059 綿の加工

 皆のいる第二拠点に着いたのは15時過ぎのことだった。


「おかえり海斗君! お腹空いているでしょー? ご飯あるよー!」


 明日花が迎えてくれる。

 昼食も準備してあった。


「やれやれ、移動だけで一苦労だよ」


 遅めの昼ご飯をいただく。

 当然ではあるが、他のメンバーは既に食べ終えて活動中だ。


「海斗さん、どうだいこの織機は!」


 未使用だった竪穴式住居から声がする。


 希美だ。

 彼女は木製の織機で布を織っていた。

 1900年代に主流だった足踏み式の代物だ。


「えらく大掛かりな織機だな」


「すごいでしょ!?」


「ああ、想像していたより現代的で大型だから驚いた」


「ふふふーん、皆で協力して造った!」


 近くでは吉乃と由芽、さらに数匹のサルが糸を作っている。

 希美の言う「皆」にはサルも含まれていそうだ。


「綿のほうも準備できているよ」


 吉乃が手を動かしながらこちらを見る。

 目が合うと、彼女は視線をすーっと動かして近くの籠に向けた。

 籠はたくさん並んでいて、中にはこれでもかと綿花めんかが詰まっている。


「ちなみに布の準備もそこそこOK!」と希美。


「ならメシが済んだら綿の加工をしよう」


 空腹を満たしつつ周囲を見回す。

 拠点を経つ前に比べて何かと充実していた。

 実に順調だ。


 ◇


 明日花のご馳走を食べ終わった。


「さて、綿の加工に着手していくとしよう」


 早くしなければ日が暮れてしまう。

 なので、「巻きで進めるよ」と吉乃に言った。

 彼女が今回のアシスタントだ。


「いつでもいいよ」


 吉乃はノートを片手に頷いた。


「まずは綿花に付着している種を取る作業から始めていく」


 収穫したての綿花には種が絡まっている。

 それを吉乃やサルと協力してチビチビ取り除いていく。


「なかなか取れにくいわね」


「だから昔の人は〈綿り機〉や〈ロクロ〉と呼ばれる道具を使っていた」


「へぇ、どんな道具なの?」


「見た目は手巻きのシュレッダーを縦に立たせたようなので、刃の代わりに二つのローラーが付いているんだ。そのローラーに綿を挟んで通すと、種だけローラーに引っかかって落ちるって仕組みだ」


「なるほど。〈綿繰り機〉って名前から察するに、種を取り除く作業は〈綿り〉と呼ばれているのかな?」


「いかにも。相変わらず察しがいい」


 吉乃は嬉しそうに「ふふ」と笑った。


「ちなみに、取り除いた綿の種にも使い道があるんだぜ」


「そうなの?」


綿実油めんじつゆを作るのに使うんだ」


「あー、そういえば『綿』の『実』の『油』って書くね」


「そういうこった」


 こうして綿繰りが終了した。


「次は〈綿打ち〉という作業を行う」


「それはどういう作業?」


「綿繰りと同じで不純物を取り除く作業さ。あと、綿をほぐすという役割も担っている」


「昔の布団って『打ち直せば何度でも使える』と言われていたけど、その時に使う“打つ”って表現は綿打ちからきているのかな?」


「正解だ」


 吉乃が「よし」と握り拳を作る。

 俺も「理解力が高くて助かる」とニッコリ。


「話は戻って綿打ちの方法だけど、打つといっても棒でガンガン叩くわけではないんだ」


「どうするの?」


「弓を使う」


 俺は狩猟用に作った弓を取り出した。


「え、弓!?」


 サルも「ウキ!?」と驚いている。


「弦で弾いて飛ばすんだ」


 実演して見せた。

 水平に寝かせた弓の弦を綿の塊に食い込ませる。

 その状態で弦を弾くと、綿の一部が前に飛んだ。


「これを何度も繰り返すことで綿がほぐれ、綿繰りで除去できなかった不純物も取り除けるわけだ」


「弓を使うって面白いね。海斗が考えたの?」


「いや、綿打ちといえばこの方法が定番だよ」


「そうなんだ」


 話しながら綿打ちを行う。

 ある程度すると、ばらけた綿をまとめて再び綿打ち。

 サルたちも自身の可愛らしい弓で頑張ってくれた。


「この作業を経てできたものを〈打ち綿〉という。別の言葉に言い換えると……完成だ!」


 綿繰りによって〈実綿みわた〉が〈繰り綿〉となり、

 綿打ちによって〈繰り綿〉が〈打ち綿〉となった。


「これで完成なんだ? 思ったよりあっさりとできたね」


「種を取り除いて弦で弾くだけだからな」


「完成した打ち綿はそのまま布団に詰め込んでいいの?」


「おう。余ったら糸として使うのもいいよ」


「了解」


 吉乃はこれまでの作業をヨシノートに記していく。


「打ち綿も完成したことだし、布団を作っていくとするか!」


 あとの作業も簡単だ。

 希美の用意した布で綿を包むだけだ。


 大変なことがあるとすれば裁縫関連だろう。

 サバイバル環境下において縫い針を準備するのは難しい。

 ……というのは、一般的な話。


「もちろん縫い針はサバイバルグッズに含まれている」


 今回は俺が市販品を持っているので解決した。

 この辺りは抜かりない。


 そして――。


「完成! これが新時代の布団だ!」


 フカフカの布団が出来上がった。

 といっても、フカフカというのはこの島での基準だ。

 現代だと「煎餅布団」と呼ばれるような薄さをしている。


 それでも、皆は大いに盛り上がった。

 いつの間にか帰還していた千夏が布団を掲げて叫ぶ。


「すっご! マジの布団じゃん! 神!」


「これで今後の睡眠が快適になるー!」


 麻里奈も嬉しそうに声を弾ませた。


「やるなー海斗、本当にフカフカの布団を作るなんて!」


 千夏が喜びのヘッドロックを決めてくる。


「まぁな……と言いたいが、今回のMVPは俺じゃない」


「あら? そうなの?」


「フカフカ布団の立役者は間違いなく――」


 俺は一人の女子に目を向けた。


「――希美だ」


「私!?」


「皆の布団が作れたのは希美が大量の布を織ってくれたからに他ならない」


「それだったら織機を作ってくれた麻里奈さんのおかげだよ!」


「謙遜しないの! あんたの布を織る速度が凄かったのは誰の目にも明らかだったんだから!」


 麻里奈は希美の背中を叩いた。


「えー、そうかなぁ? なんかそう言われると照れるなぁ」


 褒められ慣れていないようで「ぐへへ」とニヤける希美。

 後頭部を掻いて小っ恥ずかしそうにする姿が可愛らしかった。


「このペースで布を量産できるのは大きい。ということで、希美には今後も布を織ってもらうとしよう。今日から君は機織り大臣だ!」


「「「おお!」」」


 歓声が上がる。


「いいじゃん機織り大臣! 少し私と被っているけど!」


 内職大臣の麻里奈が言う。


「よっ! 機織り大臣!」と千夏。


「大出世だねー!」


 明日花がニコッと微笑む。


「よーし、機織り大臣として今後は布を量産しちゃうよー! お猿さんたち、これからも材料集めをよろしく頼むよ!」


「「「ウキキー!」」」


 こうして、俺たちの文明に平成初期レベルの寝具が導入された。

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