046 巨大ジャガー

 巨大ジャガーを視認すると同時に俺は叫んだ。


「逃げろ由芽!」


 その言葉に従い走る由芽。

 だが、俺が動かないと見るや立ち止まった。


「海斗先輩!?」


「俺は奴を迎え撃つ!」


 二人で逃げるとジャガーが川を渡ってきかねない。

 初めて遭遇した時のように。


 だから逃げるわけにはいかない。

 ここに留まって奴に戦う意志をアピールする。

 ポーカーで言うところのブラフだ。


「逃げた方がいいですよ!」


「それができれば苦労はしないさ」


 逃げたらどうなるかは想像に容易い。

 川を渡った奴は、匂いを頼りに洞窟までやってくる。


 奴は昼行性のようだが、ジャガーは本来夜行性だ。

 そのため嗅覚が優れており、狩りでは遺憾なく発揮する。

 もちろん警察犬のように匂いを辿って追跡することも可能だ。


「どうした? 俺はいつでも戦ってやるぞ?」


 足下の石を掴んで巨大ジャガーを睨みつける。

 対する相手は――。


「ガルルァアアアアアア!」


 威嚇的な咆哮を繰り出した。

 そして川の水をガブガブと飲み――。


「ガルルァアアアアアアアアア!」


 もう一度吠えてから引き返していった。


「ふぅ……。喉が渇いていただけだったか」


 緊張のこもった息を吐き出してその場に座り込む。

 ホッと胸をなで下ろした。


「す、すごいです! 海斗先輩!」


 由芽が駆け寄ってきた。

 なんだか興奮しているようだ。


「すごいも何も石を持って睨んだだけだぞ」


「それがすごいんです! 身を挺して私のことを守ろうとしてくれた……。すごくかっこよかったです!」


「ただ自分が思う最善の選択をしただけさ」


 続けて、「ところで……」と由芽の目を見る。


「人見知りモードは解けたようだな」


「あっ」


 途端に由芽の顔が真っ赤になった。


「す、すみません、つい……」


「かまわないさ。なんなら希美のようにタメで話してくれてもいい。自分のペースで馴染んでいってくれ」


「は、はい!」


 難を逃れた俺たちは洞窟に帰還した。


 ◇


 今日の朝食には野ウサギの肉が並んでいた。

 千夏が狩ってきた獲物だ。

 これで彼女が今までに調達したウサギの数は5匹になった。


「もうウサギ狩りはマスターした! そろそろ足跡の追跡技術を教えろぃ!」


「そういえばそんな約束をしていたな」


 俺はウサギの肉をたらふく食べ、豪快に水を飲んだ。


「じゃあ朝食後は足跡の――」


「その前に大物を狩りに行こう」


「大物?」


「対岸の森に棲む巨大ジャガーだ」とニヤリ。


「「「「「――!?」」」」」


 全員に衝撃が走った。


「マ、マジ?」


 千夏も及び腰だ。


「今のままだといつ襲われるか分からないからな」


 正直、こうして生きていられるのは運によるところが大きい。

 そんな状況で今後も過ごし続けるのは危険だ。


「でも、あんな大きな猛獣に勝てるの?」


「かなり厳しいが可能性はある。相性自体は悪くないからな」


 ジャガーはネコ科。言うなればスピード特化だ。

 ゲームで喩えるなら防御を捨てて回避に全振りしている。

 そういう敵は攻撃が当たれば倒せるものだ。


 逆に防御力に特化しているタイプは相性が悪い。

 例えばヒグマがそうだ。

 個体によっては散弾銃を撃ち込んでもピンピンしている。

 そういう奴に矢を射かけても意味がない。


「なんか不安だなぁ……」


 珍しく弱気な千夏。

 俺は「安心しろ」と笑った。


「千夏はバックアップだ。橋で待機していればいい」


「そうなの?」


「基本的には俺が一人で戦うさ」


「それは危険過ぎるでしょ」


 言ったのは吉乃だ。

 皆も頷いている。


「仕方ないさ。時には避けられぬリスクというものがある」


 俺たちは謎の力によってこの島に転移してきた。

 いわば余所者である。

 余所者が縄張りを主張するには武力行使が必要なのだ。


 ◇


 朝食のあと、千夏と二人で石橋を渡った。


 装備は互いに最小限。

 俺は石包丁と弓、千夏は弓のみ。

 エミューのジョンは洞窟でお留守番だ。


「なんか今にもジャガーが襲ってきそう」


「その時は覚悟を決めて戦うしかないな」


「ひえー」


 橋を渡ってすぐの木に蔓を張る。

 高さは足首の辺り。

 ジャガーの足を引っかける狙い。


 ただし、この罠は最終手段だ。

 最初からここまでおびき寄せて転げさせようとは思っていない。


「こんなものだな」


 いくつかの木々に蔓を結びつけて準備完了。

 俺は腰に装備している藁のウェストポーチを開けた。

 中に専用の泥団子が二つ入っている。


「では行ってくる」


「死なないでね、マジでさ」


「分かっているさ」


 俺は弓を左手で持ち、一人で森の中に入った。


「ウキ!」


「ウッキキキー!」


 ほどなくして好戦派のサル軍団がやってくる。

 可愛らしい弓を装備してやる気十分だ。

 今回は樹上も警戒していたので問題ない。


「お前らの動きはもう知っている!」


 俺は地面の砂利を投げつけた。

 矢が10本しかないので、こいつら相手に浪費することはできない。


「キィ!」


 砂を掛けられたサルは喚きながら逃げていく。

 一方で元気な奴等は仕掛けてくるが、それは木を盾にして回避。


「さて次は俺の番だな」


 再び地面の砂利を掴む。

 だが、それと同じタイミングでサル軍団が撤退を始めた。

 空気が変わったのを肌で感じる。


(来たな)


 一瞬で分かった。


「ガルルァ!!!!!!!!!!」


 巨大ジャガーの登場だ。


「悪いが今日は勝たせてもらうぜ」


 俺は握っている砂利を捨て、矢筒から矢を抜いた。

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