054 ジャージー

「手伝ってくれてありがとう、この5軒はお前らで使ってくれ」


 俺はサルたちに竪穴式住居の一部をプレゼントした。


「「「ウキキー!」」」


 サル軍団は大喜び。

 俺たちに抱きつき、頬ずりをして喜びを表した。


「ウキィ……ウキキィ……♪」


 いや、よく見るとセクハラを働いていた。

 七瀬と由芽以外の女子に抱きついているサルたちのことだ。

 豊満な胸に顔をうずめてニタニタと笑っている。


「お猿さんって可愛いねー!」


「ここのサルは言葉が通じて頭がいいから尚更にいいよねー!」


 明日花や希美はエロザルの下心に気づいていない。

 それは麻里奈たち他の女子も同様だ。

 一方、巨乳ではないことで難を逃れた七瀬と由芽は気づいていた。


「ここでも貧乳はウケが悪いなんて……」


 七瀬はガクッと項垂れつつ、自らに抱きつくサルの頭を撫でる。


「私、これでもCカップですよ……! 小さくはないはずなのに……!」


 由芽は不満げに唇を尖らせていた。


 ◇


 その日は第二拠点で過ごすことにした。

 それに伴い、いくつかの道具を洞窟から持ち込んだ。


「肉体労働に精を出した後の食事は最高ですなぁ!」


「お腹がペコペコだったこともあって美味しさ倍増だね!」


 15時過ぎ、俺たちは遅めの昼食をとっていた。

 場所は竪穴式住居の外――集落の真ん中に位置する広場だ。

 千夏や麻里奈の話し声に耳を傾けつつ、視線は井戸に向けていた。


「ウキ! ウキキ!」


「グブゥ!」


 数匹のサルが水を汲んでいる。

 その水は自分で飲むのではなく、他の動物に与えていた。

 サイ、ハイエナ、ピューマ……森の住民が列を成して水を待っている。

 普段は樹上から動かないナマケモノの姿もあった。


「地球じゃ絶対に見られない光景だよね」


 隣に座っている吉乃が言った。


「いい雰囲気だよなぁ」


 見ていてほっこりする。


「でも、ちょっと気になるよね」


「というと?」


「草食動物はともかく、肉食動物はどうやってお腹を満たしているのかなって」


「そういえばそうだな」


 ハイエナやピューマは肉食だ。

 しかし、見ている限り他の動物と友好的な関係を築いている。

 ピューマの主食であるナマケモノがビビっていない点からも明らかだ。


「この場にいない動物を食っているのかもな」


 俺は推論を述べた。


「全ての動物が仲良しというわけではないって考え方ね」


「中には俺たちから距離を置いている動物もいたし、そうした獲物で空腹を満たしている可能性はある」


「なるほど」


「もしくは離れたところの動物とは争っているとか」


「この辺の動物とは友好的だけど……ってことね」


「うむ」


 気になるところではあるが、深くは考えないことにした。

 不思議で満ちたこの島において、一つ一つの謎を解明する余裕はない。


「それにしても次から次に動物が来るな」


 まるで月末のATMを見ているようだ。

 多種多様の動物がやってきては列に加わっている。

 バリエーションが豊かなので見ていて飽きなかった。


「おっ」


 ある動物を見た時、俺は思わず前のめりになった。


「モォー♪」


 牛だ。

 麦色の毛をした乳牛である。


「おい、あの乳牛、ジャージーだぞ!」


「それっていいの? 乳牛って白黒の斑模様ってイメージだけど」


「白黒のはホルスタイン種だな。ジャージー種のほうがいいぜ」


「どう違うの?」


「単純に牛乳の味がいい。ホルスタイン種よりも乳脂肪分・SNFともに優れているから濃厚なんだ」


 もちろん一般論であって必ずしもそうだとは限らない。

 諸々の環境次第ではホルスタインが上回ることもあり得る。


「乳脂肪分は分かるけど、SNFって何?」


「Solids Not Fatの略称で、日本語では『無脂乳固形分』と呼ばれている」


「聞き覚えのある単語だけど、それが何か分からないかも」


「無脂乳固形分ってのは、牛乳から水と乳脂肪分を除いた残りの栄養価のことさ」


「たんぱく質とかミネラルとか?」


「その通り。さすがの理解力だ」


 吉乃は「ありがと」と、嬉しそうに口角を上げた。


「ジャージー牛のほうがお乳の質が高いのは分かったけど、ならどうして――」


「ホルスタイン種のほうが定番なのかって?」


「うん」


「これまた単純な話で搾乳量が多いんだよ、ホルスタイン種は」


「質より量ってことね」


「質もジャージーには劣るってだけで、決して悪いわけじゃないからな」


「量の差はどのくらいあるの?」


「ジャージーの4割増しくらいかな。たしかホルスタイン7頭とジャージー10頭で同程度の搾乳量だったはず」


「そんなに差があるんだ? それは大きい」


「だから市販のジャージー牛乳は価格が高めなのさ」


 こうして話している間にも、サルが牛に水を飲ませていた。


「モォー♪」


 水分補給が終わった牛は、体を横に向けた。

 すると次の瞬間――。


「「「ウキキィー!」」」


 サルたちが牛に飛びかかった。

 乳首もとい乳頭にしゃぶりついてミルクを飲んでいる。

 水のお礼にお乳を貰っているようだ。


「モォー♪」


 牛は嫌がることなく飲み終わるのを待っている。

 むしろ嬉しそうだ。


「美味しそうに飲んでいるね」


「まさにがぶ飲みだな」


「見ていると私まで飲みたくなってきた」


 その言葉がきっかけになった。


「なら飲んでみるか」


「え?」


「牛乳だよ。俺たちも頼めば分けてもらえるだろう」


 ちょうど食事も終わったので、皆で井戸に近づいた。


「俺たちにもお乳をくれないか?」


 牛に尋ねる。


「モォー♪」


 どうやらOKらしい。

 首を縦に振りつつ、甘えるような声で鳴いた。


「土器を持ってきたのは正解だったな」


 空の土器に牛の乳を搾る。

 搾り方のコツは根元から握っていくこと。

 それで「ブシャー!」と景気よく出てくれる。


「面白そう! 私にもやらせて!」


 麻里奈が言うと、皆が「私も!」と続く。

 なので、全員で乳を搾った。


「このくらいでいいだろう」


 目分量で3リットル程度。

 8人とジョンで飲む分にはこれで十分だ。


「さっそくコップに入れて飲もー!」


 水筒のコップを掲げる千夏。

 明日花と七瀬、それに由芽と希美が「おー!」と続く。


「いや、このままじゃ飲まないよ。まずは殺菌しないと」


「「「殺菌!?」」」


 どうやら五人は知らなかったようだ。


「知らなかったの?」


 驚く吉乃。


「私でも知っていたんだけど!?」と麻里奈。


「搾りたてのお乳は生乳せいにゆうと言ってな、そのまま飲むと危険なんだ」


「「「ウキ!?」」」


 これにはサルたちが驚いていた。


「大丈夫、お前らは問題ないはず……ていうか、今まで問題なかったんだろ? だから、危険なのは人間にとっての話さ」


 ホッと胸をなで下ろすサルたち。

 そんな様子に笑いつつ、俺は話を進めた。


「生乳を飲むことでサルモネラやO157の他、様々な食中毒にやられる恐れがある。日本だと鶏肉由来のイメージが強いカンピロバクターなんかもその一つで、欧米では生乳を飲んでカンピロにかかることが多々あるんだ」


「「「こわっ!」」」


「だからしっかり加熱して殺菌しないとな」


「たしか加熱方法によって牛乳の味に大きな差が生じるんだよね?」


 吉乃が尋ねてきた。

 皆が「そうなの!?」と驚いている。


「よく知っていたな。吉乃の言う通り、生乳をどう加熱するかによって味が決まる。たとえジャージー牛から搾った極上の生乳だったとしても、加熱殺菌の方法次第では好ましくない味になってしまう」


「マジかよぉおおおおおおおお!」


 この世の終わりに直面したかの如く大袈裟な反応をする千夏。


「でも大丈夫! だって海斗君がいるもん!」


 明日花が俺に向かってニコッと微笑んだ。


「もちろん先輩は最適な加熱法をご存じなんですよねー?」


 七瀬がニヤリと笑う。


「おうよ!」


 俺は胸を叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る