050 夢と問題

 希美の膝枕と胸の押し当てを堪能していた俺。

 しかし――。


「ん……? ついつい寝てしまっていた……!」


 目を開けると、視界を覆う巨乳が消えていた。

 ただ膝枕は継続して行われている。


「んひひぃ……Zzzz……」


 希美も眠りに就いていた。

 上半身を後ろに倒して夢の中を彷徨っている様子。


「腰をいわしそうな体勢になっているな」


 俺は体を起こし、彼女の両脚を伸ばしてあげた。

 その過程で太ももに触れたのだが――。


(胸もいいが太ももだって悪くないんだよな……!)


 などと男子高校生に相応しいことを考えてしまう。

 それによって妙に意識してしまい、自分が酷いセクハラをしているかのような錯覚に陥った。


(いや、いかがわしいことを考えた時点でセクハラともいえるか)


 とにかく、これ以上の長居は危険だ。

 明らかに今の俺はムラムラした状態にある。

 自覚しているからこそ、逃げるようにして外へ向かった。


「あ、海斗、おはよ」


 洞窟の前には吉乃がいた。

 どうやら彼女は木炭を作っている最中のようだ。

 俺は挨拶を返してから尋ねた。


「他の皆は?」


「川に行ったよ」


「水でも汲みに行ったか」


「それもあるけど、メインは釣りだね」


「釣り?」


「千夏が提案して、麻里奈が釣り竿を作ったの」


「なるほど」


 釣り竿を作るのは簡単だ。

 適当な木の棒と植物から作った糸があれば完成する。

 釣り針には動物の骨や牙を使えばいい。


「吉乃は釣りに行かなかったんだな。釣りには興味がないのか?」


「それもあるけど……」


 そこまで言うと、吉乃は「ううん」と首を振った。


「それだけ。興味がないの」


「何か隠したな」


「まぁね」


「気になるなぁ」


「大したことじゃないよ」


「なら教えてくれよ」


 吉乃は少し迷ってから答えた。


「二人が起きた時に誰もいなかったら困惑すると思ったから」


 俺と希美が寝ていたので気を利かせてくれたようだ。


「なるほど。吉乃って優しいよな」


「ありがと。そう言ってもらえる人間でありたいとは思っている」


 吉乃の口角が少し上がった。

 それから、「そろそろかな?」と木炭用の焚き火を消す。


「代わろうか? 吉乃は釣りに行っておいでよ」


「ううん、最後まで自分でやりたい」


「休みなんだから頑張り過ぎるなよー」


「だから楽な作業しかしていないよ」


「ならかまわないが」


 俺は外に置いてある丸太に座った。


「ところで海斗、一つ質問していい?」


「今なら特別大キャンペーンで30個くらいまでなら受け付けるよ」


「そんなにはいらないかな」


 吉乃はクスリと笑った。


「で、質問って?」


「将来の夢について教えてほしいの。何かある?」


「そりゃもちろん無人島を買って開拓することさ」


「あー、そっか、海斗ってサバイバルに熱いもんね」


「逆に吉乃はどうなんだ?」


「私の夢は……」


 吉乃のセリフはそこで止まり、場は沈黙に包まれた。

 先を促すのも憚られる空気なので黙っていると。


「……何もないんだよね」


「じゃあ目標は?」


「今は可能な限りいい大学に行くことかな。そのために勉強も頑張ってきたからね。でも、大学に入ってからしたいことだったり、大学を卒業したらしたいことだったりってのが何もないんだよね」


「ほう」


「海斗や七瀬には将来の夢があるじゃん? 立派だよね」


「別に大学に入ってからやりたいことを見つければいいと思うけどな」


「たぶんそうなる予定。でもさ、私って何が向いているんだろ?」


 吉乃は自信のなさそうな表情をしていた。


(相変わらず真面目だなぁ)


 俺が吉乃の立場なら一瞬ですら不安にならないだろう。

 なにせ学校でも指折りの成績と容姿を兼ね備えているのだ。

 人生を楽観することはあっても悲観することはない。


「間抜けな意見で申し訳ないけど、教えるのが上手だし先生とかどうだ?」


「先生かぁ。悪くないかも。子供のこと――」


 吉乃が話している時だった。


「海斗ォオオオオオオ! 吉乃ォオオオオオオオオオオ!」


 千夏の声が森に響く。

 彼女はジョンをかっ飛ばしてやってきた。

 その様子から只事ではないと分かる。


「どうした!? 猛獣にでも襲われたのか!?」


「違うよ! そうじゃない! でもヤバイって! マジで!」


 千夏は酷く慌てていて、何がヤバいのか説明できないでいた。


「とりあえず落ち着け! 麻里奈たちは無事なんだろ?」


「ああああ! そういうのは大丈夫!」


 事情は不明なままだが、ひとまずホッとした。


「それでどうしたの?」


 吉乃が改めて尋ねると、千夏は深呼吸してから答えた。


「女子の死体が流れてきたの!」


「「死体!?」」


「そう! 死体! 皆で釣りをしていたら流れてきたの! で、その死体がおかしいんだって!」


「何がおかしい?」


 千夏はこの質問に答えなかった。

 代わりに「ああ! もう!」と苛立ちの声を上げる。


「いいから一緒に川まで来て! 来れば分かるんだから!」


「それもそうだな」


「私は残っておくね」と吉乃。


 俺は頷き、出発の準備を急ピッチで進めた。

 といっても、サバイバルグッズの入った自分の鞄を肩に掛けるだけだ。

 あと、戦闘の必要はなさそうだが弓を持っておいた。


「乗って!」


 千夏が手を伸ばしてくる。

 その手を掴み、俺はジョンに跨がった。


「エミューに人間二人を運ぶ程のパワーがあるのか?」


「大丈夫っしょ! ウチら太っていないし! ジョン、GO!」


「グルルーン!」


 ジョンが駆け出す。

 驚いたことに二人乗りでも問題なかった。


 ――――……。


 ほどなくして川に到着。

 麻里奈たちは川辺に集まっていた。

 縁を組むように立っていて、真ん中には女子の溺死体がある。

 釣り竿は皆の周囲にまとめて置いてあった。


「流れてきた死体ってのはその子か」


 皆が静かに頷いた。

 こんな状況なので、さすがに全員の顔が暗い。


「千夏曰くおかしいとのことだったが……」


 ジョンから下りて死体を凝視する。

 外傷は見当たらないが、死体だと確信できる顔の色をしていた。


 死体の瞼を開けて瞳を確認する。


「角膜が白く濁っている。死後しばらくが経ったサインだ」


 少なくとも数日前には死んでいる。


「で、何がおかしいんだ?」


 俺には普通の溺死体に見えた。

 今のところ、千夏が言う「おかしい」の真意が分からない。


「顔を見て。分からない?」


 言ったのは麻里奈だ。


「顔?」


 死体の顔を見つめる。


「なんだか見覚えが……」


 ハッとした。


「もしかしてこの子、初日に溺れた女子か?」


 この島に転移して間もない頃だ。

 対岸の森でジャガーに追われていた女子が川に飛び込み流された。


「私たちもそう思ったの」と明日花。


「この子が上流から流れてきたのか? それはおかしいな……」


「ちなみにこの子は1年の竹内さんね」と麻里奈。


 竹内が川に流された時のことはよく覚えている。

 あっという間に遥か遠くまで消えていった。

 あの流され方をして助かっているとは考えにくい。


 仮に助かっていた場合、どうして再び流されたのか。

 普通は二度と流されないよう川から距離を取るはずだ。

 水を飲もうとしてうっかり……は、さすがに考えられない。

 そんなヘマをするのは暴風雨などで視界が優れない時くらいだ。

 しかし、この島に転移してから今日に至るまで穏やかな日が続いている。


「川に流されて死んだはずの女子がなぜか上流から流れてきた、と」


「それがおかしいってわけ!」


「たしかにおかしい……が、俺はこの件で納得できたことがある」


 皆が「納得!?」と驚いている。


「実は前々からこの川についてはおかしいと思っていてな、ある仮説を立てていたんだ」


 俺は鞄の中からスマホを取り出した。

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