剣聖、仲間だと思っていた勇者に裏切られ殺される~悪政を敷く勇者に奴隷だった美少女魔術師の力を借りて復讐します~

新垣翔真

第1話 裏切り

 魔王軍との戦いは過酷を極めた。

 勇者パーティーの剣であり先陣を切る剣聖だった俺、サハクは崖に魔王を追い詰める。後ろに勇者リヒターがいるのを感じる。

 他の仲間たちは死んでしまった。その命に報いるためにも、今ここで、魔王を仕留めなくては。俺の聖剣で腕を斬り落とされた魔王は口から火を噴いて威嚇している。


「来るな! 今ここで破滅魔法を唱えてもよいのだぞ!」

「知ったことか! 今ここで、貴様を仕留める!」


 俺は血に濡れた聖剣を払って構えた。じりじりと魔王を崖に追い詰めていく。下には鋭利な岩の棘があり、落ちればさすがの魔王もひとたまりもない。

 そのとき、背後の勇者が動いた。援護してくれるのかと思ったそのとき、俺の背中を押したのだ。


「なっ……!」


 俺は体をひねって崖を掴む。ぱらぱらと崩れた崖の破片が下に落ちていく。


「リヒター!? 何をするんだ!」

「なにって、当たり前だろ。お前がここで魔王を討ったら、俺の地位がなくなる。それに魔王も使い道があるしな」

「お前は……なにを言っているんだ……?」


 リヒターの言っていることが理解できなかった。いや、理解したくなかった。魔王を生かしてどうするつもりだ。

 這い上がろうとする俺の手をリヒターが踏む。痛みで力が緩みそうになるが、ぐっとこらえてリヒターを睨む。見下すリヒターの顔は、邪悪に笑っていた。


「じゃあな、サハク。お前は実にいい駒だったよ」

「ふざけるな……うわあああああ!!」


 手を離すように蹴られ、俺は真っ逆さまに鋭い岩山に落ちていく。そこで、俺の意識は途絶えた。





◆   ◆   ◆





 目覚めたときには、美しい花園に手を組んで仰向けに眠っていた。ここは……天国? そうだろうな、リヒターに殺されたのだから。

 あれからどうなったんだろう。魔王を利用するつもりだったのだろうから、今すぐにでも止めないと。

 でも、死んだ俺に何ができる? 呪っても、あの邪悪さなら跳ね返してしまいそうだ。近くに魔王もいるのだろうし。


 困り果てながら起き上がった俺の頭に、背後から影がかかった。振り返ると、筋骨隆々の少しくせ毛なくすんだ金髪碧眼の、白い布を肩から掛けてベルトを腰で結び、月桂冠を頭に乗せた若い男性がいる。


 その姿を見て、俺はすぐにピンときた。ギルガリルシュ。この世界の主神。どの村や街にも守護神として石像が建ててある。

 でも、そんな最高神がなぜこんなところに。それになんの用だろう。

 伝承では、死者はまず天国に逝く前に冥界にしばらく住み善悪の判決を受ける。いきなり天国に来れるはずがないのだ。


 俺の疑問を汲んだように、ギルガリルシュ様はテノールの声で話し出した。


「天に選ばれし剣聖サハクよ。務め、ご苦労であった。さぞかし無念であろう」

「無念というより……。リヒターになにがあったのですか? 彼は誠実な男で、仲間を裏切るなんて……」

「残念だが……。リヒターは魔王の手にしばらく前から落ちていた。我もそのことをお前達に伝えようとしていたが、妨害されていてな。伝えるのが遅れてすまなかった」


 俺は愕然とする。

 だってそうだろう。あんなに仲間思いだったリヒターが、魔王を倒す寸前に魔王の手に落ちていたなんて。信じられるはずがない。


「なにかの間違いなのではないですか?」

「間違いではない。そこでだ、サハク。お前に選択肢を提示しようと思う」

「それはいったい?」

「このまま天界に残り屈辱に震えるか、天界で鍛えて転生し、茨の道となるが悪しき英雄王となったリヒターを討つか」


 その条件に、俺は一瞬戸惑った。

 かつての仲間を討つ。いくら裏切られてもそれには抵抗があった。いくら直前に魔王の手に落ちていたとはいえリヒターはかけがえのない仲間なのだ。

 でも、もし。道中での仲間の死がリヒターによって演出されていたなら。十年も苦楽を共にした仲間たちを、魔の手に落ちたとはいえ手にかけていたとしたら。


 許せない。正義の心がそう訴える。

 剣聖として生を受け、剣のみで生きてきた。リヒターたち一行に拾われてからは戦い通し。絆があると思っていたのに、裏切られたショックは大きい。

 それになによりも。なにも知らずに散っていった仲間が不憫だ。許せない。そんな気持ちが心の中を支配していく。


 最期は痛みを感じる前に意識が途絶えたからそれだけが唯一の救いだが、聖剣を造ってくれた武具の女神に誓ったのだ。魔王を討つと。その約束も果たせなかった。

 決意が決まってきた俺の顔を見て、ギルガリルシュ様は微笑んだ。


「我が忠実なしもべ。その決意に最大の賛辞を贈ろう。望むことを言うがいい」

「俺……いや、私はリヒターと逃げ延びた魔王を討ちたい。そしてギルガリルシュ様がおっしゃったように天界で鍛えなおし、転生して仲間たちの仇を討ちたい」

「よく言った。次のお前の生まれる母親はこの女だ」


 そう言ってギルガリルシュ様が俺の目の前に回ると、手をかざした。大きな鏡が現れ、そこには少し裕福そうな一般家庭の女性が大きなお腹をして椅子に座っている。夫だろう男性がお腹を撫で、なにかを言っている。


「お前は生まれ変わったらすぐにでもリヒターを討ちたいだろうが、奴が凱旋したアルスハイド近辺に生まれればすぐに居場所がばれて殺されてしまうだろう。だから、遠方のノルトアクタンとする」

「そんな……! 馬でもなければ五年はかかる距離です!」

「こうするほかないのだ。不満であれば、この件はなかったことにしてもいいのだぞ」

「……かしこまりました。ギルガリルシュ様の御心のままに」

「よろしい。では、ついてまいれ。これより天界の時間の流れを遅くし、千年は鍛錬に費やせるようにしよう。特別に我自らが稽古をつける」


 ギルガリルシュ様はそう言って鏡を光の粉に変えて、大きな神殿が見える方向に歩き出した。

 千年か。それだけの時間を与えられるのであれば、十分に鍛錬できるだろう。女性の赤ん坊には悪いが、その体、譲り受ける。


 そして鍛錬が始まったが、厳しい鍛錬だった。

 しかし後悔はしていない。俺は確実に強くなり、剣聖時代を大幅に越えた。

 あとは女性の腹の赤ん坊に転生し、早く成長してリヒターを討たなければ世界は闇に包まれる。


 やがて転生の儀式を受け、他の民衆の中に混じって泉に飛びこんだ。その泉は浮かび上がることはなく、ごぽごぽと沈んでいく。

 これが、転生か。死と近いんだな。俺はだんだん薄れていく意識の中、隣を歩いていたリヒターの横顔を思い出していた。

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