053 竪穴式住居

 ひとまず無人の集落を見て回る。

 半壊しているので中には入らず、外から様子を窺う程度に留めた。

 もちろん全壊している建物はスルーだ。


「どう?」


 吉乃が尋ねてきた。


「人の足跡はないな」


「人のってことは……」


「他の動物の足跡は大量だ」


 俺は「見ての通りね」と地面に目を向けた。

 素人でも分かる程に多くの足跡がべったりとついている。

 サルにサイ、その他、様々な動物の足跡が散見された。

 ただし――。


「この付近だけ足跡が一種類しかないな」


 それは1軒の半壊した竪穴式住居周辺。

 井戸から最も離れたところにある。


「もしかしてその一種類って、海斗が倒した巨大ジャガー?」


「そうだ」


 ジャガーは他の動物に距離を置かれていた。

 サルはそう主張していたが、足跡がそれを裏付けている。


「にしてもさー、なんでここの集落は壊れているんだろ?」


 千夏はジョンに乗って周囲を見渡している。


「天災にでも見舞われたんじゃないか」


「地震や台風のこと?」


「そうそう」


 天災の攻撃力は強烈だ。

 自然の脅威に人類が太刀打ちする術はない。

 俺たちがいる間は平穏でいてほしいものだ。


「ウキッキ!」


 1匹のサルが声を掛けてきた。

 井戸を指している。


「どうした?」


 サルに誘導されて井戸の前へ。


「ウキィ!」


 サルは井戸水を汲み上げた。

 年季の入ったロープを引っ張って桶を引き上げる。


「ウキキ!」


 どうやら井戸水をくれるらしい。


「ありがとう。だが、飲む前に水質を調べさせてもらうぜ」


 いつのもマグカップを取り出す。


「ちょい待ち! ここまで来て毒なんか盛らないっしょ!」


 千夏が「用心深いなぁ」と笑っている。


「サルたちが何か仕組んでいるとは考えていないよ。ただ、サルにとっては安全でも、俺たちには危険があるかもしれない」


 そうは言うものの、結果は問題なかった。

 さっそく皆で井戸水を飲む。


「冷たくて美味しいー!」


「川の水より飲みやすいよね!」


 明日花と希美が声を弾ませる。


「井戸の存在は大きいな」


 ここから川までは徒歩で数十分。

 いつもの洞窟から川に向かうのと同程度の距離だ。


 だからこそ分かる。

 川に水を汲みに行く作業は結構な重労働だ。


「よし、今日からここを俺たちの第二拠点にしよう!」


「「「なんだってー!」」」


 皆が驚いている。


「海へ向かうまでの足がかりにちょうどいい」


 ここを拠点にすれば、海までの距離がグッと近づく。

 それでもまだ片道3時間は歩く必要があるのだが。


「それは結構だけど、住まいはどうするの? 竪穴式住居はどれも壊れているよ」


 吉乃が言うと、女性陣が頷いた。


「これから復旧……いや、ゼロから建て直すぞ!」


「竪穴式住居を皆で造るの?」


「マジで!?」と千夏。


「技術的には余裕だが肉体的に厳しい。俺たちだけだとな」


「それって……」


 皆の視線がサル軍団に向く。


「そんなわけだから手伝ってくれるか?」


 サルに尋ねる。


「「「ウキキィ!」」」


 サルたちは快諾してくれた。

 任せろとばかりにボディビルダーのようなポーズを決めている。


「グブゥ!」


 数頭のサイが近づいてくる。

 彼らも手伝ってくれるようだ。


「皆で協力して作業に取りかかろう!」


 俺たちは第二拠点の建設に着工するのだった。


 ◇


 竪穴式住居に必要な材料はそれほど多くない。

 骨組となる木材と屋根に敷く樹皮、あとは樹皮に被せる土くらいだ。

 この中で調達が大変なのは木材だが――。


「「「ウキッキィ!」」」


 サル軍団が怒濤の勢いで準備してくれたので楽勝だった。


 厳密にはサイとサルのタッグ技だ。

 サイがタックルで木をへし折り、それをサルが加工して運んでくる。

 加工とは枝葉の除去や樹皮を剥くといった作業のこと。

 適切なサイズにカットすることも含まれている。


「俺たちは組み立てを頑張るとしよう」


 竪穴式住居の基本は、初日に造ったアーチ型のシェルターと同じだ。

 骨組を作り、そこに屋根材を敷くだけ。

 ただ、今回は家の規模が大きいため、作業内容が前回と異なっていた。


 まずは四方に柱を立てる。

 俗に「支柱」と呼ばれるものだ。

 これには太くて強靱な木を使用する。


「ここから先は前に造ったシェルターと一緒かな?」


 麻里奈が尋ねてきた。


「いや、柱にはりをかけないといけない」


「梁って?」


「屋根の骨組を支えるための木さ」


「それが柱なんじゃないの?」


「柱は机で喩えるなら脚に該当する。机に物を置くなら天板が必要だろ?」


「その天板が梁ってこと?」


「その通り。梁……つまり、柱にかける寝かせた木材こそ、机で言うところの天板というわけだ」


「なるほど! そういうことね!」


 各柱の頂点に梁をかけていく。

 ただ載せるだけと不安定なので、紐で縛って固定する。

 もちろん自然由来の紐だ。


「これで柱と梁が完成した」


 あとは梁に木を寝かせて屋根の形にするだけだ。


「この梁にかける木……つまり俺たちが『屋根の骨組』と呼んでいるものを、建築用語では『垂木たるき』という」


「おー! 海斗君って建築にも詳しいんだねー!」と明日花。


「そんなことないさ。シェルターの造り方を覚える一環で身に着けた知識に過ぎない。本職の建築関係者には手も足も及ばないよ」


「私たちからしたら建築の先生みたいに見えるよー!」


「ははは、明日花は持ち上げるのが上手だなぁ」


 無事に垂木もかけ終わった。


「あとは屋根に樹皮を敷いて、そこに土をかぶせて固定すれば完成だ」


「茅葺きじゃなくていいの?」


 これは吉乃の質問だ。


「茅の量が足りないからなぁ。今からススキ畑まで行って調達するのも面倒だし。それに、実は竪穴式住居の屋根って茅葺きよりも土葺きが主流だったんだ」


「そうなの? 兵藤たちの拠点は茅葺きだった気がするけど」


「茅葺きもあるにはあったが、主流は土葺きだったようだ」


「知らなかった」


「昔の歴史ってガバガバというか、後になって変更されることが多いからね。俺たちが1185年だと習った鎌倉幕府の成立も、今の30代以上は1192年だと習っていたわけだし」


「あ、それお父さんが言っていた! 『1192年だからいい国作ろう鎌倉幕府なんだよ』って!」


 希美が言うと、何人かの女子が「聞いたことある!」と盛り上がった。


「話を集落ここの屋根に戻そうか。俺個人としては茅葺きや土葺きにこだわりはなくて、別にどっちでもいいのだけど、材料の都合で茅葺きは大変だから土葺きにしようと思う」


「「「了解!」」」


 皆で手分けして樹皮に土をかぶせ、竪穴式住居が完成した。

 サルたちが材料を準備してくれたおかげで、建造自体は数十分で済んだ。


「1軒目だから時間がかかったけど、2軒目以降は10分程度で造れそうだな」


「3時間もあれば残り14軒もできそうですね」と由芽。


 その言葉通り、3時間足らずで全ての竪穴式住居が完成。

 数時間前まで瓦礫の山だった場所が、今ではすっかり見違えていた。

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