051 川の仕様

「これを見てくれ」


 皆にスマホを見せる。

 画面に表示しているのは――。


「セコイアから撮影した写真だ!」


 千夏が言った。


「そうだ。ここに川が見えているだろ?」


 画面の一部を拡大表示する。

 木々が邪魔で見えにくいが、川の存在は容易に確認できた。


「あるね」


「これが俺たちのいる川なんだが――」


 話しながら別の写真にスライドさせていく。

 どれもセコイアから撮影したもので、よく見ると川が写っていた。


「――おかしいと思わないか?」


「おかしい? 川が?」


「だってどの方角にも川があるんだぜ?」


 俺たちのいる西側の川は北から南に向かって流れている。

 一方、由芽たちと出会った南側の川は西から東に向かっていた。

 写真だと分かりにくいが、東側の川は南から北に流れている。


「要するに川がグルグル回っているんでしょ? 回転寿司みたいに!」


 この千夏の発言に、他の皆は「えっ」と驚いた。


「それっておかしくない? 川はグルグル回らないよ!」


 明日花が指摘する。


「俺が言いたいのはまさにそういうことだ」


「え? ……え!? どゆこと!?」


 千夏だけまだ分かっていなかった。

 これで俺よりも成績がいいのだから理不尽だと思う。

 俺は苦笑いを浮かべながら解説した。


「地球の場合、川ってのは上から下、つまり山から海に流れるものだ」


「じゃあ川って山から始まっているんだ?」


「地球だとね。だから山の存在しないツバルという国には川がない」


 皆が「へぇ!」と感心する。


「川のない国なんてあるんだ!」


 明日花が言うと、麻里奈たちが「私も」と続く。

 そこから話が脱線しようとするので、俺は咳払いをして軌道を修正した。


「ところがこの島だと、川の源となる山が見当たらない。そしてどの写真を見ても明らかな通り、川は海に向かっては伸びておらず、反時計回りにグルグルと周回している」


「海斗先輩の『仮説』って、川がグルグル回っているのではないか、というものだったんですね」


 由芽がまとめ、俺はそれに頷いた。


「写真だと木々が邪魔で確信をもてなかった。しかし今回、竹内が流れてきたことで納得した。この仮説が間違っていなかったと」


「海斗君はすごいなぁ」


「俺がすごい?」


「うん! だって私、今まで何も思わなかったよ! 川がグルグル回っているんじゃないかとか、一度も考えたことなかった!」


「私もです! 言われてみたら分かるんですけど、言われるまでは分からない! そういうところに気づくのってさすがですよねー!」


 七瀬が続く。


「細かいところに目を付けるのはサバイバルの基本だからな!」


 俺はぼんやりと川を眺めた。


(本当に異世界なんだな、ここって)


 植物の超速生長だったり、今回の川だったり。

 さながら地球のような環境でありながら細部は異なっている。


 そのことを実感するたび、多少ながら不安を抱く。

 果たして地球に戻れるのだろうかと。


(ここが異世界である以上、大海原を航海したところで――)


 アレコレと考えている時だ。

 千夏が「あああああああああ!」と大声を上げた。


「どうした?」


「ここの川ってグルグルしているんだよね?」


「そう考えて間違いないと思うけど」


「だったら私らも食中毒の危険があるんじゃないの!?」


「食中毒?」


「兵藤のところ! 川の水が原因でヤバくなったんでしょ!?」


「あー、そういうことか」


 千夏の言いたいことが分かった。

 俺たちもカンピロバクターにやられるのではないかと心配しているのだ。


「場所は違えど、利用している川自体は兵藤たちと同じもんね」


 麻里奈が言った。

 千夏が「そう! そうなのよ!」と大きく頷く。


「言いたいことは理解できるが、たぶん問題ないと思うよ」


「そうなの?」


「だって問題があったら、今ごろカンピロにやられているだろ?」


 千夏と麻里奈が「たしかに」と口を揃える。


「それに兵藤の集落で問題が起きてから、俺たちは食中毒に対する警戒を強めた。汲んだ水は可能な限り煮沸しているし、それが難しい場合は必ず水質を検査するよう徹底している」


「そういえばそうだった!」


「なので食中毒は問題ないとして――」


 俺は溺死体の竹内に目を向けた。


「――死体の流れていた川の水を飲むということのほうが、俺としては抵抗を感じるな」


「「ヴォエッ」」


 由芽と明日花が嘔吐えずいた。


「とはいえ、現状ではここの水を飲む以外に選択肢がない。幸いにも飲んで問題ないわけだから今後も飲むとしよう」


 これにて溺死体が流れてきた件は終了。


 竹内を全裸の状態で埋葬した。

 身ぐるみを剥ぐことに申し訳なさはあるが仕方ない。


 地球の衣類や所持品は貴重だ。

 埋葬費用だと思って許してくれ……と、祈っておいた。


 ◇


 洞窟に戻り、吉乃と希美に溺死体の件を報告した。


 もちろん川が回っている件も話す。

 吉乃はこれについて、「やっぱり」と納得していた。

 俺と同じ仮説を立てていたようだ。


 その後は再び休暇を満喫。

 女性陣は好き好きに過ごし、俺は洞窟の出入口付近でのんびり。


「魚もタレに浸したら美味しくなるかなぁ?」


「試しにやってみようよ! 元気が出るようニンニクは多めにしてさ!」


「うん! でもニンニクを増やしすぎるとお口が臭くなっちゃうね!」


「みんな臭いからヘーキヘーキ!」


「あはは、たしかに!」


 明日花と麻里奈が愉快気に話している。

 彼女らだけでなく、他の女性陣も元気そうにしていた。


(溺死体を目の当たりにしても平然としているもんだな)


 間違いなく環境が影響している。

 仮にここが地球だったらこうもいかないだろう。

 なまの死体を目の当たりにしたショックでトラウマになりかねない。


 それは俺も同様だ。

 人間の死体を見たのは今回が初めてだった。

 なのに全く動揺していない。


 過酷な環境に追い込まれていることが、精神を強くしていた。

 それが良いか悪いかは別として、人間の適応力には脱帽である。

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