第5話 リズの秘めた想い

 イルラヒム様は、お優しい。彼のお母様にお使いを頼まれ、私は護衛ついでに買い物に出た。

 イルラヒム様は私が声を出せないからはぐれたらいけない、と手を握ってくださる。その温かさが、心まで温かくしてくれる。


 剣術大会が開かれたあの日、私は出場する貴族に売られる予定だった。悪趣味な貴族だと聞いていたから、身の貞操も覚悟していたところをイルラヒム様に救われた。

 奴隷商の男は笑えるほどイルラヒム様に詰め寄られて動揺していた。まさか本当に剣術大会で優勝して、金貨五十枚で私を買おうとは思っていなかったからだ。


 試合の最中も早く負けろとヤジを飛ばしていたが、ミルトラン流免許皆伝の実力者を倒した腕前を持ったイルラヒム様には無力。すぐに首輪と手錠の鍵を渡して逃げていった。

 私の暗い感情を知られたくない。イルラヒム様には逃げてと言ったのに、有言実行してくれたのが嬉しくて思わず泣いてしまった。

 彼は冤罪かもしれないと私の本当のことを見透かして頭を撫でてくれた。そう、かつての仲間に仲間を焼くように腕を揺すられ、前方にいた仲間を焼いてしまったのだ。私は、はめられていた。


 そんな優しいイルラヒム様に忠誠を誓うのは苦痛ではない。むしろ、害をなす者は得意の炎魔法で焼き殺してやる。

 そう胸に誓ったのが数か月前。イルラヒム様は王家の目に止まって近衛騎士団として働かないかと勧誘を受けていたが、断っていた。

 私たちだけの秘密。悪政を敷く英雄王、リヒター・ノブルに復讐するためとは言えず、家柄のせいにしてそれを断った。


「リズ、どうした?」

『いえ、なんでもありません』


 そんなことを考えていたら、隣を私の歩幅に合わせて歩いていたイルラヒム様が不思議そうに顔を覗きこんでくる。

 ここ数か月で狭い庭で鍛えている様子など惚れてしまいそうになる。あまりその顔を近づけないでほしかった。いい意味で。


「なんか最近ぼーっとしてること多いよな。鍛錬してるときも掃除の手を止めて見てるし、なにかあった?」

『いえ、勇ましいなあと』

「いつものことだよ。二歳から始めてるんだ」

『二歳から⁉』


 念話だから周囲に大声が出ないのは幸いね。念話じゃなかったら、思考というフィルターを通して言葉を選べないから好意をくちばしってしまう心配もないし。

 そう、私は卑しくもイルラヒム様に恋をしてしまった。美男美女のご両親を裏切らない眉目秀麗な容姿、優しい性格、勇ましい武勇。どれをとっても忠誠を誓うにふさわしい。

 私自身も助けられたときからすでに好意はあった。まだ恋ではなかったけど。でも、接していくうちに恋をしてしまったのだ。


「ああ。リヒターのことは……いや、なんでもない。そんなことより、野菜屋に来たぞ」

『え、あ、はい』

「ごめんくださーい! このメモの通りの野菜がほしいんですけど」

「はいはい。イルラヒムくんね。リズちゃんもこんにちは」

『こんにちは』


 ここの王都の人々は優しい。喉を潰され声が出せない私が念話で話すことも許容してくれる。全員がそうではないが、そうである人が多い。

 籠に野菜が詰められ、銀貨二枚を渡してお釣りを受け取るとまた手を繋いで家路につく。


 金貨百枚は、ほとんど私の生活用品に消えてしまった。最初は申し訳なくてワンピース一枚だけでいいと言ったのだけど、お母様が「せっかくうちの子になって、お金もあるのだから。女の子はかわいいのが義務なのよ!」と瞬く間に金貨が消えた。

 申し訳なくてイルラヒム様に相談したら、「リズがかわいくなるのはいいと思うよ。実際かわいいんだからさ」と殺し文句。惚れないほうが無理。


『イルラヒム様は』

「ん?」

『どんな女性が好みですか?』

「んー。かわいい子はもちろん好きだけど。落ち着いた子が好きかなあ。守ってあげたくなる子とか」


 ぴしゃーん、と雷に打たれたような衝撃を受ける。守ってあげたくなる子……つまり、私はまだイルラヒム様に意識もされていないということ。

 だめよ、リズ。私はイルラヒム様の忠実なしもべ。あまり思い上がったことをすると愛想を尽かされてしまうかもしれない。


『イルラヒム様にふさわしい女性はきっといます。私は、あくまでイルラヒム様をお守りするまで』

「なんだか、暗殺者みたいなこと言うな……。そんなことしなくても、自分の身は自分で守る。リズは援護してくれればいいんだ」

『かしこまりました』


 イルラヒム様がそう言う以上なにも言えず、私は念話を閉ざした。

 彼には気になる女性とかいるのかな。いたら燃やしてしまうかもしれない。嫉妬で。

 実際にはせず、いたら祝福するけど、かわいいと言ってくれた言葉に期待してしまう。いつか、好意を伝えることができたら。イルラヒム様はどんな顔をして、どんな言葉を口にするんだろう。

 それまで、彼との関係を大切に育てていかなければいけない。私は、はぐれないように繋いでくれているイルラヒム様の手をぎゅ、と握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣聖、仲間だと思っていた勇者に裏切られ殺される~悪政を敷く勇者に奴隷だった美少女魔術師の力を借りて復讐します~ 新垣翔真 @punitanien

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ