056 デジタルドーム

 サルの放った矢が迫ってくる――。

 だが、俺たちに当たることはなく間をすり抜けていった。

 外れたのではなく意図的に外したのだ。


 では何を狙っていたのか?


 再び振り返って矢を見ると。


 ガッ!


 矢は何もない空間に弾かれた。


「「えっ」」


 当然、俺と明日花は驚いた。


「海斗君、今……」


「いきなり矢が落ちたぞ!?」


「ウキィ!」


 サルは俺たちの前に立ち再び矢を放つ。

 すると、またしても矢は見えない何かに弾かれた。


「どうなっているんだ?」


「ウキ! ウキキ!」


 サルのジェスチャーによると何かがあるらしい。

 しかし、その“何か”が俺たちには見えなかった。


「お前には見えているのか?」


「ウーキ」


 首を振っている。

 どうやらサルにも見えていないようだ。


「ふむ」


 見えない何かについて確かめることにした。

 俺は砂を手に取り、矢の弾かれた場所へ投げつける。


「砂が浮いてる!?」


「たしかに見えない何かがあるみたいだ」


 砂は空中に留まっていた。

 ――が、ほどなくしてパラパラと地面に落ちていく。


「何かは分からないが透明な何かがあるんだな」


 砂を投げかけたり矢を射かけたりして試してみる。

 その結果、見えない何かが垂直の壁ではないと分かった。

 見えないので断言できないが、おそらくドームのような形状だ。

 そのため、砂を掛けると高い位置ほど奥に当たっていた。


「この見えない何かは触っても平気なのか?」


「ウキ!」


 平気らしい。


「なら触ってみるか」


「なんか不安……!」


「得体が知れないからな」


 まずは長めの枝で慎重にタッチ。

 特に問題なくコツン、コツンとつつけた。


「どう?」と明日花。


「矢を弾くだけあって硬い」


 勇気を出して直に触れてみる。

 念のため利き腕とは反対の左手を伸ばした。


「暖かいな」


 機械的とも言える無機質な質感とほのかな温もりだ。

 これは――。


「テレビの画面に触れている感じ、というのが最適な表現になると思う」


「そうなの?」


 明日花も左手で見えない何かに触れる。


「な? テレビに触っているみたいだろ?」


「ほんとだー!」


「もしかしたら本当にディスプレイなのかもな」


 思い切って顔を近づけてみる。

 しかし、目と鼻の先まで迫ってもデジタルには感じない。

 そこに何かあると知らなければ何もないと思うだろう。


「これがディスプレイなら地球に存在するよりも遥かに高度な技術で作られているのはたしかだ」


「ねー!」


 この見えない何かについて、ひとまず「デジタルドーム」と命名した。

 おそらくドーム状であること、そして機械っぽいことが由来だ。


「海斗君、これからどうする? 日が暮れてきたけど」


 第二拠点を発ったのが遅かっただけに早くも夕方だ。


「拠点に戻ろう。できればこのドームについてもっと調べたいが、いかんせん時間がな。サルや周囲の猛獣が友好的であることを加味しても、夜までには帰還するべきだと思う」


「了解!」


 明日花がくるりんと後ろに向く。

 一方、俺は――。


「最後に壊れるか試しておこう」


 ――近くにある岩を抱え、デジタルドームに叩きつけた。


 ガンッ!


 派手な音が森に響く。

 鉄を叩いたような耳障りな音だ。

 しかし――。


「残念! 綺麗なままだよー!」


「防弾ガラスかよ!」


 思わず苦笑いを浮かべる。

 強烈な落石攻撃すら効かない以上、破壊は困難だ。


 俺たちは諦めてその場を去った。


 ◇


 拠点に着いたら他のグループと報告し合った。


「デジタルドームとか急にハイテクなのが出てきたなぁ!」


 千夏は興味津々の様子。


「竪穴式住居で原始時代感を出していたところに……って感じですよねー」


 七瀬のセリフに、俺は「だなぁ」と同意。


「俺と明日花のグループ……つまり西側はこんな感じだったけど、他はどうだった?」


「こっちは目新しいのとかなかったかなぁ」と千夏。


「でもススキやイネがあったから、わざわざ洞窟まで戻らなくても作業ができると判明した!」


 言ったのは内職大臣の麻里奈だ。

 彼女と由芽は千夏と同じグループである。


「私たちのほうは綿花畑を発見したよ」


 吉乃は表情を変えずに言った。


「綿花畑か」


「海斗さんなら収穫した綿でモフモフの布団が作れるんじゃない?」


 希美が尋ねてくる。


「たしかに綿を使えるよう加工することはできるが、問題は綿よりも布だ。綿を覆うだけの布を用意しなければならん」


 吉乃が「だよね」と呟いた。


「枕なら藁でもいいけど、布団に藁を使うとチクチクして寝られないだろうねー。肌に当たる部分だけ動物の毛皮にして反対側は藁にするって手もあるにはあるけど」


 麻里奈の意見だ。


「布を用意するのってそんなに大変なんですか?」と七瀬。


「大変なんてものじゃないさ。大量の糸を用意して織る必要がある。それ自体もさることながら織るための道具、つまり織機を準備するのも――」


「糸と織機さえ用意してくれたら私が織るよー!」


 話している最中に希美が言った。

 俺を含めて誰もが「おお!?」と彼女を見る。


「経験があるのか?」


「あるある! おばあちゃんの家に織機があってさー、それを使って布を織ったことがあるよ! だから環境さえ整っていたら私が織る!」


「だったら織機は私が用意しよう!」


 立ち上がる内職大臣の麻里奈。


「私たちは織機や糸を作るための材料調達かな?」と吉乃。


 由芽が「分かりました!」と元気よく答える。


(話が勝手に進んでいるぞ……)


「そんなわけで! 明日はフカフカの布団を作るぞー!」


 希美の言葉に、女性陣が「おー!」と拳を突き上げる。


「俺はあのデジタルドームに興味があったのだが……まぁいいか」


 こうして、布を織って布団を作る案が可決された。

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