第2話 そして転生し、気になるものが

 俺が生まれたのはノルトアクタン王都の一般家庭、ホーエンハイム家だった。ごくごく普通の家庭で、父親は子供が生まれて数日は仕事の休みを取っていたがすぐに建築道具を持って外に出ていった。大工らしい。

 母は子煩悩で、六歳年上の兄、アーノルドも平等に大事にしていた。いい母親だと思う。産まれる親は優良だ。


 そして俺はしばらくしてイルラヒムと名付けられた。

 ギルガリルシュ様がサハクにしてくれるように働きかけてくれなかったのかとも思ったが、確かにサハクだとすぐにバレそうだ。新しい名前に甘んじるしかない。


 それにしても、異常性を感じたのはアーノルドの嫉妬だった。新しい弟が産まれてかわいいはずなのに。

 それを受け入れられず、ナイフを持って俺のところに来たときは大声で泣き叫んで母親を呼んだ。アーノルドは母親に怒られてギャン泣きしていたが、泣きたいのはこっちだ。

 それからもアーノルドは何かと俺を目の敵にした木刀を持ってきたときもあった。俺は安心して眠れない生活を送っていたが、母親がしびれを切らして鍵がかかる部屋に俺を隔離してくれたおかげで安心して眠ることができる。


 そんな六歳上の兄との確執を抱えながら、俺は三歳まで成長していた。そのころには九歳になったアーノルドに両親が見えないところでいじめられていた。

 俺は白兵戦はギルガリルシュ様に教わったが、三歳の体では武器無しに九歳のアーノルドに勝つのは無理だ。

 こういうことは黙っていたほうが負ける。俺は父親にアーノルドの悪事を全部ばらした。

 証拠もあえて殴られてあざを残すことで父親と母親は話し合って、俺にも反撃させようとお互い木刀を持って小さな庭で戦うことになる。


「おい、イルラヒム。今回は容赦しないからな」

「兄さんこそ、泣きべそかかないでよ」


 そう言った瞬間、俺は地面を蹴った。あっという間にアーノルドの間合いに入り、木刀を腰めがけて振る。

 アーノルドは鋭い一撃に寸前で避け、冷や汗を流した。

 明らかに三歳児の動きではないことはわかっただろう。前世は歴史の闇に葬られた剣聖で、天界で千年鍛錬を積んだ俺の敵ではない。


「調子に、乗るなよッ!」


 アーノルドが走ってくる。遅い。ギルガリルシュ様の動きに比べたらのろのろしている。

 俺は頭狙いなのを見切ってわずかに右に避けて空振りを誘発する。そしてアーノルドの脇腹に三歳児なりの全力で木刀を入れる。


「ぐっ⁉ こ、このぉっ!!」


 アーノルドがまるでなってない太刀筋で木刀を振る。俺はそんな攻撃を一歩一歩下がりながら的確に処理し、大きく踏み込んで空振りしたのを見計らって下から顎を先端で突き上げた。

 衝撃がそれなりにあったのだろう。アーノルドはふらりとよろめいて尻もちをついた。信じられない、そう顔に書いてある。


「お前、いったい……」

「すごいわ、イルラヒム!」

「六歳も年上のアーノルドに勝ってしまうなんて! 母さん、イルラヒムは剣の才能があるのかもしれない」

「ええ、あなた。イルラヒムは将来有名な冒険者になるでしょうね」


 そう盛り上がる二人に対して、アーノルドは不機嫌を思いっきり顔に出して立ち上がる。


「親父! おふくろ! オレだって頑張って……」

「お前は私たちがいないのを見計らってイルラヒムをいじめていただろう? 反省して剣の腕を磨きなさい」

「そんな……」

「まあまあ。今晩はアーノルドの好きなシチューにしてあげるから。これからは反省してイルラヒムをいじめるのはもうやめなさいね」

「……はい」


 両親にまで叱咤されて、アーノルドのプライドが傷ついたらしい。両親からは見えない左の拳を悔しそうに握っている。いい気味だ。弟を殺そうとしたりいじめた罰だ。

 三歳でこの力だ。成人とされる十六歳になったらどうなるのだろう。これからが楽しみだ。

 俺は褒美として、そして今後見ていないときにいじめられないために木刀を両親からプレゼントされ、毎日暇さえあれば素振りをした。

 三歳からでも鍛えていないと筋肉がつかない。もう少し大きくなったらアーノルドのように家事を手伝わされるのはわかっていたから、今のうちに体幹を整えておかねば。


 狭い庭で汗をかくまで素振りをする俺をアーノルドは気味悪がり、両親は温かく見守ってくれた。温度差の激しい家族だ。

 そうしてアーノルドに嫌われた俺は時々アーノルドに嫌がらせされつつも日々を過ごしていく。


 その間兄弟喧嘩をよくしていたが、結局喧嘩は俺が最終的に勝っていた。アーノルドはもう敵ではない。次の目標は、年に一度開かれる剣術大会で優勝することだ。

 王家に仕える気はないが、目をかけられていれば両親に恩返しもできるし冒険者になるときに有利に働くかもしれない。

 そして俺が十歳になった年、アーノルドは独り立ちとして剣と革の防具を買い与えられ、冒険者になるために家を出るときがきた。


「親父、おふくろ。今までありがとう。オレ、冒険者として有名になるよ」

「無理はしちゃだめよ。危険だと思ったらクエストの達成要件を満たしていなくても逃げるの。命を失っては意味がないのですからね」

「そうだ。学園に通わせてやれなかった私たちが言うことではないが、一人前の冒険者になって生活するんだぞ。そして、結婚したら戻ってきなさい。お前の家はここなのだから」

「親父、おふくろ……。ありがとう。オレ、頑張るよ。……イルラヒム、父さんと母さんに迷惑かけたら許さないからな」

「こら、アーノルド。別れのタイミングで言うことではないぞ。そろそろ冒険者ギルドが開く時間だ。行ってきなさい」

「わかった。親父、おふくろ、しばしのお別れです。行ってきます!」


 アーノルドは手首で涙を拭いて、家を出ていく。問題児がいなくなって面倒がなくていい。

 俺はそれから世界のことを調べた。リヒターはおそらく魔王の手下と思われる魔族と魔物を率いて恐怖政治を行っていること。その魔の手は世界中に伸びていることがわかった。

 リヒター。仲間たちと俺を裏切るだけにとどまらず悪の道に進んでいたとは。魔王の手に落ちているから当然かもしれないが、このままでは世界が滅亡するのも時間の問題だ。

 それから俺は母親の手伝いをしながら剣の鍛錬を続け、十一歳のとき年に一度の剣術大会が中央広場で開かれることになった。


 俺はもちろん両親に許可を取ってエントリーした。優勝者には金貨百枚。貧困層や俺の家のような一般家庭は喉から手が出るほど欲しい金額だ。貴族も腕試しに出ることから人脈を作るのにもいい。

 俺が会場の広場に向かっていると、気になる光景を見つけた。

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