私が猫につけた名前と、元飼い主の名前が同じだなんてそんな偶然があるだろうか。そして男がつけているチョーカーはどう見ても昨日寝る前に私がつけたものと同じだ。



「あなたが、ルナなの・・・?」


「・・・?お姉ちゃんがそう呼んだんでしょう?」




 頭が痛い。どういうことだ。この男は猫なのか??いや、どう見ても人間の男だ。


 そうか、私は疲れているんだ。連日終電間際で帰りゆっくりお湯に浸かることもできず残業にまみれすぎて、頭がおかしくなったのだ。流石に休息をとる必要がある。



 私は有給がたくさん残っていることを思い出し、会社に体調不良で休むことを伝えた。






 ・・・さて。仕事に行く必要は無くなったが、流石にこの状況を無かったことにして二度寝するほど、私は能天気ではない。


 まずは直視できない男の姿をなんとかしなければいけない。



 私はゆったり着られるメンズ服を部屋着にしているため、何着か大きめの服を持っていた。あいにく男は男性にしては華奢だったため、メンズ服のMサイズでも着られる様子だった。しかし服を着るよう促すもぼんやりしたままなので、仕方なく私が着せた。



 あまり直視しないように着替えさせたため、全て着替え終えた時には髪がぐちゃぐちゃになってしまっていた。



「あ、ごめん。」


 世話焼きな性格が出てしまい、ボサボサになった男の髪をついつい手櫛で整えてしまった。



 男はまるで猫のように気持ちよさそうな顔をし、私の手を耳の後ろに回すように頭を捩らせた。





 猫だ。やはりこの男は猫なのだ。


 どういうわけかわからないのだが、”ルナ”なのだ。





「ルナ・・・?」


 もう一度名前を呼んでみる。するとゆっくりと私を見て目を細めた。



「なぁに。お姉ちゃん。」








 私の中の何かが壊れたような音がした。








 かわいい。


 そう思ってしまったのだ。決して、自分よりも若い男に目が眩んだとか、そういうんではないのだ。決して。



 私がいないと生きていけないような、か弱くて何も知らなくて、そして無条件で私に気を許し身を委ねるような、そんな儚さが私の心を揺さぶった。




「ルナ、お腹減ってない…?一緒にご飯食べる…?」


「うん。」




 小さく頭を縦に振る姿さえもなんだか愛おしく感じてしまう。女とはなんとも単純で愚かなのだが、一度可愛いと思った対象は何をしていても何を言っても可愛く見えてしまう特性がある。……と、思っているのは私だけなのかもしれないが。


 少なくとも私はそれに当てはまる人間のようだ。



 まずはルナのことをよく知らなくては。



 今は人間の姿ではあるものの、食べ物は人間と同じでもいいのだろうか?知能はどこまであるのだろうか。そして猫の姿に戻ることはあるのだろうか。



 とりあえずルナには牛乳と、私にはコーヒーを。そしてトーストと昨日残したカニカマをテーブルに置き、私とルナは向かい合って座った。





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