048 足跡追跡技術
洞窟に戻ると吉乃がいた。
テニスウェア姿の見習い二人も一緒だ。
「おかえり、無事に倒せたのね」
吉乃は俺たちの姿を素早く見たあと、ジャガーの毛皮に目を向けた。
「海斗さんすっご! 巨大ジャガーに勝つとかマジかー!」
「すごいです、海斗先輩!」
「俺だけじゃないさ、千夏も頑張ってくれたよ」
「グルルーン!」
洞窟からジョンが飛び出してきた。
千夏に顔をすりすりさせて喜んでいる。
「私は遠くから矢でペチペチしただけなんだけどね!」
「それが大したもんだと思うよ、俺は」
「そう?」
「だってジャガーの後ろには俺もいたんだぜ? 腕が悪かったら俺を射抜いていたかもしれない。そんな中で迷わずに矢を放てるのはたしかな実力があってこそだ」
「ま、まぁ! まぁね!? そうなんだよね!」
千夏は「アハハハハハ」と引きつった顔で笑っている。
その様子を見て誰もが悟った。
「千夏、あんた外れた時のこと考えていなかったでしょ」
吉乃が呆れたように指摘する。
「ギクッ! だ、だって、ほら、私、腕がいいから!」
「まぁ結果が良ければ何だってかまわないさ」
俺は話を切り上げ、毛皮をアースオーブンで鞣すことにした。
といっても、その作業は吉乃たち三人に押しつけただけなのだが。
鞣し終わるまで時間があるので、その間に別のことをしよう。
「今度こそ! 足跡の追跡技術を教えてもらうかんね!」
千夏が服を引っ張ってくる。
「分かっているさ。一服したらまた森に行こう」
「了解! 私はジョンと散歩してるねー!」
「はいよ」
千夏はジョンに騎乗すると森に消えていった。
俺は洞窟の奥に移動し、ひんやりした空間で一休みする。
◇
小一時間の休憩を挟んで体力が回復した。
「それでは足跡の追跡技術を教えよう!」
「待っていましたー!」
「グルルーン♪」
洞窟から少し離れた所で話す。
辺りには木々が乱立している。
「まずは足跡の見分け方からだ」
俺たちはその場にしゃがんだ。
何故かジョンも伏せている。
地面には様々な動物の足跡が見受けられた。
「見分け方はいくつかあるのだが、最初に調べるのは大きさだ」
「大きさ?」
「例えばコレだ」
俺は野ウサギの足跡を指した。
「すごく小さいだろ?」
「うん」
「つまり獲物も小さい可能性が高い」
「足跡の大きさ=獲物の大きさってことね!」
「必ずしもそうとは言えないが、おおむねそれで間違いない。自分が狩りたい獲物の大きさに合っているかは足跡で分かるわけだ」
「なるほどー! 次は次は?」
「形を見るといい」
「形?」
俺は頷き、二つの足跡を指した。
「これらの足跡はそれぞれ異なる動物のものだが、形は似ているだろ?」
「たしかに! ていうか同じ動物じゃないの!?」
「別物だよ。こっちがアナグマで、こっちがハクビシンだ」
「そうなの!? あれ? でもアナグマとハクビシンって似て非なる種族なんじゃ? ハクビシンって厳密にはネコなんだよね?」
「よく覚えていたな。やや語弊はあるがまぁそんな感じだ。アナグマはイタチ科で、ハクビシンはジャコウネコ科だからね」
「これでも人の話は聞いているほうなんだぜぇ!」
俺は「素晴らしい心がけだ」と返し、視線を足跡に向けた。
「足跡の形が似ている場合、対象のシルエットが似ているんだ」
「種族じゃなくて外見が似ているってことね!」
「いかにも。なのでダチョウとエミューの足跡もそっくりだ」
「おー! つまり足跡の形と大きさで殆ど絞れるわけだね!」
「そういうことだ。具体的な例を挙げると、ネコらしき足跡にもかかわらず結構な大きさをしている……となれば、それはライオンやトラの可能性が高いことになる」
「なるほど! じゃあさ、歩き方は?」
「歩き方?」
千夏は「そそ!」と頷いた。
「動物って歩き方にパターンがあるっしょ? ウサギだったら後ろ肢は両方を同時に動かすし! そんな感じで歩き方からも何か分かるんじゃないかなぁと思ったんだけど!」
「それは……」
俺は少し溜めてから言った。
「大正解だ!」
「えっ」
「歩き方も足跡を見分ける上で重要なポイントだ。千夏が例に挙げたウサギなんかはその典型だな」
「おほー! 私やるじゃん!」
「ま、歩き方も足跡の形に含まれているので、見分けるポイントとしては【形】と【大きさ】の二つになる」
「それだけ分かれば十分じゃん!」
「だな。俺みたいにピンポイントで判別するのは難しい。途端に要求される知識の量が跳ね上がるからね」
「じゃあ次は追跡方法を教えてよ! 足跡が分かっても追跡できなきゃ意味がないじゃん?」
千夏は誕生日プレゼントをねだる子供のようにせっついてくる。
「いいだろう。まずは新しい足跡を探すわけだが……」
この場所だと説明に適していなかった。
足跡の種類が多いわりに、同じ動物の足跡が全くない。
「とりあえずこの足跡を追ってくれ」
俺が指したのはウサギの足跡だ。
かなり新しい。おそらく30分ほど前のもの。
「普通に足跡を辿っていけばいいの?」
「ああ、そうだ。どうしてこの足跡が新しいかはあとで教える」
「了解!」
千夏は四つん這いになって野ウサギの足跡を辿っていく。
尻を突き出しているものだからミニスカートがめくれかけていた。
見えそうで見えないのがたまらない。
「おほほほ……!」
「グルルン……!」
俺とジョンはスケベな顔で千夏の後ろに続く。
「あああああああああああああ!」
いい感じに進んでいると千夏が止まった。
「どうした? 動物の糞にでも触ってしまったか?」
「違うよ! 足跡だよ!」
千夏は立ち上がって地面を指した。
「足跡?」
と、彼女の隣から地面を見下ろす。
ウサギの足跡が様々な方向に分岐していた。
「どの足跡を辿ればいいか分からないんだけど!?」
「まさしく俺の望んでいた状況だ」
俺は屈んで足跡を見る。
「こういう時はまず足跡の上を確認するんだ」
「上?」
「今回で言えば、落ち葉が踏まれているかどうかを見る」
「踏まれているほうが新しいの?」
「そうだ」
この時点で、向かって正面から左手までの足跡は全部アウトだ。
それらには落ち葉を踏んだ形跡が見られなかった。
「なんで踏まれていると新しいってことになるの?」
俺は「単純な話さ」と右の人差し指を立てた。
「古い足跡は葉が落ちる前につけられたものだ。それ故に踏むことができなかった。一方、新しい足跡は葉が落ちた後に通っているから、落ち葉を踏んだ形跡が見られる」
「なるほど! そういうことかー!」
「今回は落ち葉だったが、他にも小枝や雑草など目印になるものは多い」
「本当に足跡一つで色んな情報が分かるんだなぁ」
千夏は俺の教えを参考に、新しい足跡を辿っていく。
しばらくして野ウサギを見つけた。
「さて、お手並み拝見といこうか」
「もちろん!」
俺は気配を殺して距離を取る。
千夏は風向きを確認すると風下から矢を放った。
前に見た時と違って矢を射るまでが速い。
「キュイッ……!」
矢はウサギの腹部を貫いた。
「あちゃー、内臓を損傷させたかも! 海斗に見られているせいで緊張しちゃったよ!」
「かまわんさ。仕留めたのだから何も問題ない」
「成長したっしょ? 私」
「おう」
千夏は仕留めたウサギのもとへ駆け寄り、その場で血抜きを済ませた。
その作業も手慣れていて、見ていて安心できる。
「というか成長し過ぎだな……たった数日でここまで育つとは」
尋常ならざる成長速度だ。
環境の賜物か、それとも彼女の資質なのか。
おそらく両方なのだろう。
「へっへっへ! 足跡の追跡技術も教えてもらったし、これでもう一人前のハンターだね!」
「なら狩猟大臣に認定しないとな!」
「マジで!? 私も大臣になっちゃう!?」
「大臣にそれほどの価値があるとは思えないが、資格は十分だろうよ」
「よっしゃー! じゃあ今日から私は狩猟大臣だ!」
「グルルーン!」
内職大臣、料理大臣に続き、狩猟大臣が誕生したのだった。
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