047 新たな王

 巨大ジャガーの動きはこれまでと変わらない。

 左右にゆらゆら動き、木々を縫うようにして近づいてくる。


(戦闘開始のゴングは俺が鳴らしてやろう)


 すり足で後退しながら弓を構える。

 狙うのはジャガーの顔が木で隠れた瞬間だ。

 そこを狙い撃ちすれば、再び顔を出した時に当たるはず。


(今だ!)


 息を殺して矢を放つ。

 完璧に捉えた……と思ったのだが。


「なっ……!?」


 ジャガーはピタッと止まって攻撃を避けた。

 見えていないはずなのに察知したのだ。


 間違いなく音でバレた。

 ネコ科卓越した嗅覚は伊達ではない。


「ガルルァアアアアア!」


 強烈な咆哮を繰り出しながら突っ込んでくるジャガー。

 これまでと違って一直線に俺を目指している。


「まずい!」


 反射的に体が動く。

 ウェストポーチから泥団子を取り出した。


「うおおおおおおおおお!」


 一か八かで投げつける。


「ガルァ!」


 ジャガーは右前肢で泥団子を弾いた。

 しかし――。


「ガルァ……」


 次の瞬間、四肢がもつれて転倒した。

 これは奴がご都合主義のドジっ子だからではない。

 泥団子の効果だ。


「たまらねぇだろ! その臭い!」


 二個目の泥団子を顔面に投げつける。

 今度はあっさり命中した。


 ジャガーは目をうっとりさせ、体を地面に擦り付けている。

 半開きの口から唾液を垂らすその様は、さながらヤク中のようであった。


「思った以上の効き目だぜ!」


 俺が投げた泥団子にはある植物をふんだんに練り込んである。


 マタタビだ。

 有名なことわざにもあるように、ネコはマタタビに弱い。

 ネコ科のジャガーも例外ではなかった。


「今こそ絶好のチャンス!」


 俺は間髪を入れずに矢を放った。


「ガルルァアアア!」


 ――が、一本目の矢は前肢で弾かれる。

 マタタビの効果で酩酊状態にもかかわらず大したものだ。


「まだまだ!」


 側面に回り込んで立て続けに攻撃する。

 今度は腹部や背中、首などに突き刺さった。


「ガルルァ……!」


 全身から血を流しても死なない巨大ジャガー。

 いよいよマタタビの効果が切れて立ち上がった。


(まずいな。コイツ、思ったよりもタフだぞ!)


 残っている矢は数本。

 全て使い切っても仕留めきれるかどうか分からない。

 ゲームのように大量の矢を持ち歩けないのが痛いところだ。

 そんなことを考えていると。


「ガルァ……」


 ジャガーは逃げ始めた。

 俺に背を向けて反対側に走っていく。


 通常であれば、反対側とは森の奥を指すだろう。

 だが、今回は違っていた。


 先ほどの攻撃で回り込んだからだ。

 したがって、奴は今、千夏のいる川へ走っていた。


「待て!」


 慌てて矢を放つが当たらない。

 俺は次の矢を抜き、走ってジャガーを追いかける。


(奴の動きが鈍っている!)


 俺の攻撃がよほど効いているようだ。

 人間よりは速いが、ジャガー本来のスピードはない。

 矢の当たりどころ次第では放っておいても死ぬだろう。

 とはいえ、千夏の身が心配なので追撃をやめない。


 走り続けること僅か数十秒。

 川が見え始める。

 千夏は橋で待機していた。


「うわ!?」


 ジャガーの姿に驚く千夏。


「ガルァ!?」


 ジャガーも千夏の存在に驚いている。

 奴からすると伏兵に遭った気分だろう。

 だが、後ろには俺がいるので進路を変えない。


「ガルルァ!!!!!!!!」


 ジャガーは千夏に向かって吠え、そのまま彼女を襲う。

 ――否、襲おうとしたところで失敗した。


 派手に転倒したのだ。

 事前に仕掛けておいた蔓に引っかかりやがった。


「チャンスだ千夏! 撃てぇ!」


「う、うん!」


 俺たちはありったけの矢をお見舞いした。


「ガルァ!」


 ジャガーは天に向かって吠える。

 それが断末魔の叫びとなった。


「ガッ…………」


 ジャガーは目を瞑り、ピクリとも動かなくなった。


「倒した!?」


「そう見えるが……念のために急所を刺しておこう」


 俺は腰に差してある柄の付いた石包丁を抜いた。

 それをジャガーの首に深々と突き立てる。


「これでよし」


 確実に仕留めた。


「マ、マジで、私ら勝っちゃった感じ?」


 千夏が恐る恐る近づいてくる。

 俺は「ああ」と頷き、そして、勝ちどきを上げた。


「俺たちの大勝利だ!」


「しゃあああああああああああああ!」


 千夏と二人で拳を突き上げる。

 武装したサル軍団がこちらを眺めていた。


「あいつら攻撃してくるんじゃない?」


「大丈夫だろう。戦う気があるなら既に仕掛けてきている」


 俺はジャガーの体から矢を抜いて解体を始めた。

 毛皮と牙を持ち帰る予定だ。


「肉はどうするの? 土器か何か取ってこようか?」


「いや、肉は不要だ」


「えー、こんなにたくさんあるのに!?」


「ジャガーは肉食獣だし、死肉を食うこともある。そんな奴の肉はアンモニア臭くて食えたもんじゃないから残していこう」


「ほい!」


 解体していると、森の中から他の動物が続々と集まってきた。

 ハイエナの群れやサイ、ピューマ、イノシシの姿もある。

 ただ、戦いを挑んでくる動物は1頭すらいなかった。


「こんなものだな」


 毛皮を剥いで牙も抜いた。

 それらを川で綺麗に洗うと猛獣たちに宣言する。


「こうなりたい奴はかかってこい! いくらでも相手になってやる!」


 人間の言葉が動物に通じるとは思わない。

 だが、状況から何を言っているか察することはできるはずだ。

 動物はそうやって他の種とコミュニケーションをとっている。


「海斗、やばいんじゃない? 近づいてきているよ!」


 千夏の言葉通り猛獣たちが距離を詰めてきた。

 樹上にいたサル軍団も木から下りてやってくる。


「大丈夫さ」


 俺は余裕の笑みを浮かべた。

 動物たちの顔を見て戦意がないと分かったからだ。

 それなのに距離を詰めてきたのは――。


「えっ……何事!?」


 驚く千夏。

 動物たちが目の前でこうべを垂れているからだ。


「奴等は俺のことを認めたのさ、新たな支配者と」


 食物連鎖の頂点にいたであろう巨大ジャガー。

 そいつを倒したことで、他の動物が俺を認めた。


「これでもう、この辺で喧嘩を吹っ掛けられることはないだろう」


 人間の力を示し、新たな縄張りを勝ち取った。

 今回の勝利によって、俺たちの海洋進出が大きく近づいたはずだ。

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