052 対岸の森
そんなこんなで休日が終わり、新たな一日が始まった。
転移11日目――。
「今日は兵藤のところに行くの?」
朝食時に吉乃が尋ねてきた。
俺はスライスしたウサギ肉を食べてから答える。
「いや、今日は皆で対岸の森に行こう」
「皆で?」
吉乃以外の女子も俺を見る。
「巨大ジャガーを倒した時、あの森に棲む猛獣たちはこちらに降参の意を示していた。だから新たな支配者として顔を出しておこうと思ってな」
「私らも一緒で大丈夫? 足手まといにならないかな?」
「問題ないと思う……が、断言はできない。ただ、いつかは海に進出したいと考えている俺たちにとって、対岸の森は避けて通れない場所だ」
「リスクは覚悟の上ってことね」
「最終目標が日本に帰ることである限りな」
「じゃあ友好の証としてアナグマの肉でも持って行こうぜぃ!」
千夏はサイコロ状にカットしたアナグマ肉をいくつか放り投げた。
エミューのジョンがもれなくペロリ。
「悪くないアイデアだ。果物や肉を適当に持って行くとしよう」
かくして、今日の予定が確定するのだった。
◇
朝食が終わると準備を済ませ、俺たちは西に向かった。
「海斗君、そのマント似合っているよ!」
「今日は制服だから変態ぽさもないぜ!」
巨大ジャガーの毛皮で作ったマントをなびかせる。
「つーかさ、お風呂以外だと初めてだよなぁ! 皆で移動するの!」
千夏が言った。
相変わらずジョンに騎乗している。
一人だけ快適そうで羨ましい。
「言われてみれば全員で移動することってあんまりないな」
「遠足みたいで楽しいねー!」と希美。
由芽は「うん」と、笑顔で頷いた。
「さて、いよいよだ」
川に到着した。
目の前には古いながらも立派な石橋が架かっている。
「一応、ここから先は警戒しておくように」
皆の顔付きが真剣になる。
「行こう」
俺たちは石橋を渡り、対岸の森に足を踏み入れた。
「ウキ!」
「ウキキーッ!」
森に入った数秒後にはサル軍団が駆け寄ってきた。
さながら地面を走っているかの如く、樹上をスルスルと渡っている。
弓を装備しているが敵意は感じられない。
「「「ウキキーッ!」」」
サル軍団が木から下りて平伏した。
新たな支配者である人間様に怯えている様子。
「そう身構えなくていいよ。今回は仲良くしに来たんだ」
俺たちは背負い籠から食べ物を出した。
「今後はこっちの森も利用するつもりだからよろしく」
そう言ってアナグマ肉のサイコロステーキをプレゼント。
サルはパクリと頬張り――。
「「「ウキキィイイイイイイイイイイイイ!」」」
――大興奮で飛び跳ねた。
ほっぺたが落ちるという言葉がよく似合う反応だ。
「気に入ってくれたようでなによりだ」
サルの頭を撫でる。
すると、分かりやすく喜んでくれた。
早くも警戒心や緊張感が消えている。
しばらくの間、俺たちはサルとの団らんを楽しんだ。
女性陣も怖がることなく触れあっている。
「海斗先輩! 見てください!」
七瀬が呼んでくる。
振り向くと、彼女はサルに芸を披露させた。
「お手!」
「ウキッ!」
「おかわり!」
「ウキキッ!」
「お座り!」
「ウッキ!」
「伏せ!」
「ウキキッキ!」
「おちんちん!」
「ウッキーン!」
「犬かよッ!」
思わずツッコミを入れてしまう。
――が、次の瞬間には違うことを思っていた。
「その芸って七瀬が教えたのか?」
「そうですよー!」
「この数分でどうやったんだ?」
「どうって……普通に話したら覚えてくれました!」
皆が「すごっ!」と驚く。
「それってつまり、俺たちの言葉が通じているってことか?」
「そうですそうです! だって私、サル語なんて話せませんもん!」
「マジか」
俺も試してみることにした。
「なぁお前、右手を挙げてみてくれ」
「ウキ!」
俺に命じられたサルは、言われたとおり右手を挙げた。
「すご! 海斗君の言ったことが分かっているよ!」
「待て待て、まだ偶然かもしらん」
俺は次の命令を与えることにした。
「最低でも3メートルは離れている木に矢を射かけてくれ」
この時、言葉以外の情報は一切与えないようにした。
木や弓矢を指すこともなく、他のジェスチャーも行っていない。
それでも――。
「ウキ!」
――サルは俺の命令を実行した。
可愛らしい弓矢を構え、3メートル以上の距離がある木に射かけたのだ。
すぐ傍にある無数の木には目もくれなかった。
「すげぇな、おい」
ここのサルは、極めて高いレベルで日本語を理解している。
その上、メートル法が何かも知っている様子。
これは嬉しい誤算だ。
「言葉が分かるって、ジョンと一緒じゃん!」
「グルルーン!」
ジョンが歓喜の鳴き声を上げた。
「サルとエミューだけ特別ってわけじゃないだろうし、この島の動物は日本語が分かると考えていいかもね」
吉乃の言葉に、俺は「同感だ」と頷いた。
「んーん! それはダメ! 間違っているよ!」
そう言うのは明日花だ。
「間違っているだと?」
「たしかにたくさんの動物が言葉を理解しているのかもしれないけど、なかには理解していない動物もいる! 例えばアナグマとかウサギとか、私たちが食べる動物は言葉を理解していないよ!」
恐ろしく力強い語気だ。
「そ、そうなのか?」
「うん! だって……そうじゃないと罪悪感でいっぱいになっちゃうもん!」
俺は「そういうことか」と笑った。
「そのほうが気が楽だからそーいうことで! 反論は認めません!」
「はいよ」
滅茶苦茶である。
ま、細かいことは気にしないでおこう。
「言葉が理解できるなら話が早い。よかったら俺たちに森を案内してくれ」
「「「ウキ!」」」
サルたちは承諾し、道案内を開始した。
◇
サル軍団の案内によって森を右往左往する俺たち。
森の中はひたすら薄暗いのかと思いきや、そんなことはなかった。
奥に進むと木の密集度が減り、明るめの木漏れ日が拝めたのだ。
「基本的にはいつも利用している森と大差ないな」
様々な果物や野菜があり、草原が点在しているのも同じだ。
「グブゥ!」
森を歩き回っていると数頭のサイが近づいてきた。
わりと縄張り意識の強い猛獣だが、サルと同じく友好的だ。
挨拶代わりに果物をプレゼントして親密度を上げておく。
その後も、様々な動物が代わる代わる近づいてきた。
大型の猛獣が大半だけれど、中には可愛らしい小動物の姿も。
一様に友好的で楽しく触れ合えた。
どうやらこの辺の動物は仲がいいようだ。
だからこそ、俺はあることが気になっていた。
今の内に確認しておくとしよう。
「なぁ、一ついいか?」
前を歩くサル軍団に話しかけた。
「「「ウキ?」」」
一斉に振り返るサルたち。
「俺と千夏が倒した巨大なジャガーって、お前たちの仲間だったのか?」
その可能性は十分に考えられる。
もしそうなら申し訳ないなと思った。
しかし――。
「ウキキ! ウキ! ウキキィ!」
サルの答えは「NO」だった。
揃いも揃って激しく首を振って否定している。
「仲間じゃないのか」
「ウキ!」
一匹のサルが頷き、地面を激しく踏みつけている。
「むしろ嫌いだったのか?」
「「「ウキィ!」」」
イエスらしい。
「それならよかった」
燻っていた罪悪感がスッと消える。
「ウキキィー!」
サル軍団の移動が再開された。
サル語の鼻歌を口ずさみながら上機嫌で進んでいる。
そして、ある草原に辿り着いた。
「ここは……!」
思わず息を呑む俺たち。
そこに広がっていたのは、竪穴式住居の集落だった。
兵藤の拠点と同じく無人だ。
セコイアから撮影した写真では分からなかった。
「まさかこっち側の森にも集落があったとはな」
住居の数は15軒しかなく、周囲の草原もそれほど広くない。
兵藤の拠点と違い、全ての建物が半壊もしくは全壊している。
あと、井戸があった。
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