「なるほど」


 吉乃はすかさずヨシノートにメモメモ。

 覗くと、『3分の1程度になるまで煮詰める→ろ過』と書いてあった。

 サッと書いたわりには読みやすくて綺麗な字だ。


「ろ過にはコイツを使う」


 俺は愛用の不織布ロールを取り出した。


「出た、海斗の大好きな不織布」


「ふふふ」


 不織布を別の土器にピンッと張り、その上に熱々の海水を流し込む。

 不純物が不織布に絡みつき、ろ過された海水が土器に溜まっていく。


「思ったより綺麗だな」


 これはろ過後の不織布を見た感想だ。

 白い塊がポツポツと付着しているだけだった。


「もっと不純物でべっとりしている予定だったの?」


「うむ」


「使った不織布が微妙だったとか?」


「いや、たぶん海水の成分が地球と違うからだと思う」


 塩分濃度は同じでも、他まで同じとは限らない。

 だから水質検査でもブルーサインが出たわけだし。


「地球の海水よりも不純物が少ないってことね」


「そうなると思う」


 とりあえず今回はそのまま進めることにした。

 ろ過の終わった海水をさらに煮詰めていく。


「ここでポイントだが、ただ見ているだけだとダメなんだ」


「というと?」


「かき混ぜろってことさ」


 適当な棒で土器の水を混ぜる。

 グルグル、グルグル。


「完成が見えてきたね」


「だな」


 水分の大半が蒸発し、白いドロドロと化している。


「ほぼほぼ水分が消えたから――」


 俺は手を止めた。


「――これで完成だ!」


 吉乃は「ブラボー!」と拍手喝采……はしなかった。

 それどころか「え?」と驚いている。


「まだ完全には蒸発していないよ? ドロドロだけど?」


「完全に蒸発させると土器に焦げ付くから、残りは天日干しで済ませるんだ」


「なるほど」


 新たな不織布に精製した塩を移して包む。


「海水の塩分濃度を考えたら当然だけど、一度に精製できる量って本当に少しなんだね」


「複数の土器を使って並行して進める必要などの工夫が必要だな」


 吉乃は頷いた後、新たな質問をしてきた。


「日本で売られている塩もこの方法で作られているの?」


 俺は「まさか」と笑った。


塩田えんでんを用いた、もっと効率のいい方法だよ」


「塩田?」


「簡単に言うと、地面に海水をばら撒き、太陽熱で水分を蒸発させて塩を抽出すって方法だ」


「なるほど。私たちは塩田を作らないの?」


「不要だと思う。別に作ってもいいんだけど、塩田は塩田で手間がかかるし、土器に汲んだ海水を煮詰めるほうが楽でいいかなって」


「そういうところまで考えているんだ、さすがだね」


「まぁな」


 俺と吉乃は時間の許す限り塩を精製した。

 海辺の探索もしたかったが、それは次回以降に持ち越しだ。

 吉乃以外の女子が作業に参加していたら探索もできたのだが……。


「やっふぅ! 海サイコー!」


「ウキッキィ!」


「ちょっとー、このお猿さん、さっきからセクハラしてくるよぉ!」


 明日花たちのキャッキャウフフとした声が響く。

 羽目を外して楽しそうにしているので何も言わないでおいた。

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