莉愛の献身

『ねえ刀祢』

『なんだ?』

『魔女はね? 一度愛した人しか見れないって話はしたわね?』

『あぁ』

『その逆もあってね。愛された人は、魔女のことも徐々に好きになっていくの。まあこちら側が愛した時点で相手も愛してくれているから何も問題はないのだけど、もっともっとお互いに好きになるの』

『ほう?』

『私のことはもちろん、娘のことも……そしてもしかしたらいつか生まれるかもしれない孫のことも……心から愛するようになる』

『それは普通なんじゃないのか?』

『普通……そうね普通のことだわ。でも惹かれ合うようになる……それは運命だから決して逃げられない。それだけは覚えておいて』

『分かった』



▼▽



(亞里亞さん……それに世那さんもはよ帰ってこんやろか……)


 思わず心の中の喋りもおかしくなります。

 というのも今、俺は風呂に入っている……もちろん自分の家ではなく、西園寺家の風呂だ。

 ジャグジー付きとか温泉以外で入ったことないし、それだけ西園寺家は風呂場も豪華だった。


「……………」


 しかし、ある意味でそんな物よりも……ましてや今浸かっている湯船が札風呂だったとしても、それよりも豪華な光景が広がっている。

 大人しく湯船に浸かっている俺とは別に、シャワーの流れる音が聞こえていた……つまり、誰かがシャワーを浴びているということ――この状況でそれが誰かなんて決まっている。


(……なんでこうなってんだ)


 シャワーを浴びているのは莉愛さんだ。

 抜群のスタイルを惜しげもなく晒しており、タオルなんかを使って隠したりも一切ない……むしろ隠すこと自体が不要だと言わんばかりに、体の正面をこちら側に何度も何度も彼女は向けてくる。


『ご飯の後は、一緒にお風呂に入りましょう。私、あなたと一緒に体を温めたいです♪』


 これはあまりにも美味しかった夕飯の後の提案だったが、一応俺は有無を言わさずに逃げ出そうとした……でも捕まった。

 というか足元の陰から黒い腕が出てきて俺を捕まえ、そのまま綺麗な笑みを浮かべながら風呂に連行されこうなった。


「……ふぅ、洗い終えました♪」

「っ!?」


 考え事をしていた俺のすぐ傍に彼女は来ていた。

 さっきも言ったがタオルなんて体を隠すために使っていないし、漫画のように湯煙が濃いわけでもない……だから胸の先端であったりが一切隠れることなく見えてしまっている。


「失礼しますね」


 片足を上げ、湯船へと入ってきた。

 分かってはいたけど全身がとにかく綺麗で、真っ白な肌にはシミなんて一つも見えなかった。

 ジッと見たわけじゃない……でもそれが一目で分かってしまうほどに綺麗だった。


「夢見ていました。こうしてあなたと裸のお付き合いが出来るのを」

「……………」

「緊張していますか?」

「そりゃするでしょ……」

「ふふっ、でも嬉しいでしょう? 私にはお見通しです」


 そうだ……そうだよ困惑はしても嬉しいに決まってんだろうが!

 どこの世界に美人と風呂に入れて嫌に思う奴が居るんだ……それに、ストレートに好意を感じさせる視線を向けられることさえも嬉しくて、結局断れなかったのはそれが大きい。


「もう少しそちらに行っても良いですよね?」

「もう来てるね……」

「はい♪」


 ソファに座っていた時と同じように、俺の腕を抱きしめてきた。

 直接伝わる弾力に体の体温が更に上がり、その内逆上せてしまいそうな気がしてくる……しかしそれも対策済みだったようだ。


「大丈夫ですよ。魔法で逆上せないようにしてますから」

「……便利だな」

「でしょう? こうして誘惑するのも好きですし、欲情して襲い掛かってくれる方が早くて良いんですけど……実はそれよりもやりたいこと、伝えたいことがあるんです」

「え?」


 そう言って彼女は一度離れ、今度は正面から抱き着いてきた。

 胸元に俺の顔が沈む姿勢になってしまい、とてもじゃないが彼女の強すぎる力に俺は離れることが出来ない。

 この状態で何を……そう思っていた俺に、彼女はこう言ったのだ。


「あなたは一人じゃありませんよ。もう寂しくなんかさせません」

「っ!?」

「私が……私たちが傍に居ますから。だからもう、寂しいと思った時は遠慮なく頼ってください」

「……君は――」

「好きだとか、愛しているだとか、それよりも伝えたいこと――それはあなたは一人ではなく、傍に寄り添ってくれる人が居るということを知ってほしかった……改めて実感してほしかったんです」

「……………」


 先ほどまでの妖艶な雰囲気は消え失せ、彼女の瞳にあるのはこちらを気遣う優しさだ。


『魔女に魅入られたらもう逃げられないよ。あそこはもう魔女の家……もう助けることは出来ないの。君はもう、心そのものを囚われているから』


 それは、誰の言葉だっただろう……けれど気にはならなかった。

 囚われているというのが良く分からなかったが、それでも心地良さのようなものは感じていたから……嬉しかったから。

 けど、流石にまだ俺には理性が残っていたようだ。


「取り敢えずこの辺りで勘弁してもらえると……」


 理性を鋼にするかのように、莉愛さんの肩に手を置いて離れる。

 離れた瞬間に膨れっ面を披露する彼女には苦笑したものの、でも本当に危なかったのは確かだ……後少し流されていたからそれこそ、色んな意味で大変なことになっていたかもしれない。


「私しか居ないからリードしようと思ったのに! むぅ!!」

「……あはは」


 でも……やっぱり可愛いやこの子。

 しかしながらこうして一度落ち着くと、やはり彼女に対して孫娘でも見るかのような感覚になってくる。

 それを莉愛さんも察したようで、その後は特に何かをしてくるようなことはなく、俺は無事に風呂場から脱出できるのだった。

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