第3話 奴隷のリズ

 奴隷商だった。鉄の首輪をつけられ、鎖で繋がれて両手首にも手錠をかけられてでっぷりとした身なりだけはいい奴隷商の後ろをふらふらと歩いている。

 少女は莫大な魔力を宿していて、遠巻きにしているここからでもそれがありありとわかるくらい。名のある魔術師だったのだろう。


 俺は眉をひそめた。前世で旅をしているときも奴隷商に奴隷を買わないかと言われたが、扱いがぞんざいなせいでまともな精神状態の者は一人もいない。

 獣人や亜人、エルフを扱っている奴隷商もいたが、どれも金しか目にない。俺にとっては非常に不愉快な存在だ。


 少し遠くから眺めていると、水色の髪をした少女が倒れた。奴隷商はそれに気付くとその頭を踏んで罵る。


「このノロマ! 主人に手をかけさせるつもりか!」

「……っ!」


 踏まれている少女はうめき声や悲鳴をあげない。ひゅ、ひゅ、という音が聞こえてくるだけだ。

 おかしい。いくら主人が喋るなと命令していたとしても、嗚咽や小さな悲鳴くらいは出るものだ。それが出ないということはつまり……喉を潰されている。


 奴隷が喋ると面倒だという買主もいる。そういう人間のために喉を潰しておくのはこの世界では珍しくない。さすがにいたたまれなくなり、俺は奴隷商と少女に近づいた。


「なにしてんの、おじさん」

「見てわからないか? 奴隷を躾けているんだ。それとも、奴隷を買いたいのか? そういえば今日は剣術大会だな。その木刀はエントリーの証か。優勝したなら、この女を金貨五十枚で売ってもいいぞ。なんせ、『緋色の魔女』リズだ。金貨一枚二枚では売れないな」


 二つ名にも名前にも心当たりがない。まだ小さく、転生した俺と歳があまり変わらないことから九歳か十歳くらいだろう。それでもう戦場に赴いているとは……。

 しかし、それだけでは喉を潰された理由がわからない。


「それはわかった。でも、どうしてリズは奴隷にされたの?」

「仲間を焼き殺したんだ。戦場でな。真偽は明らかじゃないが、焼いたのは事実だ。戦犯として奴隷行きが決まったんだよ」

「それは、ちゃんと裁判をしてのことなの?」

「裁判なんて関係ないさ。仲間を焼いたという事実だけで十分だ。どうだ? お前も普通の暮らしなんてやめて奴隷にならないか?」

「冗談じゃない。それに、本当のことかもわからないのに裁判にもかけないで奴隷なんてあんまりすぎる。……俺が優勝したら、金貨五十枚でリズを譲ってくれるんだな?」

「ああ、いいとも。見た目もいいし買い手は引く手あまたなんだ。貴族に売りつけようと思っていたが、生意気なガキに現実を見せるために希望をちらつかせるのも悪くないなあ……」


 吐き気がする。俺は思いっきり顔をしかめた。

 それと同時に、必ずリズを助け出そうと決意した。仲間を焼いてしまったのは事実なのかもしれないが、誤ってかもしれない。裁判にもかけずに奴隷にするのはあんまりだ。

 そのとき、声が脳裏に聞こえた。


『逃げて。私にかまわないで』

(今のは……?)


 混乱していると、続けて声が脳裏に届いた。


『あなたに念話で話しかけてる。リズよ。裁判にはかけられてないけど、誤って仲間を焼いてしまったのは本当。だから、私に構わないで』

(そんなことできるか。俺は剣術大会で優勝して君を救う)


 それきり、リズの澄んだ声は聞こえなかった。奴隷商がリズの頭を踏むのをやめて起き上がらせ、剣術大会の中央広場の方へ向かったからだ。

 許せない。仲間が裏切った可能性もある。貴族に売られれば、そういうことを教養されるだろう。それに、俺にも奴隷にならないかなんて、見境がなさすぎる。

 優勝はついでくらいに考えていたが、絶対に優勝しなければいけない理由ができた。俺は奴隷商の後ろをついて歩きながら中央広場に向かった。


 中央広場には木製のリングと、その周りに木刀を帯刀した挑戦者が百名ほど。貧困層から貴族まで様々いる。子供のみならず大人もいた。

 俺は剣はこの世界では独学ということになっている。エントリーしたときに受付嬢の目が笑っていたのを思い出した。

 リヒターに裏切られたことを思い出して、俺は拳を握る。仲間に裏切られる悲しみは誰よりも知っている。


 剣術大会開始のアナウンスが魔術道具の拡声器で行われた。エントリーしている剣士たちが一気に大きなリングの上にあがる。

 子供は俺含めて十人しかおらず、他は全員大人だ。俺たち子供が先に狙われるのは目に見えている。俺は、木刀の柄に手をかけていつでも木刀を抜けるようにした。


『みなさん準備はいいでしょうか! 最初は十人に減るまでのサドンデスです! 三、二、一……開始!』


 その瞬間、その場にいた全員が素早く動いた。俺は自身を狙ってきた大人の腹に木刀を叩きつけてノックダウンし、続く大人の背後からの一撃をかわして横っ面に木刀を叩きこんだ。

 脳震盪でも起こしたんだろう。俺を襲ってきた大人は倒れた。そんなだから、俺は周囲の大人たちに狙われることになる。


 上からの重い一撃をいなし、横腹を狙う一撃を木刀ではじき、力の差で一瞬ぐらついた体に迫った木刀を持つ手を叩いて落とさせる。

 大立ち回りを続ける俺に注目が集まっていき、遠くで決着がついた大人たちが俺に一斉に襲いかかってくる。


『あーっと! 少年ピンチ! このままやられてしまうのでしょうかー!』

「いけー! 子供なんてぶっ倒せー!」

「お前に賭けてるんだ! 無駄金にさせるなよ!」


 アナウンスが煽り、感染者がヤジを飛ばす。俺はざっと見て五十人に囲まれたのを見て、目を閉じて手をぶらんと垂らす。


「へへ。観念したか」

「大人の怖さをわからせてやる!」


 下衆な大人たちが一斉にかかってくる。俺は目を見開いて木の板を蹴り、踊るように木刀を振り、頭、裏打ちで首、肩、脇腹や脛を叩いていく。

 全力を出しているからかなりの衝撃だろう。痛みに呻いてうずくまる者、頭と首を打たれた者は強いショックを受けて気絶した。


 俺は包囲網を突破して外に出る。大人たちが四十人ほど追ってくる。しかし、千年鍛え家でも鍛えていた俺の足は速い。大人たちとの差をぐんぐんと開けていくと倒れている子供の木刀を拾って大人たちに投げた。


「うわっ!

「な、なんだ!? 木刀!?」


 数本投げて先頭の大人たちにぶつけると、ぶつけられた大人たちが立ち止まって後ろからなだれ込むように大人たちがぶつかって崩れるように倒れていった。

 一番後ろにいた数人がなんとか立っているだけで、一番下の大人たちは重みに耐えきれずすぐに立ち上がるように怒号をあげている。


 それを見逃す俺ではなかった。素早く走り寄ると立ち上がられる前に上から順番にその頭を叩いて気絶させていく。後ろの大人たちはその行動に恐れをなして動けない。

 そして最期の一人を気絶させたところで、呆然としていたアナウンスが声をあげる。


『しょ、勝者が確定しました! サドンデスの結果は少年が一位! 残りの皆さんで一対一の対決を行ってもらいます! 少年、名乗りをあげてください!』

「俺はイルラヒム・ホーエンハイム! ある少女を救いに来た!」

『しょ、少女? ま、まあいいや。残りの人も名乗りをあげてください! 残りは七名ですので、えー……はい、この数の大人を倒した少年がシード権を獲得という形になります! リングの上を片付け怪我人を救護しますので、しばらくお待ちください!』


 アナウンスがそう言うと、リング脇に待機していた救急兵が気絶したり怪我をして少し血を流している人々を救護してステージ脇の救護ルームに運んでいく。

 立っている大人たちは畏怖の目で俺を見ていた。これぐらい朝飯前だ。どこかの流派だったりするのかもしれないが、独学で剣を磨いてきた俺に普通の人間が勝てるはずもない。


 第一ラウンドはそれで終了し、場が整ってから試合を見た。一人、強豪がいる。

 銀の髪に青い瞳をした美人が相手を一瞬で叩き伏せた。今の俺と対等くらいか。面白い。

 太刀筋的にミルトラン流だろう。瞬発力に優れ、相手を瞬時に打ち倒すことに定評のある流派だ。この王都にもいたとは。


 シード権を持っている俺とその女性は次で当たるようだ。一回戦の試合の流れを見守り、そして楽しみにしながら、俺は女性が待つリングに上がっていった。

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