061 ドームの調査

 その日は希美の家で朝まで過ごした。

 もちろんこの件も皆の知るところとなる。

 ――が、それはまた別の話。


 そんなこんなで迎えた13日目。


 今日は全員でデジタルドームの調査を行う。

 朝食が終わり一服すると、俺たちは西へ移動した。

 サル軍団にサイの群れ、さらにはアリクイまでいる大所帯だ。


「いやいや、このアリクイはどこからきたの!?」


 千夏が言った。

 アリクイと仲良くジョンに騎乗している。

 パンダのような白黒の体毛が特徴的なオオアリクイだ。


「出発の時にたまたま水を飲みに来てそのまま同行しているな」


 アリクイは「キィ」と高い声で鳴いた。

 何を言っているのか分からないが、間抜けな顔に反してやる気を感じる。


「ウキ!」


 先頭を歩くサルが立ち止まって合図する。

 デジタルドームに到着したのだ。


「ほっへぇ! 本当に見えないや!」


 千夏はジョンから下りてドームに近づく。

 アリクイは下りることなくジョンにしがみついている。


「おー、ぬくい!」


 迷うことなくドームに触れる千夏。

 それを見た他の女子も次々とドームに触り始めた。


「ここからは二手に分かれてドームに沿って歩こう」


「侵入手段を見つけるのが目的だよね?」と吉乃。


「そうだ。破壊することができない以上、中を確認するには入口を見つけるしかない」


「あるのかねぇ? そんなもの」


 千夏は再びジョンに乗った。


「あるかもしれないし、ないかもしれない。分かることが大事なんだ」


 今回の調査で知りたいのは、ドームの侵入方法と大きさだ。

 大きさに関してはサルの情報によってある程度は把握している。


「グループはどう分けるの?」


 吉乃が尋ねてくる。


「リーダーは俺と吉乃で、千夏は吉乃のグループに。あとは適当に半々でいいだろう」


「なんで私は吉乃グループなの!?」


「そりゃ弓の腕がいいからな。狩猟大臣としていざという時は皆を守ってもらう」


「あーね! そういうことなら任せて!」


 千夏は腰に装備している弓を掲げた。

 ジョンが「グルルーン!」と鳴いて士気の高さをアピール。

 アリクイはジョンにしがみついたまま眠っていた。

 間抜けな顔の通りやる気はなかったようだ。


「よし、分かれたな」


 俺のグループメンバーは麻里奈、明日花、七瀬の三人。


「戦力的には妥当な分かれ方ね」


 吉乃の意見に、「だな」と同意する。

 単体では俺が最強だが、組織力では吉乃のグループに軍配が上がるだろう。

 なにせ由芽と希美にはテニスラケットという強力な武器がある。

 軽々と振り回せて攻撃力も高い。


「ではドームの反対側で会おう!」


 俺はグループメンバーを連れて向かって左に進んだ。

 後ろに続く女子三人がドームに右手を添えている。

 サルとサイは一列になって俺たちの左側を歩く。


「入口っぽいものが見当たりませんねー!」と七瀬。


「不思議だよねー」


 明日花が答える。

 そして、歩き続けること数分――。


「お?」


「あ!」


 ――前方から吉乃たちがやってきた。


「そっちも手がかりなし?」


 吉乃は「だね」と頷いた。


「ずっと同じ感じだったよ。そっちもってことは、海斗たちも?」


「変わらずだ」


 とはいえ、ドームのサイズ感は的確に把握できた。


「半径50メートルってところかな?」


 吉乃に確認する。


「そうだと思う」


「これからどうする?」


 麻里奈が尋ねてきた。

 事前に決めていたのはここまでだ。


「側面に入口はないと分かったから、今度は上下から攻めよう」


「上下って?」


「まずは上――ドームによじ登って頂上を目指す!」


「よじ登る!? 無理なんじゃないの? サルでも滑って登れないんだよ!?」


「たしかに普通だと厳しいだろうな」


 このドームは登ろうとする者を拒むかの如くサラサラしている。

 そのため、サルなどの小動物でも登ることができなかった。


「先輩、何か秘策があるんですね!」


 由芽の言葉に頷くと、俺はポケットから小瓶を取り出した。


「これが俺の秘策――」


 妙な間をおいて勿体ぶってから答えを言う。


「――松脂まつやにだ!」


 松の木の樹脂こと松脂は高い粘性を誇る。

 要するにベタベタしているため、滑り止めには最適だ。


「こいつを手と足につけたらそう容易くは滑らないはず!」


 ということで実践する。

 両手の手の平に松脂を塗り、さらに靴を脱いで足の裏にもベッタリ。


「皆はそこで待っていてくれ!」


「滑るなよー!」と千夏。


「おうよ!」


 俺は四肢を伸ばしてドームにしがみつき、ゴキブリのように駆け上がる。

 だが――。


「うおっ!?」


 順調に進んでいる……と思った次の瞬間に滑り落ちた。

 しかも、ただ落ちただけではない。


「なんだこりゃ!?」


「どうしたの海斗君!?」


「手足の松脂が消えたぞ!」


 えっ、と驚く皆に両手の手の平を見せた。


「松脂のベタベタが完全に消えているんだよ!」


 女子を代表して明日花が俺の手の平に触れる。

 それから「ほんとだー!」と声を上げた。


「正攻法で登るのは無理みたいだな」


 ということで、今度はからめ手を使うことにした。

 女性陣や同行している動物たちに命じて皆で“ある物”を作る。

 それとは――。


「できたぜ! 専用のハシゴがよぉ!」


 ――そう、お手製のハシゴである。


 作り方は簡単だ。

 両サイドに細長い木を立て、間を足場となる板で繋ぐだけ。

 蔓植物から作った自然由来の紐で縛って固定したら完成だ。

 耐久度は低いが、一度限りの使用なら問題ない。


 ハシゴの長さは約20メートル。

 かなりのロングサイズだ。


「みんな、しっかり持っていてくれよ!」


 ドームにハシゴを掛けて登っていく。

 ドームの形状的にどうしても斜めになってしまうので動きにくい。

 それでも皆が支えてくれているおかげで無事に先端へ到着。

 あとはそこから――。


「おりゃー!」


 ――デジタルドームに飛び降りる。


「ふぅ」


 無事にしがみつけた。


「ここが頂上ないしその付近のはずだが……」


 残念ながら手がかりになりそうなものはない。

 ドーム内の見え方が変わるといったサプライズも特になし。


「うーむ……って、うお!?」


 考えていると、突然、体が滑り出した。

 そのことに驚いた時には、地面に足が着いていた。

 着地に失敗して尻餅をつく。


「海斗君、大丈夫!?」


 皆が駆け寄ってくる。


「尾てい骨を軽く打った程度で問題ないよ」


 明日花に手を借りて立ち上がった。


「で、どうだった?」と吉乃。


 俺は「残念ながら」と首を振った。


「ならあとは下から攻めるしかないかー!」


 千夏が木の棒を掲げる。

 シャベルの代わりとして使うのだろう。

 他の女子もいつの間にやら同様の物を準備していた。


「海斗先輩の分も用意しておきました!」


「サンキュー由芽、気が利くな」


「提案したのは吉乃先輩ですが……」


 と言いつつ、由芽は「えへへ」と嬉しそうに笑った。


「結果は期待できないが掘りまくるぞー!」


 由芽から受け取った木の棒を掲げる。


「「「おおー!」」」


 女性陣が呼応した。

 サルとサイも吠えている。


「では穴掘り開始!」


 皆で協力して穴を掘っていく。

 始めてすぐに分かったが、ドームの床は水平になっていた。


「もしかしたら地中もドーム状……つまり、実際にはドームじゃなくて球体かと思ったがそんなことなかったな」


「デジタルドームって名前にして大正解だったね! 海斗君!」


「地表と地中で形状が違うのはワンチャン期待できるんじゃねー?」と千夏。


「同感だ。何かある可能性はゼロじゃないぞ!」


 木の棒でガンガン掘っていく。

 その結果、残念ながら新たな発見はなかった。

 ――と、思った時だった。


 ブワァン!


 突然、ドームが光ったのだ。

 それによって皆の手が止まる。


「今、光ったよな?」


「私も見た! 白くて淡い光!」と麻里奈。


 皆が頷いている。


「地中を掘られると何かまずいことでもあるのか?」


 などと話していると。


 ピカァン! ピカァン!


 今度は派手に光り始めた。

 しかも赤色の光だ。

 血塗られたように染まっている。

 禍々しい光景だった。

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