058 兵藤と城市

 兵藤の集落に行く理由は二つ。


 一つは純粋に気になるから。

 食中毒の一件がどうなったのか。


 川水を煮沸するようになったので収まっているはずだ。

 ただ、乗り切れずに死んだ者がいるかもしれない。

 数人、いや、数十人規模で死者が出てもおかしくなかった。


 もう一つは良好な関係を築きたいから。

 これは転移二日目の初めて集落に行った時と同じ理由だ。


 兵藤との関係は食中毒の件で改善傾向にある。

 適切な距離感を保てていれば、有事の際に戦力として期待できそうだ。


「などと思って内側の森に来たのはいいが……」


 俺は第一拠点の洞窟で一休み。


「あまりにも遠すぎる!」


 第二拠点から兵藤の集落までは片道二時間以上の距離。

 歩けど歩けど見えないゴールにげんなりする。

 足が悲鳴を上げていた。


「千夏にジョンを借りるか、もしくは別の動物に騎乗するべきだったな」


 休憩を終えて移動を再開。

 適当な果物を食いながら進んでいく。


「ようやくか」


 兵藤の集落がある草原に到着。

 幾度となく引き返そうか悩んだが、どうにか辿り着けた。

 オリックスの群れが「なんだあいつ」と言いたげな顔で俺を見ている。


 俺は息を整えてから集落に近づいた。

 乾燥してもなお吐瀉物の強烈な悪臭が漂っている。

 思わず鼻をえぐり取りたくなるのを我慢していると――


「そんなもん認められるか! ふざけるんじゃねェ!」


 ――兵藤の怒声が聞こえてきた。

 誰かと揉めているようだ。


(なんだ?)


 竪穴式住居の裏から様子を窺う。


「認める認めないの話じゃないだろ。兵藤に俺たちを止める権利はない!」


 強い口調で言い返しているのは三年の男子。

 サッカー部の主将を務める城市じよういちだ。

 同じクラスになったことも、ましてや話したこともない。

 ――が、下の名前が「大輝だいき」ということまで知っていた。


 何故なら城市は学校の有名人だからだ。

 サッカーの実力が凄まじいらしくプロ入り確実と言われている。

 18歳以下の国際大会かなんかに出場した時もMVPを取っていた。


「おいおい、何を揉めているんだ?」


 俺は姿を現すことにした。


「お、冴島じゃねぇか……って、なんだよその格好!」


「腰蓑に半裸の男気スタイルだ。似合っているだろ?」


「…………」


 どうやら似合っているらしい。

 城市も口をポカンと開けて固まっていた。


「食中毒の一件がどうなったか気になって見に来たんだが、何やらトラブルの最中だったようだな」


 兵藤は「ふん」と顔を背けた。

 城市もバツの悪そうな顔でだんまりだ。


「仲裁する気はないけど、よかったら何で揉めているのか教えてくれ。こんな環境で体力の無駄遣いをするくらいだ、何か相当な問題が起きているんだろ?」


 俺が嫌味まじりに尋ねると、城市……ではなく兵藤が答えた。


「コイツらがチームを二つに分けようって言いやがるんだよ。それも自分のところに優秀な奴を固めて、俺のほうには軟弱な奴等を押しつけようとしている」


「おい! その言い方はおかしいだろ!」


 城市が反論する。


「まず俺たちは兵藤に押しつけるなんて言っていない。兵藤も俺たちと一緒に活動しようと誘ったじゃないか。断ったのは兵藤自身だろ」


「俺が承諾したら残された奴はどうすんだよ。見捨てるのか?」


「そんなもん知るかよ! 自己責任だ!」


「それになぁ、こんな環境だからこそ数が大事なんだよ! そんなことも分からないのかよ!」


「数が大事でも限度がある。こっちは足を引っ張られた側なんだよ! 介護士じゃないんだよ! 俺たちは!」


 二人の口調が荒々しくなっていく。


「待て待て、もう少し落ち着いてくれ。まだ事情がよく飲み込めていない」


「うるせェ!」


 兵藤は今にも殴りかかりそうな勢いだ。

 すると城市は応戦し、彼の後ろにいる体育会系の連中も加勢するだろう。

 それは望ましくないので、少し威圧することにした。


「喧嘩なら俺が買うが、どうする?」


 兵藤を睨む。


「チッ」


 兵藤は舌打ちして顔を逸らした。

 それを見て城市もクールダウン。


「兵藤と城市の二人から別々に話を聞かせてもらう。まずは兵藤からだ」


「はぁ? なんで俺がお前の言いなりに――」


「ならお前の流儀に則って拳で語り合うか?」


 俺はファイティングポーズを取った。


「……わかったよ。だからその拳を下ろせ。お前とやり合う気はねェ」


 物分かりにいい男だ。


「では話を聞かせてもらおうか」


 ◇


 兵藤と城市から話を聞き終えた。

 彼らが揉めたのは、城市の独立宣言がきっかけだ。


 城市はチームを二つに分けて、一つは自分が仕切ると言い出した。

 これだけでも兵藤を苛つかせるには十分だったが、話には続きがある。


 城市は誰を自分のチームに入れるかまで決めていた。

 彼が選んだのは、男女ともに特定の優等生ばかり。

 男子は体育会系のフィジカルエリートで、女子は容姿レベルの高い者。

 女子の中には、転移前に兵藤と交際関係にあった者も多く含まれていた。


「そんな横暴は許されないだろ! 皆で一致団結してこの難局を乗り切ろうって時に! ようやく食中毒の問題も乗り越えてこれからって段階なんだぞ! なんで輪を乱そうとするんだよ!」


 というのは兵藤の意見だ。

 たしかにこれだけ見れば彼が正しいように感じる。

 しかし、城市にも言い分があった。


「俺たちは食中毒に陥った奴等の看病をしたんだ。もういいだろ」


 城市を始め、彼の選んだ男子は全員が食中毒を免れていた。

 カンピロ問題の時、彼らは身を粉にして皆の食糧を調達していたのだ。

 その甲斐あって、兵藤のチームは食中毒問題を死者ゼロ人で乗り切った。

 数十人が死んでもおかしくない中で無死を達成したのは奇跡に近い。


「こういう環境だからこそ、足手まといのおもりなんてしたくないんだ。自分たちのことだけで精一杯なんだからさ。俺たちの献身的な振る舞いに恩を感じているなら、俺たちの独立を認めるのが筋ってものじゃないか」


 城市の言い分も理解できた。

 精鋭だけで独立するのは自分勝手だが、そうしたい気持ちは分かる。

 そして、彼らは食中毒の件が解決するまで我慢して筋を通した。


 問題はここからだ。


 話が城市らの独立を認めるかどうかだけなら揉めないで済む。

 兵藤がどう言おうと、城市が仲間たちと好きに活動すればいいだけだ。

 そうならずに揉めているのは――。


「どうしても独立したいってなら止めないが、その代わり集落ここからは出ていってもらう。竪穴式住居は使わせないからな!」


 ――と、兵藤が言っているからだ。

 だから城市は強攻策に出ず、話し合いで解決しようとしていた。

 そのために様々な条件を提示していたが、兵藤に全て拒まれている。

 で、堂々巡りの言い合いを繰り広げていたというわけだ。


(俺が当事者の立場なら城市派に近い思いを抱くが……)


 城市に独立されるのは望ましくない。

 誰がリーダーでもいいが、全員で一丸になっていてほしいものだ。

 それがウチのチームにとって最善であると思った。


「二人の言い分はよく分かった――」


 だからこそ、俺は話を聞き終えたあとに言った。


「――俺は帰るから、あとは勝手に話し合って決めてくれ!」


「「なにーッ!?」」


 これには兵藤と城市の両方が驚いている。

 二人とも俺が裁判官のように判決を下すと思っていたようだ。


「最初に言った通り仲裁する気はない。理由は分かったし、無事に食中毒の問題を乗り切ったのも確認できたから用は済んだ」


 俺は皆に背を向けて歩き出す。

 だが、何歩か進んだところで振り返った。

 城市の目を見て話す。


「念のために言っておくが、俺たちの洞窟には近づくなよ。近くで見かけただけでも矢を射かけるからな。俺は兵藤と違って容赦しないぜ」


 腰蓑一丁の半裸男のセリフには強い説得力があったようだ。

 城市は「ひぃ」とビビりながら「分かったよ」と同意した。


「あ、それと――」


 今度は兵藤に言う。


「――ここから北に行くと川があるのは知っているか?」


「知っている」


「俺の予想が正しければどこかに石橋が架かっていると思うが、渡らないほうがいいよ」


「そうなのか?」


「対岸の森は猛獣が潜んでいて危険だからな」


「覚えておく」


 西側の森には巨大ジャガー、南側には巨大ゴリラが棲息している。

 となれば、北と東にも何らかのボス的存在がいると考えるのが自然だ。

 兵藤がいかに強いと言えど、所詮は人間に限った話である。

 迂闊に踏み込めば命を落としかねない。


「なんにせよ元気でよかったよ。じゃあな」


 兵藤たちに別れを告げ、俺は拠点に戻った。

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